モニターに映し出されているのは新国連の議長とかいう老女だった。 それだけなら、別段何とも思わないだろう。ある意味、彼女自身、自分たちにとっては《敵》と言っていい存在なのだ。 だが、と思う。 マークエルフや、過去の訓練時の映像まで映し出されているのはどうしてなのだっろうか、と総士は思う。 マークエルフだけであれば、あるいは……と言う可能性もあるだろう。だが、訓練時のそれまで相手が入手しているとすれば、結論は一つしかないのではないだろうか。 「……一騎……」 狩谷とともにこの島を飛び出していった彼が、新国連にいるのだろう。 しかし、それは本当に彼の意志なのだろうか。 「案外、素直に協力しているのかもしれん」 そんな彼の耳に史彦のこんなセリフが届いた。 「世界の救世主になるつもりだったりしてな」 それに、溝口まで同意を示している。 だが、そんなはずはない、と総士は思う。だから、何かを言い返そうとした素瞬間だった。 「違います! 一騎くんはあんな風に見られるのが嫌だから、島を出てったんです。ファフナーに乗る前の自分を誰かに覚えていて欲しくて。なのに、誰も一騎くんの気持ちを聞かなかったくせに! なんでみんな、そんな勝手なことばっかり言うんですか!」 この言葉が史彦や溝口達だけではなく自分にも向けられているような気がするのは、決して総士の気のせいではないであろう。 だが、総士にもいいたいことはある。 どうして、一騎は自分に気持ちを伝えようとしてくれなかったのか。そして、自分の気持ちを問いかけてくれなかったのか、と。 しかし、今更それを言っても仕方がないことだ。 総士はこう割り切ろうとする。だが、それができない自分がいることに彼は気づいていた。 不意に、モニターの画像が切り替わる。 それは今現在の状況だろうか。 フェストゥムに次々とに倒されていく新国連のファフナー達。 だが、その中に一機、それらとは違う動きを見せる機体があった。 「ずいぶんと活きの良いやつがいるじゃないか」 溝口が苦笑混じりにこう告げる。新国連にも使えるパイロットがいたのか、と。 だが、総士にはそうは思えなかった。 あの機体の動きには見覚えがある。あれは…… 「一騎!」 そうだ、あれは一騎だ、と総士は思わず叫んでしまう。 「あれに一騎が乗っているっていうのか?」 「間違いありません! あの動きは一騎です」 きっぱりと言い切れば、誰もが信じられないというように総士を見つめてきた。何故、わかるのか、と。 「……あれが一騎君なら……助けに行かないと……」 いくら彼でも、一人であれだけの数のフェストゥムと戦うのは無謀だ、と彼女は主張をした。だが、そうした場合、一騎だけではなく他のパイロットも失うことになりかねない。ジークフリードシステムはあそこまで離れると無力なのだ。 「何で……」 そう告げれば、信じられないというように真矢は目を丸くする。しかし、総士にしてみれば真矢はどうしてそれを理解できないのか、とも思う。 だが、そんな真矢に予想外のところから手をさしのべた者がいた。 「溝口?」 それは、彼と懇意にしている史彦も予想外のことだったらしい。だが、溝口が口にした一騎の母――真壁紅音の名を耳にしては反対できなかったらしい。 渋々ながら黙認をする史彦に、彼らの間で何があったのかと総士は思う。だが、紅音が既に故人である以上興味本位でそれを問いかけるのははばかられる。 その間にも、彼らの間ではとりあえず結論が出たらしい。 「お嬢ちゃん、一緒に行くか?」 溝口はまるで散歩に行くかのような口調で真矢に声をかけている。 「連れて行ってくれるんですか?」 そんな彼に向かって、真矢は目を丸くしていた。だが、すぐにそれは決意へと変化していく。 彼女のように、全てを放り出してでも、一騎の元へいけたなら……二人の背中を見送りながら、総士はそんなことを考えていた。 「本当に来て欲しい人は私じゃないよ、きっと」 彼らと入れ替わるようにして竜宮島に現れたのは人類軍の部隊だった。 そんな彼らと戦うべきか、それとも退くべきか。 総士達は戦うべきだ、と主張をする。しかし、史彦は首を縦に振らない。 「君たちを人間と戦わせるわけにはいかん」 そうなれば、竜宮島の子供達は《人類》の《敵》になってしまう。