約束「キラ!」 待ちかねていた人物が、ようやく昇降口から飛び出してくる。 そのまま周囲を見回しているのは自分を捜しているからだろうとアスランは判断をした。だから、彼の名を呼びながら手を挙げる。 彼の大きな瞳が自分を認めた瞬間、その口元に嬉しそうな微笑みが浮かんだのがわかった。 「アスラン!」 言葉を返しながら、キラは小走りに彼に駆け寄っていく。 「ごめん。待たせた?」 「そうでもないよ」 アスランは柔らかな笑みと共に言葉を返す。だが、キラにはそれが嘘であると気がついているだろう。だが、アスランの優しさに答えるようにその事実を指摘しない。 「ならいいんだけど」 ただ微笑みを返すだけだ。 「それよりも、そろそろ移動しようか」 アスランは言葉と共にキラの手を取る。そして、そのまま歩き出した。 「アスラン?」 いったいどうしたのだろうか……とキラは小首をかしげつつ彼の名を口にする。だが、すぐに彼の手がかなり冷たいと言うことに気がついた。 「ここじゃ人目に付きすぎる。ゆっくりと話をできるところに行こう」 キラに謝罪の言葉を言わせないためだろうか。アスランは先にこう口にする。 「みんな、アスランに興味があるんだよ」 キラはとっさに笑みを作りながら言葉を返す。 「そうかな?」 しかし、アスランは納得していないようだ。 「僕はキラの方が注目されているんだと思うんだけどね」 実際、キラはその場にいるだけで人目を引き付ける。最も、本人は自分がそんな風に注目をされるのはアスランが側にいるからだ……と思いこんでいるようなのだ。 「嘘だよ。僕なんて……」 第一世代で、アスラン達のように優秀な遺伝子を持っているわけではない……とキラは小さな声で呟く。それは、彼に勝てない第二世代の子供達が嫌がらせで口にする言葉。だが、それでもキラには十分だったらしい。本気でそう思いこんでいるのだ、彼は。 いったいどうすればキラのこれがなくなるのだろうか……とアスランは思ってしまう。 同時に、キラがこのままなら、彼の本当の魅力を知っているのは自分だけだ。だから、このままでいて欲しいとも思ってしまう。 「……それじゃ駄目なんだろうけどね」 「何が?」 アスランのつぶやきをキラはしっかりと聞きつけてしまったらしい。小首をかしげつつそう問いかけてくる。 「どうしたら、キラがもっと自信を持ってくれるのかなって思っただけだよ」 キラが本気を出せば、きっと今以上の実力を出せるはずなのに……とアスランは思う。 もちろん、その想いも嘘ではない、 キラは自分が『第一世代だから』と言って物事に真剣に取り組もうとしない。それでもある一定以上のレベルにいるのだから、もったいないとしか言いようがないのだ、とアスランは小さくため息をついた。 「だって……第一世代の僕より、第二世代のみんなの方が絶対優秀だもん。それに、今だって父さん達とは話がかみ合わないし……」 自分がそのことで悩んでいても、彼らには些細なことで悩んでいるとしか思われないのだ、とキラは付け加える。 「……キラにはその問題もあったのか……」 だから、余計に自分のことをマイナスに受け止めてしまうのだろう。 キラの両親は悪い人たちではない。忙しい自分の母やプラントにいる父の代わりに自分の面倒を進んでみてくれるのだから、とアスランは考える。だが、どうしてもナチュラルであるからコーディネーターである『キラ』の事を完全に理解できないのだ。 ただ、それと彼らがキラを愛しているのとはまったく別問題なのだが。 「それに関してはしかたがないんだってわかっているんだけどね。母さんもよくアスランのお母さんにいろいろと聞いているようだから……」 でも、わからないと事が多いのだろうとキラは付け加える。 「そう言うときは僕に聞けばいいだろう?」 「……だって、アスランの邪魔になるじゃない」 いつも迷惑をかけているのに……と言うキラがアスランには本当に小さな子供のように見えた。 数ヶ月とは言え彼の方が早く生まれたのに、自分の方が守ってやらなければならないと思わせるキラの表情に、アスランはどうするべきかと悩んでしまう。 「そんなことはないよ。むしろ、僕が知らないところで困っていられるより、迷惑をかけられた方がいいかな」 そうすれば、いつでもフォローしてあげられるだろう、と言った瞬間、キラの瞳が潤み出す。 「……やっぱり、僕はアスランに迷惑しかかけられないんだ……」 小さく呟くと同時に、それがキラの頬を流れ落ちていく。 「誰がそんなこと言ったの?」 言われなくてもだいたい想像ついているけど……とアスランは心の中で付け加える。 「僕がキラにしてあげたいんだよ。どうしてそれが迷惑になるわけ?」 