それすらも平穏な日々――砂塵 外伝―― クリスマスから年末、そして新年を迎えるまでは、何故か戦闘が激化することはない。それは現在状況が膠着しているからだと言っていいのだろうか。 だが、その期間は逆に言えば政治的に忙しいのだ。 それは、現在最高評議会のメンバーであるものだけではなく、その子弟にまで及ぶ。そう言うわけで、クルーゼ隊の面々は久々に本国へと舞い戻っていた。 この地には一足先に戻っていていたラクスと、そしてキラがいる。そして、そのキラのためにラクスが彼らを招いてのお茶会を企画していた。それに関して、誰も異議を唱える者はいなかったのだが…… 「キラ、どうして……」 アスランの視線は、ディアッカと楽しそうに会話を交わしているキラの姿を見つめていた。 「俺が手を差し伸べたときは拒んだのに……」 ディアッカならいいのか……と思わず未練がましいセリフを口にしてしまう。だが、実際それがアスランの本音だったのだ。 しかし、それを問いかけたくてもこの場ではできない。 キラがストライクのパイロットであったことを決して悟られないようにしろ、と言うのがアスラン達に出された命令なのだ。だから、その事実に関してはニコルも知らないはずだ。 「アスラン……みっともないですわよ」 いつの間にか側に寄ってきていたラクスが微笑みと共にこう告げる。 「キラ様の幸せを喜んで差し上げなければ」 あんなに嬉しそうに微笑んでおられるのですから……と付け加える彼女に、アスランは恨めしそうな視線を向けた。 「わかっていますが……相手なディアッカだ、と言うのが気に入りません!」 いや、正確に言えば『自分以外の誰か』の隣でキラが笑っているのが気に入らないのだ、アスランは。 「……地球で何があったのかはわかりませんが……」 あの時、ディアッカではなく自分が一緒に地球に落ちていれば、あるいは状況が変わったのだろうか……とアスランは思う。そうすれば、キラは自分にだけ微笑んでくれただろうと。もっとも、彼の性格を考えればそれが難しいのはわかっているが。 「でも、キラ様がアスランではなくディアッカ様を選ばれたのではないですか」 違うのか、とラクスは微笑みながらきつい言葉を投げつけてくる。 「きっと、騙されたんです、あいつは!」 ディアッカに、とアスランは力説をした。 「でなければ、キラがあいつを選ぶなんて、絶対にあり得ない」 そう言いきるアスランの脇で、ラクスが小さくため息をつく。 「……一度、キラ様とじっくり話をなされてはいかがです?」 もっとも、アスランの方に聞く耳を持たなければ意味がないのだが……とラクスは付け加える。この言葉もアスランの耳には届いていない。 「……キラぁ……」 この場に、彼の信者がいなくて本当によかった、とラクスが思っていたことに彼は最後まで気がつかなかった。 「困っていることはないか?」 ラクスが一緒にいるなら大丈夫か、とディアッカは笑う。もっとも、別の意味で困ったことになっているらしい、とは彼が身にまとっている服からも推測できた。どう考えても、今キラが着ているのは彼の好みとは思えない、どちらかというと女の子でも通用しそうなデザインのものだ。 「……特にはないです。ラクスだけじゃなく、シーゲルさまもダットさまもよくしてくれているから」 これだけはちょっと困るけど……とキラは微苦笑を浮かべつつ自分が今身にまとっている服に視線を落とす。 「そう言えば……眼鏡じゃなくなったんだな、お前」 ふっと気がついたというようにイザークが口にする。 「えっと……コンタクトを作って頂いたんです。特注だそうですが……」 「ちょっと父上にな」 父にねじ込んで作らせた甲斐があった……とディアッカはキラの顔を見ながら思う。この方が彼の瞳に映る感情がはっきりとわかるのだ。言葉にするよりも瞳の方が雄弁な彼の感情を読みとりやすくなって、それだけあれこれしやすくなった、と心の中で付け加える。 「……これで、眼鏡をあちらこちらにおいて踏んで壊すことがなくなったわけだ」 もっとも、コンタクトを落とす、と言う可能性は否定しないけどな……とイザークがキラをからかう。 「……どうせ……」 実際に何度もそんなことをした自覚があるからだろう。キラは言葉に詰まっている。だが、その瞳が潤み始めたのを見ればそのまま放って置くわけにはいかない。 「イザーク……」 あんまりいじめるな……と口にしながらディアッカはキラを引き寄せた。 「そうですよ、イザーク。キラさんは僕たちのように貴方のもどかしい好意表現にはなれていらっしゃらないんですから……って、今、変な声が聞こえませんでした?」 ディアッカの味方をしていたニコルが不意に首をかしげてこう付け加える。 「さぁ……気のせいだろう」 こう言いながら、イザークが口元に楽しそうな笑みを浮かべていた。その理由はディアッカにもわかっている。キラ達の位置からは見えないが、ディアッカ達にはアスランの様子がしっかりと観察できるのだ――だから、この位置にいるとも言えるが――もちろん、キラをこうして抱きしめているのはアスランへの嫌がらせなんかではない。自分がそうしたいからだ、とディアッカは心の中で呟く。 「……ディアッカさん?」 どうかしましたか、と腕の中からキラが見上げてくる。 「あぁ……なんか喰うかなって思っただけだ。っていうか、お前、また細くなったぞ。これじゃ、ちょっと怖い」 ちょっと力を入れると折れそうだ……とディアッカはキラの耳に吹き込む。 「そんなことありませんよ」 そうすれば、キラはぷくっと頬をふくらませた。この表情も可愛いよな、とディアッカは本気で思ってしまう。 「そうか? でも、ラクス嬢のドレス、着れるんだろう? なら細すぎ」 ちゃんと聞いたからな、と言えば、キラは真っ赤になる。 「それって……でも、キラさんならお似合いですよね」 ついでにお化粧をすれば完璧だ、とニコルが真顔で口にした。それもまたキラをいじめているような気がするのは気のせいか、とディアッカは思ってしまう。 「なんなら、今度、ドレスを贈ってやろう。それを着て、ディアッカとデートでもするんだな」 その上、イザークまでこう言えば、羞恥のためかキラの瞳から涙がこぼれ落ちてしまった。 「みなさま!」 「お前ら! キラに何をしたんだ!」 しっかりとそんなキラの涙を見とがめたのだろう。ラクスとアスランが乱入してきた。 「……元はと言えば、ラクス嬢が原因だぞ。キラにドレスを着せて楽しんでいたってうちの父からお聞きしたんだが……」 このままでは厄介なことになる、と思いながらディアッカがラクスに言い返す。アスランに関しては、完全に無視することに決めていた。 「あら……だって、お似合いになるんですもの」 けろりっと言うラクスに、キラの瞳がまた潤み出す。 「……と言うことですよ」 ほらほら、泣くんじゃないとキラの背中を撫でてやりながら、ディアッカは彼女に向かって言葉を投げつけた。 「ほら、キラ……泣くとラクス嬢が困るぞ。妥協してやれって」 そして、その頬に堂々とキスを送る。 その瞬間、周囲にアスランの絶叫が響いたのは事実だった。 それはそれで平穏な日々、と言うべきなのだろう。 「愛してるからな、キラ」 少なくともこう囁いてやれば、腕の中の恋人は嬉しそうに微笑んでくれる。それだけでいいと思うディアッカだった。 |