還
11
いったいどれだけの時間眠っていたのだろうか。目が覚めたとき、室内をろうそくの明かりが照らしていた。そのそばで彼が何か書き物をしている。
「ごめん……寝過ぎた」
慌てて体を起こすとそう言う。
「気にするな。お前はほとんど寝ていなかったんだから仕方がない」
そう言って彼は笑った。
「目が覚めたようならメシにするか」
「ご飯、あるの?」
「先ほど神官殿が持ってきた。と言っても、パンと牛乳らしきものだけだけどな」
「それでも十分じゃない?」
少なくとも今は、と僕は言う。同時にベッドを抜け出してテーブルへと移動した。
お皿に盛られたパンと木のカップに入れられたミルクを自分の前に移動する。
「いただきます」
そう言ってからパンに手を伸ばす。触れた瞬間、柔らかいことに気づいた。
「状態保存の陣の上に置いておいたからな」
「ありがとう」
「気にするな」
気遣いがうれしいんだけど、と思いつつパンを口に運ぶ。
「これからのことだが」
彼がそう切り出してくる。
「うん」
「なんとかして戻る方法を探そうと思う」
「だよね」
確かにそれが一番重要だ。手っ取り早いのは僕たちが呼ばれた召喚陣を使うことだろう。しかし、彼のあの様子では無理だとわかっている。
「なら、大神殿を目指すしかないかな」
僕がそう言葉を返したときだ。彼は少し驚いたような表情をする。
「大神殿にあるのか?」
「と言うより、あちらの方がオリジナルだよ」
僕の記憶が間違っていなければ、と続けた。
「……そうか」
彼は考え込むような表情でうなずく。
「問題は使わせてもらえるかどうかだね」
大神官はともかくその下の神官達に何を言われるかわからない。と言うより、絶対に交換条件を出されるはずだ。
「僕が知っている大神官はそう言うところが打算的だったから、可能性は高いと思う」
もっともお年寄りだったから代替わりをしている可能性も否定しないけど。そう付け加える。
「……その場合、誰が後を継いでいると思う?」
この問いかけに、僕は少し考え込んだ。
大神官の手のものか。それとも別の誰かか。
「何人か思い浮かぶけど、一番可能性が高いのはレオグランドの兄君だね」
グランベルト殿だ、とそう続ける。
「どんな人物?」
「……少なくとも彼の方が交渉しやすいと思うよ」
ださんはあるだろうが、彼の場合、それは私欲ではない。すべてが民のためなのだ。もちろん、その中に多少の自己顕示欲があったとしても。
「なるほど……じゃ、行ってみるか?」
彼は『ちょっと本屋に行くか』と言ったような軽い口調でそう問いかけてくる。
「どのみち、ここに長くはいられないしな」
ここに助けを求めて誰かがやってくるだろう。自分達がいれば食料だって足りなくなるのではないか。
「そうだね」
自分達だけであればなんとでもしようがあるはずだ。いざとなれば狩りをしてもいいだろう。そう判断をしてうなずく。
「出来れば弓矢が欲しいかな」
狩りには必要だろう。何気なくそう付け加える。
「確かにお前にも武器は必要か。俺もフェイクの武器が欲しいし」
さて、どこで入手するか。輔がそう言って考え込む。
「それが問題だよね」
お金があればなんとでもなるが、と僕もため息をつく。
「最悪、作るしかないのかなぁ」
「作れるのか?」
「以前、作ったことがあるからね」
小動物しかとれないものだが、今は十分だろう。毛皮を交換すればある程度はお金が手に入るだろうし、いずれはそれでもっといい武器を入手すればいい。そう続ける。
「家を出てふらふらしていたときに覚えたから、たぶん、今でも出来るよ」
そう続ければ彼は微妙な表情を作った。
「俺よりも役に立つスキルを持っているんじゃないか?」
こう言われて『そうかな』と思う。
「お金がなくて困っていた子供に作ってやったのが最初なんだけど」
意外と好評だった、と付け加える。
もっとも、あの頃はそんな小動物もすぐにいなくなって宝の持ち腐れのようになっていたが。
「今ならその心配もないかなぁ」
それとも、今もそうなのだろうか。こればかりは誰かに聞かないとわからない。
「……それでもすごいぞ。俺は弓は作れないからな」
「子供のおもちゃみたいなものだけどね」
ごちそうさま、と手を合わせて口にする。日本の風習だから彼も気にしない。
「それでも十分だろう」
話を元戻すとこう言ってくる。
「まぁ、そうだね。馬のしっぽの毛だけは確保しておかないと」
弦にするから、と告げれば彼は目を丸くした。
「弓の弦って麻から作るんじゃないのか?」
「繊維をよって作る時間がないからね。手っ取り早く馬のしっぽを使うだけだよ」
「……そう言うことか」
確かに、と彼もうなずく。
「まぁ、その前におねだりしてみるけどね」
神官さんに、と付け加える。
「だめもとだけどね」
「それでいいんじゃないか?」
もらえないようなら別のものをねだってみればいい。彼はそう告げる。
「そうだね。馬のしっぽの毛でももらうよ」
僕の言葉に彼も笑い声を上げた。
久々にゆったりと出来た時間だった。
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