目の前で散ったのは一体誰だったのか。
 目の前でフェストゥムに心を食われたのは誰だったのか。

「ファフナーと俺たち。お前にとって、どっちが大切なんだ」
 二人に対する気持ちを耳にして、一騎は思わずこう問いかけてしまう。
「ファフナーだ」
 少しも悩む様子を見せず、総士はこう言い切る。それが、一騎が望んでいる言葉ではないとわかっているだろうに、だ。
「変わったな、お前」
 以前は、たとえ答えが同じでも悩むふりをしてくれたのに……と一騎は目を伏せる。
「変わろうとしていないのは、お前だけだ」
 しかし、この言葉も彼の心の揺らぎを引き出すことはできなかったらしい。きっぱりとした口調で言葉をつづる。
「あなたはそこにいますか」
 そして、逆に彼はこう問いかけてきた。
「っ!?」
 一体何を言いたいのだろうか。自分はここにいるのに……と一騎は思う。それとも、彼にしてみればここにいるのは《一騎》でなくてもいいのだろうか。
「戦いに疑問を抱けば、この次の犠牲者はお前だぞ。羽佐間と甲洋のことは忘れろ」
 呆然と見つめる一騎に、総士がさらに追い打ちをかけるように言葉を投げつけてくる。
「お前っ、本気で言っているのか!?」
 一騎は信じられないという思いのまま、こう叫び返す。
「僕に必要なのは、この左眼の代わりになるものだけだ」
 それに返ってきたのはこのセリフだ。それを耳にした瞬間、一騎は、自分の足下が今にも崩れてしまうような感覚に襲われていた。つまり、総士の左目の代わりができるのであれば、自分ではなくてもいいのか。
「……総士は……俺よりもファフナーの方が、大切なんだな……」
 思わず、こんなセリフが唇からこぼれ落ちる。
「一騎、それは……」
 それに対し、総士が何かを言いかけた。だが、その後を言葉が続くことはない。その事実が、総士の本心を表しているように思えるのは一騎の錯覚だろうか。
「……俺は……」
 もっとも、一騎にしても総士に何を言うべきなのかわからなかった。
 だから、きびすを返すとその場から逃げ出すように駆け出す。
「一騎!」
 その背中を総士の声が追いかけてきた。だが、それに一騎は振り向くこともできない。
 ただ、少しでも早く彼の側を離れたかった。

 どこをどう走ってきたのだろうか。
 気が付いたとき、一騎は一人で神社にいた。
「……総士……」
 追いかけても来てくれないのは、やはり彼が自分よりもファフナーの方を大切にしているからなのか、と一騎は心の中で呟く。
 あんな事をしているのだから、彼にとって自分は特別だと思っていたのに、とも。それも、自分の独りよがりだったのだろうか。
「俺と総士……何が違うんだろう……」
 思わずこう呟く。
「あなたはそこにいますか」
 総士は一体どのような気持ちでこう告げたのだろうか。それを知りたい、と一騎は思う。だが、それを知っても今更どうすることもできないような気がする。
 そう、あの日のように……
「あなたは、ここにはいないわ。いえ、ここにいちゃいけないのよ」
 その時だ。不意にこんな声が一騎の耳に届いたのは。
 視線を向ければ、そこにいたのは刈谷だった。
 そんな彼女の言葉に、一騎はさらにしこうが混乱してしまう。
「俺が、やったんです。子供の頃……、ここで。あいつの左眼を、奪ったんです」
 だから、自分は彼の側にいなければいけないのだ、とそう思っていたのだ。
 こう、口にしながら一騎は自分の手のひらを見つめる。あの日、ここは真っ赤に染まっていた――総士の血で。
「なんで、そんなことしたのか……。せめて、あいつの目の代わりになろうと思って……。でもっ……」
 総士に必要だったのは自分ではないかもしれない。そう考え始めたらダメなのだ。
「彼についていけなくなった、のかしら? 無理もないわ。彼は外の世界を知っているもの」
 だが、狩谷は一騎が考えていたこととは違うものを提示してくる。
「外の世界?」
 それをこの目で確認すれば、総士が何を考えているのか理解できるだろうか。一騎はそんな考えにおそわれた。

「遠見は、俺のこと覚えていてくれる?」
 手すりを握りしめながら、一騎は真矢にこう問いかけた。
 自分ひょりも年上なのに、彼女はそれを感じさせない。だから、普通にこう問いかけることができた。
「なにそれ? それって、一騎くんも翔子みたいに……」
「いや、俺は大丈夫だよ。このまま戦うことに慣れていくのが怖いんだ。自分がなにかに変わっていきそうで……」
 それがいやなのだ、と一騎は口にする。
「変わらないでいるなんて、誰にも出来ないかもしれない。でもね、私たちは確かに、ここにいる。いるじゃない。だから……」
「遠見」
「たとえ、どんなに変わっても一騎くんのこと、覚えてるよ」
 この言葉に、一騎の中の迷いが完全に消えた。
「ありがとう」
 本当は、総士にこう言ってほしかったのだ、自分は。
 だが、今は無理だろう。
 だから、と考えた瞬間、一騎はある感覚に襲われる。
「一騎君?」
「……ごめん……」
 これだけは彼女に知られたくない。
 その思いのまま、一騎はその場を後にした。

 どうして、自分はこの状況がこんなに怖いのだろうか。
 その理由を、一騎はまだ思い出せなかった。

「君が発進命令を出したのか」
 モニターに映るリンドブルムとマークエルフを見ながら、史彦がこう問いかけてきた。
「まさか。出すわけありませんよ、そんなもの」
 吐き捨てるように総士はこう呟く。だが、それは嘘だと自分でもわかっていた。
「どこへ行くつもりなんだ」
「島から出て行くものに、興味はありませんよ」
 こう言いながらも、総士は先日のことを後悔していた。
 一騎がここから飛び出していたのは、あの言葉のせいかもしれない。だから、彼は自分から離れていったのだろうか。
 その答えを、総士は一騎に問いかけることはできない。
 その事実が、自分自身、歯がゆかった。





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