むしろ、側から離れられる方が困る……とアスランは思った。 「第一、そんな風に一人で泣いていると思ったら、心配で何も手が付かないよ、僕は」 そっちの方が僕に迷惑だと思わないの、とアスランが問いかければキラは驚いたように見つめ返してくる。 「アスラン?」 「大好きだよ、キラ……だから、僕の側を離れるなんて言わないでね?」 でないと、何をするか自分でもわからないから……とアスランは微笑んで見せた。 「……でも、僕……」 「いいんだよ、キラはいくらでも僕に迷惑をかけても。僕がいいって言っているのに、キラは他の誰かの言うことの方を信じるの?」 さらに言葉を重ねれば、キラは違うというように首を横に振った。 その激しさがキラの本心をアスランに伝えてくれる。 「大好きだよ、キラ。キラは?」 微笑みながらアスランはキラの体を自分の方へと引き寄せた。そして、彼の頬を濡らしているキラの涙を唇で優しく吸い取ってやる。 「……僕も、アスランが大好き……」 そう言いながら、キラが何とその口元に微笑みを浮かべた。と言っても、本当に淡いそれだから、いつもの彼の笑顔を見ている人間は驚くだろう。だが、アスランは彼が自分のために微笑んでくれたと言うことがうれしかった。 「……でも……」 本当にいいのか、とキラの瞳が語っている。 「そうだね。僕に迷惑をかけるのが心苦しいって言うなら、そのたびにキラからご褒美貰ってもいい?」 アスランがふっと思いついたというようにこういった。 「ご褒美? 僕がアスランにしてあげられること何てあるのかな?」 小首をかしげながら聞き返してくるキラに、アスランは大きく頷いた。 「たくさんあるよ。でも……そうだね。キラが僕に迷惑をかけた……と思ったら、キスしてくれる?」 「アスラン!」 アスランの言葉にキラは頬を染める。 「だって、迷惑をかけられるんだから、そのくらいいいじゃないか」 僕がキラを好きで、キラが僕を好きならね……とアスランはさわやかな微笑みとともに言い切った。 それに対するキラの返事は…… ……頬に触れた柔らかなぬくもりだった…… 「しかし、こんなにかけられるとは思わなかったな……」 まだベッドの中でまどろんでいるキラを見下ろしながらアスランは苦笑を浮かべる。 結局、キラの手抜きが治ることはなく――いや、それどころかさらにひどくなったような気がするのはアスランの錯覚だろうか――それはそれでかまわないのだが。というより、むしろ嬉しいくらいだ、とアスランは思う。 このまま放っておくわけにはいかないよな、と気持ちを引き締めると、 「キラ、朝だよ。ほら、起きないとまた朝ご飯食べないで学校に行くはめになるよ?」 こう言いながら、アスランはキラを揺り起こす。 「……やだ……もう少し寝る……」 だが、キラはすぐに起きようとはしない。それどころか逆に布団の中に潜り込んでしまう始末だ。 「キラ、いい加減にしないと怒るよ?」 言葉とともにアスランはキラに巻き付いていている布団を掴む。そして、そのまま勢いよくはがしてしまった。 「何するんだよ、アスラン!」 「だから、朝なんだって……やっぱり、夕べのゲームのせいだろう? 誰がちゃんと自分で起きられるって?」 くすくすと笑いながら、アスランはキラが体を起こすのを手伝ってやる。 「……だって……負けっ放しだったのが悔しかったんだもん……」 目を擦りながらも、キラは唇をとがらせてこう言った。 「だから?」 キラは性格のせいかのか、素直な操作をしてくる。だから、アスランにはその裏を読むことが簡単なのだ。もちろん、それはキラが弱いと言うことではない。他の相手だったら100%勝てるだろう。ただ、アスランがキラの性格や行動を知り尽くしていると言うだけのことだ。 もちろん、そんなことをキラに教えるつもりはさらさら無い。 「約束は約束だろう?」 キラの耳元に唇を寄せるとアスランはそう囁いた。その瞬間、キラの耳たぶがうっすらと染まる。 「……ごめん、迷惑かけて……」 小さな声でキラは謝罪の言葉を告げる。同時に目を閉じると、そのままアスランへと顔を寄せてきた。 二人の吐息が唇の間で絡まる。 そう思った瞬間、アスランの唇に少し乾いた柔らかな感触が触れてきた。 それはぬくもりを感じさせるとすぐに離れてしまう。 「よくできました」 何度繰り返しても恥ずかしがって頬を染めてしまうキラに満足そうな微笑みを浮かべると、アスランはこう告げる。 「じゃ、早く着替えて。朝ご飯食べよう?」 その言葉に、キラは素直に頷く。 アスランはそんなキラに一番の笑顔を向けて見せた…… 終
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