まるで、定期便のように続くフェストゥムの攻撃。
 一騎達はいつしか、それになれてしまっていた。
 それが、どれだけ危険なことか気づかずに。

 その中で、暴かれたのは《真矢》の中にある真実。
 本来であれば、誰よりもファフナーに適合できたらしい彼女。
 だが、それを知っても、一騎は彼女のに戦って欲しくなかった。そして、他の者達もそれぞれ抱いている感情は違えども、真矢には戦って欲しくはない、と思っていたらしい――彼女の存在は、ある意味、自分たちが帰る場所でもあったから――しかし、真実は暴かれてしまった。そして、何よりも真矢の決意を消すことはできなかった。
「私も戦うよ、翔子」
 彼女が大切にしていた世界。
 守ろうと思っていた存在。
 自分がそれを守れるとは思えない。だが、少しでも手助けができるだろう。
 そうすることを彼が喜んでいないことはわかっている。それでも、自分だけ安全な場所にいられないのだ。真矢は心の中でこう呟いていた。

「そう、こっちにおいで」
 乙姫が優しい口調で呼びかける。だが、彼女の視線の先には誰の姿もない。
 しかし、彼女の瞳には確かにある人影が映し出されていた。

 精霊流しの日。
 まるで何かに導かれたかのように、彼は目覚めた。
 そしてゆっくりと歩き始める。
 彼の中に残っていた衝動にしたがって。
 これが、新たな段階への幕開けだった。

 島を離れていた間に、家の中はとんでもないことになっていた。そんな中で、あの父は何も感じなかったのだろうか。それとも、ただ面倒臭がっただけなのか――何とかしようとして泥沼に陥ったという可能性も否定できないが――恐らく後者だろうと一騎は考えていた。
 せめて、洗濯ぐらいはしていてくれればいいのに、と言っても後の祭りだろう。
 仕方がなく、一騎はわずかな時間の隙を縫っては後始末におわれていた。
 今日もそのせいで、総士との約束に遅れそうになっていた。だから焦ってアルヴィスへと向かっていたのだ。
 そんな彼の視界の隅を見覚えがある人影がかすめた。
「まさか……」
 だが、彼がここにいるはずはない。
 しかし、改めて確認しても、目の前をゆっくりと進んでいる人影は間違いなく《彼》のものだ。
「何で……」
 それよりも、このまま彼を放っておく訳にはいかない。総士だって、この状況なら許してくれるだろう。
 こう判断をすると、一騎は彼の後を追いかけ始めた。

 総士たちが彼の元に訪れたのは、本当に気まぐれだったといって良いだろう。というよりも、総士が彼の元に行く時にたまたま咲良たちがやってきた、と、言うべきか。
 その事実に、総士は内心いまいましい思いで一杯だった。できれば、自分達が下した判断については彼らに知れたくなかったのだ。だが、追い返す口実もない。
 仕方がなく共に甲洋が眠っている場所に足を踏み入れたのだが……
「甲洋!」
「どこ行っちゃったの?」
 カプセルの中に彼の姿はない。無人のそれに、誰もが驚愕を隠せなかった。
 同時に『厄介なことになった』と総士は思う。
 既にこの状況はCDCにも把握されているだろう。
「甲洋は、全細胞を凍らせ、封印する予定だったんだ。その甲洋が動き出してしまった。こうなれば、フェストゥムとして処理するしかない」
 後から知らされるよりは自分の口から告げた方がいいのではないか。そう判断をして、総士は言葉を口にする。
「そんな……」
 彼らにとって、甲洋はまだ大切な幼なじみであり、友人であり、仲間なのだろう。しかも、彼がこんな状況に陥ってしまったのは、真矢を助けるためだった。
 他の者が動けなくて、彼だけが危険な状況に陥ってしまった。
 そんな彼らが甲洋を見捨てられるはずがない。そうなるであろう事を総士は予測していたのだ。
 だから、彼らが納得するまではその行動を黙認しよう。そう考えていた。それが甘い考えだ、とわかっていてもだ。
「甲洋が行きそうなところって、どこだと思う?」
 咲良がみなに向かってこう問いかけている。
「決まってる!」
 即座に剣司がこう口にした。
 いや、彼だけではない。
 他の者たちにも想像が付いたのだろう。彼らは顔を見合わせるとそのまま駆け出して行く。
 そんな彼らを総士は黙って見送っていた。

