カガリの前にいたのは、シンだった。
「本当にあんたは口先だけだよな!」
 何が気に入らないのか。そう言って彼はカガリをにらみつけている。
「あぁ……口先だけなのはアスハのお家芸か」
 そして、さらにこんな言葉を彼女に投げつけた。
「何が言いたい……」
 目の前の光景に、ラウは思わずため息を吐く。あのオコサマはどうして彼女の地雷を踏んでくれるのか。もっとも、キラのことではないから、カガリの方はまだこちらの言葉を聞いてくれるだろうが。
「厄介だね」
 だが、これ以上、彼がカガリの地雷を爆発させてくれたらどうなるか。そうなれば止められるのは一人だけだ。
 残念なことに、それは自分ではない。そして、その人物は決して彼等ザフトにその存在を悟られるわけにはいかないのだ。少なくとも、今は。
「まぁ、彼女がまだ、私の言葉を聞き入れてくれることを祈ろう」
 本気で彼がカガリを煽ってくれているから、とラウは続けた。
「すみません」
 その事実はレイにもわかっていたのだろう。申し訳なさそうに口にする。
「なら、彼を止めてくれないかね? おそらく、私は代表を止めるだけで精一杯だろう」
 彼女を落ち着かせるのにどれだけ時間がかかるか。そうそう考えると頭が痛くなってくる。
「わかりました」
 それでも、一人は彼に押しつけられるから、まだましだろうか。
 こう考えながら、ゆっくりと二人へと歩みよっていく。
「代表」
 低い声で呼びかける。
「どうかされましたか?」
「ラウか!」
 こいつが、といいながらカガリが振り向く。
「……とりあえず、落ち着いてください」
 ため息とともにこう告げる。
「あなたは、そう言われる可能性があることも覚悟していたのではありませんか?」
 代表になった時点で、と続けた。
 ウズミ・ナラ・アスハは優れた為政者だった。だからといって、彼が失敗をしたことがないわけではない。そして、その失敗のせいで彼を恨んでいる人間もいるだろう。
 何よりも、とラウは声を潜める。
「あの子はもっと辛い状況でも、逃げ出しはしなかったよ」
 どのような状況でもキラは立ち上がって前に進もうとした。
 そんなあの子だからこそ、自分は惹かれたのだ。まぁ、その思いが最初は歪んだ方向に向かっていたことは否定しない。そして、そのことで他の者達に非難されるであろうことも、だ。
 ただ、キラが受け止めてくれているだけでいい。
 しかし、そんなのろけとも言える言葉を口にすれば、カガリの逆鱗に触れることはわかりきっているから、心の中で呟くだけにしておく。
「……そう、だな……」
 それでも、彼女の地雷を踏んだ自覚はある。
「お前の言うとおりだ」
 この言葉とともにさりげなくつま先を踏まれた。
「私は、オーブの代表である以上、どのような感情も受け入れなければいけないんだな」
 そうすることで、他の者達を守らなければいけない。彼女はそう続けた。
 こう言えるようになったのは成長だと言えるのだろうか。少なくとも、アスランのように前に進もうとしない人間よりはましか。ラウが苦笑と共に心の中でそう呟いたときだ。
「それが偽善だって言っているんだろう!」
 シンがこう叫んでくる。
「いい加減にしないか、シン・アスカ!」
 先ほどの約束通り、それにはレイが割って入ってくれた。
「レイ!」
「お前個人の事情がどうであろうと、その制服を身に纏っている限り、お前はザフトの軍人だ。そうである以上、私情は忘れろ!」
 今、カガリを糾弾することは、ザフトがそれを認めたと言うことになりかねないのだぞ。そう彼は続ける。
「……わかっているさ、その位……でも俺は、アスハとフリーダムのパイロットだけは、絶対に許せないんだ!」
 絶対に、とシンは怒鳴り返す。そのまま彼は体の向きを変えるとかけだしていく。
「……フリーダムのパイロット、だと?」
 カガリが低い声でこう呟いた。
「カガリ……それ以上は、ここではやめておきなさい」
 そのまま続けようとした言葉を、ラウは制止する。誰が聞いているのか、わからないから、と。
「接触させなければいいだけのことだ」
「そう、だな」
 小声で囁いた言葉に、彼女は小さく頷いてみせる。
 それに微笑み返しながらも、自分がそんなことをさせないが……とラウは決意をしていた。



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