一騎は史彦によって、独房入りを宣告されてしまった。 自分が子供だからとか狩谷にそそのかされたからとか、いろいろと反論をしようとすればできたかもしれない。だが、そんなことをしても自分の行動がなかったことになるわけではない。 それに、と思う。 そのおかげでわかったこともあったのだ。 「母さんのこと、溝口さんから聞いたよ。父さんは……、悪くない」 あのフェストゥムと名乗った女性が、母だとは限らない。だが、彼女は自分を守ってくれた様にも思えるのだ。それは、父との思い出があったからかもしれない、と一騎は思う。 「帰ったら、母さんに謝れ。二度と黙って出て行くな」 その言葉の裏に、父の不器用な愛情を感じられる。だから、一騎は素直にうなずいて見せた。 そのころ、総士は乙姫とともにいた。 「初めまして、総士! この服、着るの難しいね。まだ手がうまく動かせないの」 どこかはにかむような表情でこう告げると、乙姫は肩の当たりに触れる。それを見た総士は跪くとそうっと服を直してやる。そうすれば、乙姫はさらに笑みを深めた。 「なぜ岩戸を出たか、聞きたい?」 その表情を変えることはなく、彼女はこう問いかけてくる。 「それがお前の意志なら、僕はそれに従うだけだ」 静かに首を振ると、総士はこう答えた。彼女の意志が、この島の全てなのだから、と。だから、自分はそのフォローをするだけだ、とも思う。 「意志じゃないよ。これは、夢だよ」 しかし、彼女の口から出たのは総士が予想していなかった言葉だった。 「夢?」 彼女が夢を見ることとは何なのだろうか、と思う。 「世界をこの眼で見て、この手で触れたい。そういう夢が叶ったの」 今までの自分は、ただ見つめるだけしかできなかったから……と彼女はさらに笑みを深めた。 彼女にそれを強いたのは自分の両親達だ。 だが、それは彼女を少しでも長く生き延びさせるためだった、と聞いている。そして、この島を守るためだったと。 だが、彼女はもう人工の母体から出てしまった。ならば、自分にできることは、彼女の望みを叶えてやることではないか、と総士は思う。 「何でも、望み通りにしよう」 もう、自分は彼女を第一に考えられないかもしれないが、せめてできることは……と総士は心の中で呟いた。 「家族みんなで……くらしたいな」 そうすれば、乙姫はこう告げてくる。だが、それにどう応えればいいのか。 母は既になく、父も先日一騎を守るために死んだ。 だから、家族といえるのは自分と乙姫しかいない。一緒にくらすとなれば、自分が家事の一切をしなければいけないのだろうか。 「安心して。ただのわがままだから。そういうときは、お兄さんらしく『無理だ』って言っていいんだよ、総士」 次の瞬間、彼女はからかうようにこう口にする。それに、総士は思わず肩を落としてしまった。 乙姫と別れ一騎の元へ来たのは、女性陣の言葉に従ったからではない。ただ、自分が会いたかっただけだ。 「総士……」 だが、実際に顔を見たら何を言えばいいのかわからなくなってしまう。 とっさに出た言葉で、何故か一騎を部屋から連れ出すことになってしまった。もっとも、それはそれで望むところだったかもしれない。そう思いながら、総士は一騎をアルヴィス内の自分の部屋へと案内をした。 「僕の部屋だ。入れよ」 そう言えば、一騎は驚いたように目を丸くした。 「お前……、アルヴィスの中に住んでんのかよ」 史彦でさえ、自宅に戻ってきているのに……と彼は言外に付け加える。その言葉の裏に見え隠れしているのは慚愧の念だろうか。 「出撃には便利だ。座ってくれ」 だから気にするな、と一騎に告げた。そして、ソファーに座るように告げる。 本当であれば、もっと他のことをしたい……と言う気持ちもあることは否定しない。だが、それではいけないのではないか、と囁く声もある。 一騎は自分を理解しようとしてくれた。 ならば、自分もそうしなければいけないのではないか。 そう判断をしたのだ。 「さあ、話そうか」 しかし、どう切り出していいのかわからずに、総士はこう口にしてしまう。 「……話そうって……」 一騎もまた、こう言われたことに混乱をしているのだろうか。何を口にすればいいのかわからない、というように周囲に視線をさまよわせていた。 「なんか……何にもない部屋だな」 そして、なんとかみつけた言葉がこれだったらしい。しかし、それは指摘して欲しくないことだった。 「よく見ろ! ベッドがある。テーブルとソファがある。机があって、壁には写真も飾ってある」 思わず反論を口にすれば一騎はますます信じられないというように目を見開く。 「それ、一枚だけか?」 それは、あの日真矢が撮った写真だ。だが、総士にしてみればそれでも多いと思えるのに……と心の中で呟く。 しかし、ここで引き下がるわけにはいかない、とばかりに総士は思わず室内を案内してしまう。 「見ろ! コンパクトなバスルームまで付いている」 これが自慢になるのか、と思いつつこう言えば、一騎は興味津々であちらこちらを覗いている。だが、彼が棚の中の薬を手に取ったとき、総士は慌てた。そして、その感情のまま、乱暴にそれを取り上げる。 だが、一騎の記憶までは不可能だ。 「総士、お前どこか悪いのか?」 だとしたら、こんなところに……と一騎は総士の瞳をのぞき込んでくる。その中には総士に対する気遣いが見え隠れしている。 「勝手に触るな……フラッシュバックを抑える薬だ」 これだけで彼が納得をしてくれるとは思えない。 「フラッシュバック?」 実際に、一騎はすぐにこう聞き返してきた。 本当は伝えたくないのだが……何も言わなければ勝手に調べようとするだろう。 仕方がないというようにため息をつくと口を開く。 「お前たちパイロットが感じた痛みが、戦闘後も僕の身体で再現されることがある。その痛み止めだ」 それも自分の役目上、仕方がないことだ……と総士は考えていた。ある意味、自分は彼らと意識を共有しているとはいえ、安全な場所にいることは事実なのだから、と。本来であれば、ともにファフナーに乗って戦いたいと思うのだが、それは不可能だ。だからせめて……とも思う。 「……総士」 しかし、一騎の瞳に浮かぶ心配の色はさらに深まっていく。 いったいどうするべきか。 ともかく、話題をそらすべきだろう、と判断をする。 「ま、まだ説明は終わっていない!」 そのまま一騎を引きずるようにして、今度は通路へと出て行く。 「自動販売機だ。僕の部屋からほぼ十一歩の距離にある。極めて便利だ」 胸を張って言えば、一騎が小さくため息をついた。 「……お前って、本当に不器用だな……」 そして、こう呟く。 「一騎?」 何が言いたいんだ……と総士は彼をにらみつける。 「それでも、好きなんだから……仕方がないのか」 総士の耳に一騎のこんな呟きが届く。その次の瞬間、総士は腕の中に一騎の体を閉じこめていた。 |