「一騎、いい?」
 久々に学校に行ったときだ。クラスメートになった乙姫がこう問いかけてきた。
「どうかしたのか?」
 普段、彼女は芹たちと一緒にいることが多い。もっとも、自分も総士達と一緒にいるのだからそれをどうこう言うつもりはないが……と一騎は思う。
「うん。だから、つきあって?」
 教室ではできない話だから……と彼女は付け加えた。
「わかった」
 ならば、聞かないわけにはいかないかもしれない。そう思って、一騎は促されるままに立ち上がる。そして、そのまま教室を出た。
 乙姫が一騎を案内したのは、校舎の屋上だった。
「ここからだと、みんなの様子がよく見えて、楽しいんだよ」
 フェンス際まで歩み寄った彼女が一騎に背を向けながらこう告げる。
「……校庭が、よく見えるからな」
 乙姫にとって、実際に自分が見て触れるものは何でも楽しいらしい。だから、それを邪魔しないようにしているのだ、と総士が口にしていたことを一騎も覚えていた。それに、自分もここから見る光景は嫌いではない、と思いながら言葉を口にする。
「一騎もそう思う?」
 くるっと振り向いた乙姫が、うれしそうな表情でこう問いかけてきた。
「……あぁ……」
 その勢いに、一騎は思わず気圧されてしまう。それでも、しっかりとうなずき返す。
「よかった。一騎はやっぱりそう言ってくれるんだね」
 乙姫にはそれで十分だったらしい。
「昔から、一騎のことはよく知っていたんだよ」
 笑顔のまま、彼女はこう告げてきた。
「俺のことを?」
 総士の側にいたからか? と一騎は問いかける。
「ううん。違う。一騎が一騎だから」
 だから見ていたのだ、と乙姫は言葉を返してきた。
「総士が……一騎のおかげで《総士》になれたように……私は一騎のおかげで、心を持つって選択ができたんだ」
 そして、そのおかげで友達を作ることができたのだ、と彼女は付け加える。それはとてもうれしいことだ、と。
「乙姫ちゃん?」
「私は岩戸の中からみんなを見ていたけど……感情まではわからなかった。でも、あの日、一騎が総士を総士にしたあの日から、時々、私にも一騎の感情が伝わってきたんだ。どれも、暖かくて、優しいものだった」
 だから、自分もそれが欲しいと思ったのだ、と彼女は付け加える。
「俺なんて……」
 そんな風に言ってもらえる存在じゃないのに、と一騎は思う。
「千鶴が教えてくれたんだ。私と一騎は、同じ日に生まれたって」
 だからかもしれないね、と乙姫は一騎の瞳をのぞき込んできた。
「一騎は、もう一人の私……なんだよ。私にとっても、総士にとっても」
 もっとも、総士が今、一騎に抱いている感情はまったく違うものに変化しているが、と乙姫は微笑む。 「私も、一騎が大好きだから……それだけは覚えていてね」
 この言葉をどう受け止めればいいのだろうか。一騎は悩んでしまった。

「……乙姫が、そんなことを言ったのか」
 答えを出せなかった一騎が最終的に頼ったのは、やはり総士だった。
「俺、どうすればいいのかな?」
 彼女の言葉を耳にして……と一騎は呟く。
「何もしなくていい」
 その問いに対し、総士の答えはこれだった。
「何も?」
 自分の気持ちは総士と乙姫には負担だったのだろうか、と一騎は悩む。
「一騎が一騎であればいい。お前がお前らしくあることが、僕にとっても乙姫にとってもうれしいことなんだよ」
 だから、余計な気を回さなくていい……と総士は微笑む。そのまま、すいっと顔を寄せてきた。そう思った次の瞬間、彼の唇が一騎のそれに重なる。
「総士!」
 いきなり、何を……と一騎は思わず叫んでしまう。
「いつもしていることだろう?」
 くすりと笑いながら、総士は指摘をしてくる。
「そう、かもしれないけど……でも……」
 誰が来るかわからない場所で、こんなことをするのはいやだ……と一騎は主張をした。
「……もう……みんな気づいている……」
 実に言いにくそうな口調で総士がこう呟く。
「嘘……」
「残念ながら、事実だ」
 もっとも、誰も気にしていない、と総士は付け加える。そんなことを言われても、納得できるはずがないだろう。
「父さんも、知っていたのか……」
 信じられない、と一騎は泣き出しそうになってしまった。
「僕はうれしいけどね」
 そんな一騎の体を、総士はそうっと抱きしめてくる。
「今まで、誰にも非難されなかったんだ……反対されていないってことだろう?」
 違うか、と言われても、すぐにうなずくことが一騎にはできない。それよりも羞恥が先に立ってしまうからだ。
「……だって……」
 恥ずかしいものは恥ずかしいのだ、と一騎は呟く。と、同時にあることに気が付いてしまった。
「ひょっとして……あの時の感情も、乙姫ちゃんに知られているわけ、俺……」
 信じられない、と一騎は総士の腕から逃げ出そうとする。
「今更だろう、一騎」
 だが、総士は逆に一騎の体をきつく抱きしめた。そして自分の方へと引き寄せる。
「僕たちにとって、お前は特別なんだ……だから、そのまま、普通にしてくれればいい」
 そう言われても、と一騎は思う。だが、真摯な総士の言葉にそれ以上何も言えない。
「……頼むから……あの時だけは、覗かないように乙姫ちゃんに言っておいてくれ……」
 あの時の自分を総士以外に見られるのはいやだ。一騎はそれで妥協をすることにした。
「わかっている」
 自分だって、そんな一騎を妹とはいえ、他人には見られたくない……と総士は苦笑を浮かべる。
「だから、ちゃんと言っておくよ」
 こう告げる総士に、ようやく安心をして一騎は体を預けた。




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