 彼らがたどり着いたのは翔子の墓の前だった。
 甲洋が甲洋であれば、必ずここにくるだろう。
 誰もがそう確信していた。
 そして、それは現実となった。そして、甲洋と共に姿を表したのは一騎だった。
 咲良たちと一騎はお互いの情報を交換する。その結果出た結論もひとつしかなかった。

 甲洋を守る。

 その思いのまま彼らは立て籠もった。
「もし、フェストゥムが甲洋でも。甲洋はフェストゥムだけど、甲洋で。あぁ〜、なに言ってんのか、分かんねぇ〜」
 わからないけど、大切な友人なのだ。
 たとえ、フェストゥムに同化されていようと、彼が彼として生きているのならばかまわない。一騎だけではなく他の者達もそう考えていた。総士もそう思ってくっればいいのに、と一騎はこの場にいない《彼》のことを考える。
 その時だ。
「たすけ……てくれ……て、ありが……とう」
 たどたどしい声が一騎達の耳に届く。それが誰のものかなんて、確認しなくてもわかる。
「当然だろ! 俺たちは……」  慌てて声をかけるが、甲洋には理解できていないのだろうか。
「うみ……うみか……遠見を……確かに……たすけた……ぞ、かず……き」
 こんなセリフを口にする。それに、一騎はなんと言い返せばいいのかわからなくなってしまった。
「あたしは……お前を助けられなくて……」
 だが、その代わりに咲良が涙混じりにこう告げる。それだけ、彼女はその事実を気に病んでいたと言うことだろう。だから、あれだけ戦うことに執着をしていたのか、と一騎は思う。
「ありが……と、う……さ……くら……」
 この言葉に、誰もがそこに間違いなく《甲洋》がいるのだ、とわかった。しかし、どうすればいいのだろうか。
「お前が、遠見を助けたんだ。甲洋」
 ともかく、これだけは間違いのないことだ。そして、自分の言葉が――そしてぬくもりが彼に届けばいい。一騎は彼にそうっと歩み寄ると、その肩を抱きしめた。
 同時に、どうすれば《甲洋》が《ここにいる》と大人達に伝えられるだろう。
 それさえわかってもらえれば、いくら史彦でも無謀な命令は出さないのでは……と一騎は考える。
 だが、どうすればいいのだろうか。
 こう言うときに、総士がいてくれれば……と一騎が心の中で呟いたときだ。
「一騎! 出てこい! 僕と勝負しろ、一騎!」
 外からこんな声が響いてくる。それが誰のものかなどと確認しなくてもわかってしまった。
 いくら何でも、こんな時にどうして……と思う。
 だが、彼には彼の考えがあるのかもしれない。それがなくても、この状況を彼に伝えられれば、あるいは……と一騎は判断をした。
「あぁ!」
 だから、彼の言葉のままに木刀を受け取る。
「甲洋を守ってくれて、ありがとう。一騎」
 総士の打ち込みを受け止めたとき、総士がこう囁いてくる。その言葉に一騎は一瞬驚きを隠せない。だが、すぐにそれは微笑みに変わる。だが、それを史彦達大人に悟られないように一騎は表情を引き締めた。
「甲洋の時間は止まっている。何の感情の無いはずだ」
 離れた瞬間、こう叫ばれて、一騎は何で総士がこんな馬鹿なことを始めたのか理解をする。
「甲洋は、感謝してくれた!」
 だから、こう言い返した。
「では、甲洋の中で時間が進んでいるというのか!」
 はっきり言って、バレバレなのではないだろうか。だが、それでもかまわないとばかりに
「甲洋は、咲良にありがとうと言った!」
 一騎はこう言い返す。
「同化された人間が『ありがとう』……?」
「馬鹿な!」
 この状況は誰も想像していなかったのだろう。驚いているのがわかった。これなら何とかなるのではないか。一騎は心の中でその思いを深めていた。

