声なき声に導かれるようにして、キラは海岸まで歩いていた。
「……赤い……」
 目に見える空が赤く染まっている。しかし、これは夕日の赤さではない。もっと別の色だ。
「また、戦いが……」
 始まるのだろうか。そう呟いたときだ。肩に何かがかけられる。
 反射的に視線を向ければ、苦笑を浮かべている幼なじみと親友の姿が確認できた。
「ダメだろう、キラ。そんな薄着で出歩いちゃ」
 あきれたようにアスランがため息を吐いてみせる。
「そうですわ、キラ。お体を大切にしないと」
 さりげなくそんなアスランの足を踏みつけながらラクスが微笑む。
「でなければ、あの方が悲しまれますわよ?」
 カガリは怒り狂うだろう。そう言われて、キラは小さく頷く。だが、それでもその場を動こうとはしない。
「キラ?」
 どうかしたのか? とアスランが問いかけてくる。
 キラは黙って空を指さす。
「……キラ?」
「あそこで、誰かが呼んでいるような気がするんだ……」
 そして、何かが消えていく。
 それはとても怖い。だが、自分は見届けなければいけないのではないか。
 淡々と、キラはそう告げる。
「ダメですわ、キラ」
 そのまま空を見上げたキラの体をラクスがしっかりと抱きしめた。
「それに耳を傾けてはいけません」
 そして、彼女はこう言ってくる。
「ラクス?」
 何故、彼女はそんなことを言うのだろうか。その理由がわからずに、聞き返す。
「今のあなたにとって、あれはよいものだとは思えません」
 それに、と彼女は声音を和らげる。
「子供達が心配しておりますわ。キラがご飯を食べていない、と」
 だから、戻りましょう。そして、安全な場所に皆とともに避難して欲しい。彼女はそう続ける。
「カリダおば様も、それを望んでおいでですわ」
 口には出さないが、と言われてキラは小さなため息を吐く。
「そうだね……」
 それはわかっている。それでも、と思いながらまた空に視線向けた。
「あそこに、大切な人がいるような気がする」
 小さな声でそう呟く。
「……あの方、ですか?」
 それにラクスは直ぐに問いかけてくる。
「わからない」
 小さく首を横に振った。そこまでは、とキラは続ける。
「とりあえず戻ろう」
 今まで黙っていたアスランが、不意にキラの体を抱え上げた。そして、そのまま家の方へと体の向きを変える。
「お前にあれこれ悩ませると、時間がかかりすぎる」
 悩むなら、安全な場所でしてくれ……と付け加えると彼はそのまま歩き出した。
「安全な場所、ではありませんでしょう?」
 ラクスがあきれたように口を開く。
「あなたの目の届くところ、ではありませんか?」
 あるいは、自分の影響が及ぶ範囲ではないのか……と彼女は続けた。
「……何が言いたいのですか、ラクス?」
「あなたではなくラウ様を選んだキラは、ある意味正しかった……と言うことですわ」
 少なくとも、彼はキラを閉じ込めようとはしない。その行動も邪魔しない。傍で見守れる余裕を持っているだろう、とラクスは笑う。
「……でも、あの人はキラを殺そうとしましたよ?」
 そんな人間なのに、とアスランは忌々しそうに言い返す。
「あなたもでしょう?」
 しかし、ラクスが即座に問いかけた。
「それでも、キラはあの方を選んで、あの方もそれを受け入れた。重要なのはそれだけです」
 そう言いきれるのは彼女だけだろう。それでも、彼女が自分たちを認めてくれて嬉しい、とキラは心の中で呟いていた。



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