目の前に広がる光景は、一騎が想像もしたことがないものだった。
 竜宮島は命で満ちあふれていた――それがある意味作られたものだったとしても、だ――だが、ここにあるのは植物に支配された静寂だけ。
 あちらこちらに見える建物の残骸から、ここにも多くの人々が生きて暮らしていたことは間違いないだろう。だが、その影は既に感じられない。
「ここは……、どこなんですか」
 狩谷にこう問いかければ、
「かつて数十億の人間が生きていた世界の一つよ」
 さらりとこう言い返された。これが一騎たちには隠されていた《現実》なのだ、とも。
「総士も……見たんですね、この世界を……」
 こんな寂しくて、悲しい世界を……と言うセリフを一騎は飲み込む。そんなことを彼女に言っても仕方がないのではないか、と思ったのだ。
 同時に、総士が身にまとっている空気が、あの日から微妙に変わってしまった理由がわかったような気がしてならない。同時に、どうして彼は教えてくれなかったのだろうか、とも思う。
 それが、自分のことを考えての行動だったとしても、壁ができる原因になったのだとしたら、悔しいとも一騎は付け加えた。
「えぇ、そう聞いてるわ。降りるわよ」
 だが、そんな一騎の感傷も彼女は気づかなかったらしい。冷静な口調で命じてくる。
「はい」
 それが、何故か悲しいと思ってしまう一騎だった。

 どうして、人は言葉を使わなければ自分の気持ちを伝えられないのだろうか。
 もし、瞳だけで自分の気持ちを伝えることができていれば、総士とくだらない意地の張り合いをしなくてもすんだのだろうか。
 今更考えても意味がないことだ、とはわかっていても、そう思わずにはいられない一騎だった。

「もしかして、後悔してる?」
 たき火を見つめたまま動かない一騎を見て、狩谷がこう問いかけてくる。
「いいえ。あのままだと、いつか自分じゃなくなるような気がしてましたから、俺」
 あのまま、ただ総士の言うことを聞いていれば……それはそれで楽だったかもしれない。
 だが、それではダメなのだ、と誰かが心の奥で囁いている。
「そうね。あの島は貴方がいるべき場所じゃなかった。私は貴方に島を守るんじゃなくて、世界を守って欲しいと思っているの」
 狩谷の猫なで声が、何か気にかかる。
 その言葉の裏に何か隠れているような気がするのは、錯覚だろうか。
「世界を? 俺が?」
 だから、少しでもその意味を知りたくて、こう問いかける。
 自分にとっての世界は、今でも《竜宮島》だ。
 そのほかにも世界があることは十分わかった。だが、守りたいと無条件で思えるのはあそこだけなのだ、と思う。
「貴方ほどのファフナーパイロットなら当然よ。これを使ってフェストゥムを倒せるなら、私はどんな代償も厭わない。あの人が言ってたわ。ファフナーが作られた本当の意味を知るべきだ、って。島の連中に分からせてやるのよ! 真壁!」
 しかし、狩谷はそうではないらしい。
 それはどうしてなのだろうか。
 いや、彼女は何故こんな行動に出たのだろうか。
 あの時はただ、総士が見たであろうものを自分も見たい、その思いだけで彼女の言葉に従った。
 しかし、ここに来て初めて一騎の中に狩谷に対する不信感が芽生え始める。
 だが、よくよく聞いてみれば、狩谷も誰かのために行動を起こしているらしい。
「先生、あの人って誰なんです?」
 それが誰なのかを知りたくて、一騎がこう問いかけたときだ。
 空にフェストゥムが現れた。そして、それはまっすぐに自分たちを目指してくる。
 このままでは戦わなければならなくなるのではないか。
 しかし、その動きを見ていれば、自分たちを見ているわけではないらしい、と思える。だから、狩谷に移動をしようと提案したのだが……
「ダメよ!」
「……先生?」
「ここから離れるわけにはいかないわ」
 何故か、狩谷はこう言って譲らないのだ。
 確かに、一騎一人でもあれだけなら何とかなるかもしれない。だが、それは危険と隣り合わせだ、と言うことも彼女にならわかるはず。
「戦いなさい、真壁」
 しかし、彼女は一騎に反論をすることは許してくれない。きっぱりとこう言い切ると、自分はリンドブルムへと乗り込んだのだった。

 苦戦をしている一騎の前に現れたのは、今まで見たこともないファフナーだった。
 だが、狩谷はあれが何であるのか知っているらしい。
「先生。あのファフナーは一体……」
 知っているのなら、教えて欲しい……と一騎は思った。だが、狩谷は言葉を返してくれるところか、マークエルフからリンドブルムを切り離し、一人飛び立っていってしまう。
「先生!」
 どうして彼女は……と思うまもなく、一騎は新たに現れたファフナーに攻撃を受けてしまった。
 それをよけるものの、相手もあきらめてはくれない。一騎にも劣らない動きでマークエルフに襲いかかってくる。
「こいつ、なんてすばしっこいんだ!」
 戦闘経験も、予想以上にあるのかもしれない。
 そんなことを考えながらも一騎は何とか相手を傷つけないですむ方法はないか、と考えてしまう。中に乗っているのが自分と同じ《人間》である以上、傷つけることはできなかったのだ。
 それでも、何とか相手の動きを止めることに成功をする。
「お前たちは何者なんだ。言え! 言わないと!」
 脅かせば、答えを得られることができるだろうか。そう思いながら、マインブレードを相手のだファフナーに突きつける。
 しかし、そのために好きができたことは否めない。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
 もう一機のファフナーに腕を切り裂かれてしまった。その苦痛に、一騎は動くことすらできない。
 その結果はどうなるか、わかっていたことではあった……

「まさか、パイロットが一騎だったとは」
 連行されていく一騎を見て、もう一機のファフナーのパイロット――道生がこう呟いた。

 知らない場所に知らない者達。
 そんな者達に捕まったのであれば、何とも思わない。
 だが、自分をそんな立場に追い込んだのは間違いなく狩谷だ。
「俺をだましたんだな! あんたの目的はファフナーだったんだろ!」
 自分の前に現れた彼女に、一騎はこう怒鳴る。
「勘違いしないで。約束通り、貴方を楽園に連れて行ってあげるわ」
 しかし、彼女にはそんな一騎の怒りもどうでもよかったらしい。婉然と微笑むと、さらに言葉を重ねてくる。
「楽園なんて! 俺はただ!」
 総士が見た世界を見たかっただけだ、と一騎は付け加えようとした。
「少なくとも、これから行く場所は、私にとって楽園なのよ。それまで、もう少しそこで我慢してて頂戴」
 しかし、狩谷にはそれは届かなかったらしい。自分の言いたいことだけを口にすると、あっさりと姿を消してしまった。
「くそっ……」
 自分の選択が間違っていたとは思いたくない。
 だが……と心の中で呟く。答えが出るとは自分でも思ってはいなかったが。
「……総士……」
 それでも、彼を傷つけたことだけは間違いないだろう。
 だが、そうしてでも確認したかったのだ。
 彼が何を見つめてきたのか、を……
「俺たちは……もっと……」
 この言葉を耳にする者は誰もいなかった。




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