「フェストゥムがいるんだよ。閉じこめられていた場所から、私が出したの」
 乙姫の言葉に、芹たちは信じられない、と言う視線を向ける。
「な、なんで?」
「私も……そうだからだよ」
 彼女たちの口から出た言葉に、乙姫は優しく微笑むとこう告げた。それが彼女たちにどれだけ驚愕をもたらすかはわかっていた。だが、告げなければいけないのだ、とも思う。
「ど、どういう意味?」
「私は、コア型っていうの。コアギュラ型から分岐した存在。世界でも数人しかいない、人類とフェストゥムの融合独立個体」
 自分の他にも、そんな存在がいる。すぐに消えてしまう自分と違って、彼らはずっと人類とともに生きていくのだから。
 だから受け入れて欲しい。
 乙姫は心の中でこう呟いていた。

「あなたは、そこにいますか?」
 甲洋が不意にこう告げる。それは、戦いの時にフェストゥムが問いかけてくる言葉と同じものだ。
「春日井くん!」
 まさか、と真矢は慌てて視線を向ける。
 彼は心の奥までフェストゥムになってしまったのかと。
 だが、甲洋の瞳は真矢ではなく他のものへと向けられていた。
 甲洋がかわいがっていたショコラ。そして、その後を追いかけてきたのは、翔子の服を身にまとったカノンだった。
 それが甲洋の中にある何かを刺激したのだろうか。
「あなたは、そこにいますか」
 彼女に向かってこう問いかける。しかも、彼の手にはあの翠の結晶があった。それが何を意味するものか、一騎と総士でなくてもわかる。
 緊張が周囲を支配し始める。
「あなたは、そこにいますか」
 それにかまわず、甲洋はまたこう問いかけた。
「前はいたが、今はもういない!」
 それは、彼女の答えだった。
「カノン!」
「餌になる気か!」
 こんな言葉が、一騎の耳に届く。そんなことをさせてはいけない、と飛び出そうとした瞬間、総士の手が彼の二の腕を掴んだ。
「信じろ! 一騎」
 そして、低い声でこう告げる。
「だけど、総士……」
 止めないと……と言いかけた一騎の耳に、本当に蚊の鳴くような声で甲洋が今はいない彼女の名を呼んだのが聞こえた。
「しょう……こ」
 そして、彼の瞳からは次々と涙があふれ出してくる。
「翔子は……、もう……いない……。翔子は……っ!」
 この姿を見れば、誰ももう甲洋が《甲洋》ではないと思わないだろう。
 それよりも、先に彼の涙と悲しみを受け止めてやりたい。一騎の考えを理解したのか、総士もそれを許してくれるかのように二の腕を掴んでいた手を離した。
「甲洋……」
 呼びかけに甲洋が一騎を振り仰ぐ。
「一騎……翔子が……ふぁぁ、あぁぁぁ、ぁぁ!」
 泣き続ける彼の肩に、一騎はそうっと腕を回す。
「あぁ、翔子は……翔子は……」
 一騎自身、それ以上何を言う事もできなくなってしまった。
 彼女が戦ったのは一騎のため。
 その結果、傷ついたのは彼だけではなく甲洋も同じことなのだから。
 大人達も、この光景に何かを感じ取ったのだろう。何も言ってこない。だから、彼らはそのままその場にたたずんでいた。

「今はまだ、少しだけ早いの。いつかその日が来るまで、おやすみ……甲洋」




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