10


 森から暫く行けば教団の施設があった。
 と言うより、逃げ出してきた人を保護するためにここに建てていたといった方がいいのかもしれない。
「無事でしたね」
 そう言いながら女性の神官が姿を現す。
「良かった。神のご加護があったようですね」
 微笑みながら彼女はそう続けた。それに僕たちはあえて言葉を返さない。
「……あの……」  とりあえず何か言わないと間が持たないのではないか。そう思って僕は口を開く。
「すみませんが、少し休ませてくれませんか?」
 それより先に輔がこう言った。
「あぁ、そうですね。野宿ではゆっくりと休めなかったでしょう。ベッドでゆっくりとお休みください」
 こちらに、と彼女は手招く。それに僕たちはゆっくりと近づいていった。その仕草も疲れているという証拠になったらしい。彼女は気の毒そうな視線を向けてくる。
 そばまで歩み寄って行けば彼女は案内をするためにきびすを返した。
 こちらを気遣うようにゆっくりと建物の中に入っていく。その後を僕たちも追った。
 内部に装飾はない。
 石造りのがっちりとした建物はどこか寒々と感じられる。実際にはそんなことはないんだけどね。木の家に住んでいる人間にはそう思えるんだ。
 本当に、昔は気にならなかったことが今は気になるのはどうしてだろう。
 そんなことを考えている間に彼女がある部屋の前で足を止めた。
「こちらをお使いください」
「ありがとうございます」
 彼女の言葉に頭を下げる。
「お気になさらず。すべては神のご加護ですから」
 一礼すると彼女は立ち去った。奥へ向かったから礼拝でもするのだろう。
「入ろう?」
 その後ろ姿を見つめていた輔にそう声をかける。彼は一瞬考え込んだ後で「そうだな」とうなずいた。
「大丈夫だよ。少なくともここはあそことは違う」
 部屋の中に入りながら僕はそう言う。
「どうだか」
「少なくとも彼女は嘘は言っていない。そんなことをすればすべてを失うからね」
 この世界に魔法はないと言った。でも、似たような力はあるんだ。それは信仰心を持った人間が神からその力を借りるものだと信じられている。
 実際、普通の村娘が修行の後で力を使えるようになったのを知っているし。
「彼女の胸にあったブローチがその証だよ」
 あれは厳しい修行と狂信的に近い信仰心を持った人間でなければもらえないものだ。誇張に近いかもしれないが、と続けたのは周囲をはばかってのことだ。
「あぁ。それなら納得できる」
 そういう人間はあちらにもいたからな、と彼はうなずく。
「一人はお前も知っていると思うぞ?」
 ジャンヌ・ダルクだ、と彼は付け加えた。
「もっとも、あまりに狂信的すぎて最後は火あぶりになったが」
 それでも死後すぐに母親が教皇に申し立てて彼女はえん罪だったと言うことになった。そして、あまりの人気ぶりに聖人へと祭り上げられた。
「死んだ後にそうされても何の意味はないがな」
 彼はそう締めくくる。
「でも、聖人への認定は死後でないとできないと聞いたけど?」
 そう考えれば生きているうちに聖人と呼ばれることはないのではないか。そう言い返す。
「あぁ、そうだったな」
 部屋の中を見回しながら彼はうなずいた。
「どうやら安全なようだ」
 その言葉に僕は驚く。
「彼女たちを信じていないの?」
「……わからない、と言うところが本音だ」
 この世界の神がどのような存在かもわからないし、と続ける。
「それに、万が一の可能性があるだろう?」
 彼女は信じられてもすべての人間を信じるわけにはいかないから。そう彼は口にした。
「……ここは大丈夫だと思うけど……」
 でも、万が一のことは否定できないと言う点は同意だ。
「後は癖だな」
 彼は苦笑とともにそう告げる。
「癖?」
「あぁ。日本にいたときも無意識に周囲を確認していた」
 どこから敵が来るかわからなかったからな、と付け加える彼に僕は「そう」と言い返すのが精一杯だった。彼がどんな体験をしていたのか、知らないからだ。
 下手にあれこれ言う方が失礼になるだろう。
 そう考えてのことだ。
「でも、ここが安全だとわかったならとりあえず休もうよ」
「そうだな。軽い封印でいいだろう」
 言葉とともに彼はドアに何か細工をする。
「安心できる材料を増やしたならもう大丈夫だね」
 後は少しでも体を休めるだけだ、と明るい口調で告げた。
「そうだな」
 確かに、と彼もうなずいてみせる。
「本当は風呂には入れればいいんだけど……仕方がないか」
 いくら何でもここにその設備はないだろう。せいぜい、近くの川で水を浴びる程度ではないか。
「……そうだな」
 確かに、そろそろ風呂に入りたい。彼もそう言ってうなずく。
「まぁ、適当なところで作るよ」
「作れるの?」
「一時的なものならな」
「そっか。楽しみにしている」
 今は申し訳ないがこのままベッドに入らせてもらおう。そうつぶやく。
 せめて上着ぐらいは脱いでおこう。
 脇を見れば彼も同じように上着を脱いでいた。
「お休み」
 その彼の背中に僕は声をかける。
「あぁ、お休み」
 彼もそう言うとベッドの中に潜り込む。僕もベッドへと体を横たえた。

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