「……この子供は……」
 人類の救いになるのだろうか。
 それとも、驚異となるのだろうか。
「大丈夫よ」
 自分が腹を痛めた子供ではない。それでも、腕の中にその重みを感じれば、女性は《母》になるのだろうか。彼女は柔らかな微笑みを浮かべると、こう断言をした。
「愛情を持って育てれば、この子はきっと、立派な子になるわ……だから、大丈夫」
 この子を作っている遺伝子は、間違いなく《人類》のものだから。
 いや、自分達の子供なのだから、絶対に大丈夫。
 そう言って微笑む彼女の表情はまるで聖母のようで……目を離すことが出来なかった。



 世界は、その頃戦乱の中にあった。
 ただ、この小さな島だけはそんな世界から切り離され、穏やかな日々を過ごしていた――偽りの平和の中で――そして、そんな中で、子供達は真実を知らせられぬまま、あるものは厳しく、あるものは甘やかされ、それでも健やかに成長していった。
「……本当は、あの子もあの中にいたのかもしれないな……」
 今は誰も訪れない場所で眠っている《妹》を思い、総士は小さく呟く。
「だが、それも、仕方がないことか……」
 さらに言葉を重ねたときだ。彼の右側に彼よりも一回り小さな姿が現れる。
「一騎?」
 視線を向ければ、予想通りの姿が確認できた。
 そう言えば、彼は自分の左側には絶対立とうとはしない。それは、自分の左目を傷つけたことに対する負い目なのだろうか。それとも、いつでも自分には気づいて欲しいと思っているからか。そのどちらでもかまわない、と総士は考えていた。
 少なくとも、それは自分のことを考えていてくれるからだろう、と思うのだ。
 それに、と心の中で呟く。
 この目のことで、彼の心の中に自分の存在が刻みつけられたのならば、かまわない。そう思うのだ。  実際、父ですら、似たようなセリフを口にしてくれた。
 もっとも、彼の意図と自分の感情は似て非なるものだ、と総士は知っている。
『史彦には悪いが……あの子がお前に負い目を持ってくれたことは、ありがたいかもしれないな』
 一騎が自分を傷つけてしまった日、公蔵がこう言ったことを総士は忘れることが出来ない。いや、それ以前――初めて一騎と会うことになった日にも、彼はこう言ったのだ。
『一騎君と仲良くすることはいい。いや、むしろ、あの子がお前に依存するように振る舞うんだ……同時に、お前はあの子に異常がないかどうかをきちんと見極めなければならない。お前が守るべきもののために』
 父は一騎を嫌っているわけではない。だが、彼の中にある異質さに恐怖を覚えていることは間違いないだろう。
 だから、自分にそれを強要するのだ。
 総士がアーカディアン・プロジェクトの中軸を担う皆城公蔵の息子であるが故に。
 そして、一騎が誰よりも《特別》な存在だから、と。
 だが、と総士は心の中で呟く。
 自分は父とは違う。
 一騎を監視したいわけではない。
 ただ、彼の存在を全て手に入れたいだけなのだ。
 出来ることなら、彼と一つに解け合ってしまいたい。
 それがかなわないなら、その心を縛り上げてしまいたいと総士は思う。
「おみやげなら、ちゃんと買ってきてあるよ」
 そんな内心を押し殺して、総士は微笑みながら、彼へと視線を向ける。
「そんなんじゃない!」
 だが、一騎はそう言ってそっぽを向いた。
「俺は……総士が帰ってきてくれた方がうれしいし……」
 そのまま、ぶっきらぼうな口調でこう告げる。だが、その目元がしっかりと染まっているのは気のせいではないだろう。
「本当に可愛いね、一騎は」
 小さな笑いを漏らすと総士は彼の体を引き寄せた。
「今日は、うちの父さんも、おじさんも出かけているだろう? だから、おいで」
 次の瞬間、一騎の頬はさらに赤くなる。その意味が、彼にもわかったのだろう。
 だが、しっかりと彼は頷いて見せた。





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