総士を救うための準備が進められている。 だれもが精一杯の早さでそれを行ってくれていることは一騎にもわかっていた。それでも、体の奥でくすぶっている焦燥感を打ち消すことが出来ないのだ。 今、この瞬間にも、総士が完全に同化されてしまっていたら。そう思うだけで、背筋を冷たいものが伝い落ちて行く感覚に襲われる。 「乙姫ちゃんには、あんな偉そうなことを言ったのに、な」 実際の自分はこんなにも弱い。 それでも今まで虚勢を張り続けられていたのは、間違いなく《総士》がいてくれたからだ。 彼の瞳が自分を映し出してくれていたから。 そんな彼に、ぶざまな自分を見せたくなかった。 自分でも自覚してはいなかったが、そんな気持ちがあったのかもしれない。だから、彼を感じられない今は素のままの自分が表に出ているのだろうか。 「総士は……そんな俺を知っていたのかもしれないな」 おそらく、自分が自覚していないことも、彼は知っていたに決まっている。それでも、ずっとそばにいてくれたのだろう、彼は。そして、そんな彼がいてくれればきっと、自分は――自分達はもっと高みまで行けるはずだ。 だから、と一騎は心の中で呟く。 何があっても、総士を取り戻す。 そのために必要だ、というのであれば自分は何でもする。一騎は自分を奮い立たせるように、心の中でこう呟いていた。 ファフナー四機をジークフリードシステムで同調させた。だから、一人が感じた痛みは全員に伝わるのだ、と告げられる。それでいいのか、と問いかけられて、 「総士は……、俺たち全員の痛みを感じてくれていた」 それも一人で、と一騎は言外に付け加える。だから、自分たち四人が耐えられないはずはないだろう、とも。それに同調するかのように、カノンと真矢もこう、口にした。 「死にに行くわけではない」 「みんなで生きて帰ります」 剣司も自分の同じだ、というように大きくうなずいていた。 彼らの言葉に、史彦たちは満足そうにうなずいて見せる。それは彼らが《戦う》事ではなく《生きて帰る》事を選択したからだろうか。 その表情のまま史彦は四人がそれぞれ乗り込む機体を指示する。 「マークザインで一騎、マークアハトで剣司、マークジーベンで真矢、マークドライでカノン」 この言葉を耳にした瞬間、カノンは驚いたように史彦を見つめた。 「私が……咲良の機体に……?」 「そうだ。十時間以内に微調整を済ませろ」 一瞬、カノンは複雑な表情を見せる。それは、自分で本当にいいのか、と悩んでいるように一騎には感じられた。だが、次の瞬間、カノンは、毅然とした表情を作る。 「了解!」 咲良は快方に向かっているとは言え、まだ戦うことは出来ない。しかし、彼女がここにいれば総士を救い出すために全力を尽くしただろう。 ならば、その代わりに自分が……そう考えたのだろうか、彼女は。そうであって欲しい、と一騎は思う。 「北極海のミールに対する総攻撃に乗じて、特定のコアと接触し、データを救出。同時に皆城総士を奪還する。以上が、今作戦の目的だ」 敵の殲滅を目的としている訳ではない。史彦はこう宣言をする。 その言葉に、一騎達はしっかりとうなずき返して見せた。 人類軍が名付けた作戦名は《ヘブンズ・ドア》 だが、史彦たちが示した作戦名は《蒼穹》 この言葉の持つ響きの違いが、彼らの意志を表していた。 「あの……、生きて帰ってきたら、母さんと呼んでいいか……」 「えぇ、あなたの帰りを待ってるわ。カノン」 新たな生命の誕生を告げられる真矢。 それは姉である弓子と道生の間に出来た、子供だ。そして、その子供は姉の胎内で育って行くのだと言う。その事実に、彼女たちは良くにた微笑みを浮かべていた。 「父さん。帰ったら、教えて欲しいことがあるんだ」 「何をだ」 「土のさわり方とか、火加減の仕方」 「あぁ、教えてやる。俺がお前の母さんから学んだことを」 「ありがとう、父さん」 そんなパイロットたちの様子を、乙姫は静かに見つめていた。 「大丈夫だよ、総士」 ふわりっと微笑むと、今はいない兄に向かって言葉を口にする。 「大丈夫。みんな、生きるための決意を固めたから……だから、総士もあきらめちゃだめだからね」 一騎のために。 そして、自分のために。 「出迎えは、して上げられないかもしれないけど」 でも、自分はここで待っている。 だから、かならずみんなと戻ってきて欲しい。 乙姫は祈るように瞳を閉じる。そして、そっと手を組んだ。 そんな彼女を支えるかのように虚空から人影が現れる。 「心配しないで……まだ、大丈夫だから」 笑ってみんなを見送れる、と乙姫はその人物に笑いかけた。 「そうか……すまない。我々とお前は異質なもの。そうでなければ」 「いいの。わかっていたことだから。それよりも、一騎を心配して上げて」 ね、と小首をかしげながら乙姫はミョルニアを見上げる。そんな彼女に、ミョルニアは静かなまなざしを向け続けていた。 必ず帰ってくる。 その意志表明として、自分たちの腕に竜宮島の座標を書こう。 こう提案をしたのは真矢だった。その瞳の奥に確固とした意志が見えかくれしている。いや、それは彼女だけではないはずだ。 カノンや剣司も同じ。そして、自分では確認できないが自分自身の瞳にも同じ光が浮かんでいるはずだ、と一騎は思う。 だから、彼らは迷う事なく自分たちの腕にそれぞれがお互いのためのそれを書き込んだのだった。 「行こう! そして、帰ってこよう!」 この言葉を合図に、彼らはそれぞれの機体に乗り込んだ。 五人で必ず帰ってくるために。 「竜宮島は、ここから動くことはない。だから、必ずここに帰ってきて欲しい。誰ひとり欠ける事なく」 史彦のこの言葉が、彼らのはなむけとなった。 |