戦場であった場所を覆い隠すように、真新しい森が存在している。しかも、何故かその中に足を踏み入れることができないのだ。
「……何で、だ?」
 何故、あそこの中に入れないのか、とカガリが口にする。
「あそこに、キラがいるのに……」
 それなのに、自分は側に行くこともできないのか……と彼女は恨めしげな表情で呟いた。そんなカガリを何と言って慰めればいいのか、アスランにもわからない。
「……わかっている……それは、俺も同じだ」
 自分も、あそこの中には入れないのだ……と彼もはき出す。だから、キラの様子を確認しにはいけないのは自分も同じなのだと、拳を握りしめる。
「アスラン……」
「……俺だって、キラは大切だったんだ」
 こんな形で失うなんて、考えても見なかった……と言葉をはき出す。
「……すまん……」
 そんなアスランからカガリが視線をそらした。その次の瞬間、彼女は呟くようにこう口にした。
「辛いのは、自分だけではないとわかっているんだ……でも……」
 キラは、自分にとって最後の家族だったんだ……と彼女は視線を落とす。
 女王である以上、国民も『家族だ』と言わなければ行けないのかもしれないが……と言う彼女の肩にそっと手を置く。
「ここにいてもしかたがない。一度、戻ろう」
 今、ここで自分たちができることはない。悔しいが、それが事実だ。それに、戦後の処理もしなければいけないし……と嫌々ながらもはき出す。
「……キラを一人にして、か?」
 そんなアスランの言葉に、カガリは信じられないというような表情を作る。
「ラクスが、今、何か方法がないか調べている。その結果が出る前に、俺たちが倒れたら、キラが悲しむ」
 キラのことはきっと、女神が守っていてくださるはずだ。アスランはこうも付け加える。
「そうだろう、カガリ」
 あの状況にもかかわらず、自分たちは生きている。そして、キラも生きているはずだ。こう言いながらも、アスランはカガリにだけではなく、自分自身にもそう言い聞かせているのだと言うことがわかっている。
「そんなの、この目で確かめたわけじゃない!」
 あの森に入れないのにどうして……とカガリは詰め寄ってきた。
「キラが生きていないのなら、どうしてあの森に入れないんだ?」
 逆にアスランはこう聞き返す。
「アスラン?」
「……あれが、あの男の妄執で……女神のお力でも完全に消し去ることができなかった。だから、俺たちはあの森には入れない」
 あの男が、自分たちを拒んでいるからだ……とアスランはそう考えていた。
「そして、あの男は《キラ》に執着をしていた。理由は何であれ……そうである以上、あの男の妄執がキラを殺すはずがない」
 あの森の中では、あの男だけがキラを独占できるのだから。
「……アスラン……」
 死ぬほど忌々しいが……と口にするアスランにカガリは深いため息をついた。
「わかった……」
 そして、こうはき出す。その言葉は、どれだけの思いからはき出されたものなのか。アスランにもよくわからない。
「一度、戻る」
 キラを取り戻せる可能性があるのであれば……と口にした彼女の拳が、血の気を失っていたことだけは事実だった。

 目を覚ました瞬間、キラを包み込んだのは静寂だった。
 木々のやさしい緑も、キラの心を慰めてはくれない。
「……ここは、どこ?」
 オーブ周辺の森については、よく知っているつもりだった。しかし、ここの木々は、キラが見たことがない種類ばかりなのだ。
 何よりも、キラを恐怖に陥れたのは、女神の存在を感じられなかったことかもしれない。
 物心付いてからずっと、女神の存在はキラの側にあった。それは、双子であるカガリの存在よりももっと近しいものだったのかもしれない。それだけ、キラと女神の意識は重なり合っていたと言うべきか。
 だが、ここではそれが僅かにも感じられないのだ。
「どうして……」
 母を失ったときも、父を失ったときも……カガリと女神の存在があったからこそ、自分は乗り越えることができたのに。
 それなのに、どうしてあの方の意識は、自分の側に感じられないのだろうか。
「……まさか……」
 女神に見捨てられたのだろうか、自分は。
 愚かにも、あの男の本心を見抜けずに、世界を混乱におとしめてしまったから。それでも、このような森があると言うことは、きっと、女神が最後にお力を貸してくれたからだろう。そんなことも考えてる。
「ともかく……あの戦いの後がどうなっているのか。カガリ達のことも含めて確認しないと」
 そう考えて、キラはゆっくりと立ち上がる。
「どちらに行けば、外に出られるのかな」
 はっきり言って、自分が今いる場所からどちらに向かえば森を抜けられるのかわからないのだ。
「……ひょっとして、動物もいないの?」
 鳥や虫も含めて、とキラは呟く。
 葉ずれの音以外はほんの僅かな鳴き声も聞こえない。それだから、と言うわけではないだろうが、道らしいものも存在しいていないのだ。
「ともかく……どこに行っても、終わりはあるはずだから……」
 取りあえず歩いていってみよう。キラはそう呟くと行動を開始する。

 しかし、それが信じられない現実をキラに見せつけることになった。

 目の前に、森の出口が見えている。
 それなのに、どうして自分はここから先に進めないのだろうか。
「……何故……」
 目に見えない壁が自分の前には存在している。それは、どこの方向に向かっても同じなのだ。
「どうして、出られないの?」
 何故、自分が閉じ込められているのか。その理由がわからない。
 その瞬間だ。
 微かに――本当に微かに、女神の気配を感じることができた。
「……アズラエルの、妄執が……」
 自分を絡め取っているのだ、と女神の声が必死に囁きかけている。それすらもはっきりとは聞き取れずにキラが自分自身で推測した部分も多い。
 だが、それでもまだ、自分が女神に見放されたわけではないこと、そして世界が存続していることがわかっただけで十分だと思う。
「僕は……あの男の妄執の行き着く先を、見届けなければいけないのですね……」
 そして、そのために自分はここにいるのか、とキラは納得をする。
「カガリ達に会えないのは悲しいけど……それが僕に与えられた役目だとするならば……甘んじてお引き受けしましょう」
 そう呟いた瞬間、風がキラの頬を撫でていった。

 アズラエルの妄執が消され、とらわれの姫君が解放されるたのは、それから数百年の時を経た後だった。


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