それだけはさけないのだ、と言われては誰も異論を挟むことができない。 その間にも、人類軍の部隊は着実に竜宮島へと上陸を果たしていた。 との事実を確認しながら、史彦はまず島民の避難を優先させることと、ブリュンヒルデシステムにも攻撃させないよう指示を出す。 その事実が総士には納得できない。 「戦わずに降伏する気ですか!」 こう問いかける彼に、 「ヤツらの狙いはファフナーと島のコアだ。どちらも彼らの手には余る。一度触れさせてやればよい」 竜宮島の子供達でなければ、あれらの力を完全に引き出すことはできない。違うか、と逆に彼は問いかけてきた。 そのころ、アルヴィスの奥では、誰も考えたことがない事態が起こっていた。 まるで史彦の指示が計器になったかのように、ワルキューレの岩戸が開いたのだ。そして、その中で眠っていたはずの少女がゆっくりとそこから姿を現す。 彼女はそのまま、おぼつかない足取りで歩き出した。 「あなたは戦いもせず! それでも指揮官ですか!」 こうくってかかる総士に、史彦は穏やかな視線を向けた。 「君はパイロットたちに、人を殺せと命令できるのか。今はまだ何の打撃も受けていない。直にヤツらの頭がここにくる。決して君たちは動くな」 全ての責任は自分が取る。彼はきっぱりとこう言い切った。 その真意は何なのだろうか。 やがて、彼らの前に現れたのは、よく知っている相手だった。だが、その隣にはともに出て行った存在はない。 「裏切り者が良く戻ってこられましたね、狩谷先生」 自分たちから《一騎》を取り上げたくせに……と総士は心の中で付け加える。自分にとって、一番許せないのはこの事実なのだ。 「人類に対し、どちらが裏切り者なのかしらね。これだけの戦力を自分たちだけで、隠し持つあなたたちと、それを人類軍に知らせた私と」 しかし、狩谷は少しも動じることはない。 「一騎は今、どちらに付いているんです?」 「真壁くん? さぁ? どうせ生きていないわ」 つまり彼女は一騎を利用して見捨てたと言うことか。 この事実が、乙姫がワルキューレの岩戸にいなかった、と言うことよりも総士には衝撃的に感じられた。 「彼女が目覚めたのなら、僕らに制御できる相手じゃない。もちろんあなた方にも」 「彼の言っていることは本当かね」 「あぁ、我々は彼女の意志に従うしかない」 「なぜ戦わせてくれなかったんですか。こんなに簡単に島を渡すなんて。溝口さんたちが戻ってきたら……」 悔しさといらだたしさをぶつけるように、総士はこう告げた。 「一騎に会わせる顔がない……か……」 しかし、史彦から帰ってきた言葉は総士が予想もしていないものだった。 「っ!! そういうわけでは!」 「人間と戦ってはならない。どんなことがあってもだ。一度でも血を流せば、一騎が戻ってきたとき辛いのは君だ」 彼にますます知られたくないことが増えるだろう、と史彦は口にする。その意図は何なのだろうか。 確かに、彼は自分たちの関係を知っていて黙認してくれていた。 だが、それは一騎が受け入れてくれたから渋々と認めていただけではないのだろうか。そんなことを総士は思っていた。 だが、それは違うのだろうか。 「あなたはっ! 血を流したことがあるのですか!?」 しかし、総士の口から出たのはこんなセリフだった。 「……いやと言うほどな」 「っ!?」 「もし万が一、一騎が人類軍の元で、人の血を流してしまっていたら、君が助けてやって欲しい」 さらに、彼はこう続ける。つまり、史彦は一騎がまだ生きていると信じているのだろう。 あの光景ではそうは思えない。 もっとも、一騎が生きていて欲しいと一番願っているのは自分かもしれない。彼がいなくなってから、心の中に開いた穴から、総士は『島を守る』という自分の存在意義すらこぼれ落ちているような気がしてならないのだ。 同時に、自分がそれほどまでに彼に依存していたのか、とも思う。 「僕が……助ける……」 だが、どうして彼はその役目を自分にゆだねようとしているのだろうか。 「頼む」 「一騎のこと……信じてるんですか?」 「あぁ。だが、会話もなく出て行かれたのでな。あいつが私を信じてくれているか……正直自信はない」 「それは……僕だって同じです」 彼は何も言わずに出て行ったのだから。その事実に未だにこだわっている自分がいることに総士は気づいてしまった。 |