監禁されていた一騎を連れ出してくれたのは道生の父――日野洋治だった。 こんな場所で顔見知りの相手に会ったからだろうか。それとも、彼が自分の記憶の中の存在と変わっていなかったからか。 一騎は素直な気持ちで彼と向き合うことができた。 「どうして……君は島を出たのかな?」 そのせいだろう。この問いかけにも、 「何のために戦えばいいのか、知りたくて。自分がどこにもいないような気がしたから」 ためらうことなく本心を告げることができたのは。 しかし、彼の反応は、まったく予想していないものだった。 「史彦は君を誇りにするべきだな」 この言葉に、一騎は思わず彼を見つめてしまう。しかし、洋治は忠夫やかに微笑みを返してくるだけだった。 今後どうするか、ゆっくりと考えるがいい。 そう言われて、一騎はまたあの部屋に戻された。そしてそのまま、次に彼が現れるか、それとも他の誰かが来るかするまで、ここに閉じこめられるものだ、と思っていた。 それなのに、警報が鳴り響いたか、と思えばいきなりドアのロックがはずれた。 この音自体は、何度も耳にしたことがある。 それは、フェストゥムが現れたときにアルビスないに鳴り響くものと同じだからだ。 「……敵?」 ここもまた、戦いになるのだろうか。 ならば、自分にできることは何なのだろう。 こう思いながら、一騎は走り始める。ともかく、この場にいるよりは何かしていた方がマシだ、と思ったのだ。 その間に、あるいは答えが出せるかもしれないと。 もっとも、その答えなんて、すぐ出る。 目の前で次々と破壊されていく人類軍のファフナー達。 彼らを見捨てて逃げ出すことなんて、一騎にはできなかった。予備のファフナーに飛び乗ると、一騎もまた戦場へと飛び出して行く。 だが、人類軍のファフナーは死ぬことを望んでいるようにしか一騎には思えなかった。 もちろん、本当は違うだろう。だが、彼らの戦いぶりは死に急いでいるようにしか思えなかったのだ。 だからといって、一騎一人ではそれを止めることはできない。 人類軍のファフナーでは、彼の動きについて行けないのだ。 そして、目の前のフェストゥムは今まで戦ったどのフェストゥムよりも強かった。 このままでは自分もやられる。 そう思ったときだ。 目の前に純白の機体が現れた。 「……味方、なのか?」 自分が手間取った相手をあっさりと倒したそれに、一騎は目を丸くする。だが、その次の瞬間、その機体は一騎のそれへと攻撃を加えてきた。 「何で……」 あらわになったコクピット部分から相手をにらみつけながら、一騎は呟く。しかし、それは次の瞬間、驚愕へと変わった。 白いファフナーの中から現れた相手に、見覚えがあったのだ。 だが、その相手は…… そう思うものの、目の前の相手は間違いなくそこに存在している。 「まさか……かあ、さん?」 一騎は無意識のうちにこう呼びかけていた。 竜宮島では、乙姫がはじかれたように振り向く。 「かあ、さん……?」 このつぶやきとともに、彼女は遠くに求めていた相手を見つけた。 「母さん……」 母さんなんだろう、と一騎は呼びかける。だが、彼女の表情に感情が表れることはない。 「私は、日野洋治によって、このマークザインをお前に渡す」 そして、彼女は淡々とした口調でこう告げてきた。それは、一騎の言葉を否定しようとしているようにも思える。 「マークザイン? 日野さんが……」 同時に、『どうして彼が自分に……』と一騎は呟く。道生でもいいではないか、と。 「日野洋治はもういない」 だが、目の前の女性は口調を変えることなくこう告げてきた。その瞬間、一騎は言葉を失ってしまう。 まるでその瞬間を待っていたかのように、先ほどのフェストゥムが再び襲いかかってきた。 今いるファフナーではとても戦うことができない。では、どうすればいいのか、と一騎は悩む。だが、彼女は気にする様子を見せない。 「我々は、私にこれ以上の分岐を許さない」 この言葉の意味を一騎は理解することができなかった。それでも、その横顔は一騎はある確信を抱かせるに十分だった。 「待って、母さん! 母さんなんだろっ?」 お願いだから、そうだと言って欲しい。 その気持ちをこめて一騎は彼女に向かってこう叫んだ。 「真壁紅音はもういない。私は、お前たちがフェストゥムと呼ぶ存在だ。私はお前というアルヴィスの子に、ミールの器を渡す。乗れ」 だが、彼女はこの一言を残して、一騎の前から消える。 「どこに……」 慌てて周囲を見回せば、あのフェストゥムの前に浮かんでいる彼女が確認できた。しかも、何かを話しているらしい。 今の状況ではそれを聞くことはできない。だが、マークザインと呼ばれたファフナーに乗ればあるいは……その思いのまま、一騎は目の前の機体に乗り込んだ。 「我々は、お前の存在を制限した」 「我々は、人間の個性を理解しつつある」 「我々は、お前を理解しない」 「それは、お前自身の拒絶だ」 「私は、我々だ」 「では、なぜ言葉を使う。私はもう分岐をやめた。私とお前は一つのはずなのに、なぜ会話をする」 確かに、彼らの会話を耳にすることができる。だが、それ以上に一騎をとまどわせたのは、体の感覚が今まで乗り込んだどのファフナーとも違うことだった。 それにとまどっている間にも、彼女とフェストゥムの会話は続いている。 「我々と一つになるはずだったもう一つのミールの存在によって、私は私になりつつある。それはお前がお前になりつつあるのと同じ。私はそれを、我々に伝えねばならない」 「我々はお前を認めない」 彼女は自分をフェストゥムだと言った。それなのに、どうして同じフェストゥムに食われなければいけないのだろうか。その理由が一騎にはわからない。 その思いのまま、一騎は彼女を食らったフェストゥムに向かって襲いかかっていった。 その時だ。 遠くで何かが芽吹いたのは…… 「生まれた」 不意に乙姫はこう呟く。 「何が?」 その声を耳にしたのだろう。即座にこう問いかけられる。 「まだ、現れただけ。コアを生まれ変わらせるのは、これからだよ。一騎」 だが、乙姫はそれに答える代わりに、意味ありげな言葉を口にするだけだった。 |