キラとシンの結婚式はひっそりと行われた。それは間違いなく、キラの希望だったのだろう。
 そのまま、彼等は城内の一角で暮らし始めた。その様子は、端から見ていても微笑ましいと思えるものだった。
 もっとも、それを邪魔するようにミーア達が押しかけていたことも否定しない。
 それでも、キラが彼女たちの訪れを楽しみにしているから、シンとしては文句も言えなかったのだろう。
 その分、自分に愚痴をこぼしていたのであれば同じ事ではないか。レイはそう思うのだが、本人は違うらしい。
「お前なら、キラ達に言わないだろ?」
 キラに、自分がそんなことを考えているなんて知られないならいい。シンはそう言い返してくる。
「そうか」
 まぁ、そう言うことならばしかたがないのか。レイはそう言って頷いてみせる。
「第一、押しかけられるだけならばまだましだぞ?」
 子供はまだか、と顔を合わせるたびに言ってくるギルバートの方が鬱陶しい。シンはきっぱりと言い切った。
「それに関してはあきらめろ」
 ついでに頑張れ、と言うしかできない。
「レイ……」
 それはないだろう、とシンはため息混じりに言い返してきた。

 だが、それも実際に子供が生まれてしまえば笑い話にしかならない。
 アスランとカガリ、と名付けられた双子は、キラとシンの元ですくすくと育っていた。特に、カガリの方はキラの才能を受け継いでいるのか。女神の声を聞くことが出来た。
 もっとも、それを神殿関係者に知られるようなことはない。
 第一、神殿の方も彼女たちにちょっかいを出す余裕はないはずなのだ。
 ミーアがしかけてきたあれこれが、今、ようやく実を結びつつある。高位の神官ほどその被害が大きいのだとか。
「いいタイミングでしたわ」
 ミーアはこう言って微笑んでいる。
「これで、カガリも平和に暮らせます。もっとも……今だけかもしれませんが」
 そう付け加えたのは、双子を産んでからキラの体調が優れないからだ。
「とりあえず、薬草を煎じて飲んで頂いていますし、滋養のあるものを食べて頂けるように手配はしているのですが……」
 ただ、女神の加護を受けているとはいえ、キラの存在は元々異質だ。何よりも、彼女はその身に女神を降臨させたこともあると聞いている。どれだけ力を持った巫女でも、そうした場合、命をすり減らすのだ、とも言われているのだ。
「無理をせず、静かな暮らしを心がけていれば、回復されるかもしれません」
 それでも、とミーアは哀しげに目を伏せる。
「おそらく、そう遠からず、お別れしなければならないような気がします」
 シンにもその事実は伝えてあるが、と彼女は言葉を重ねた。
「それでも、今、あの方は幸せそうに微笑んでいらっしゃる」
 双子を産むことも、キラ自身が選択したことだ。だから、彼女は自分が不幸だ、とは考えていないだろう。
「そうですわ、ね」
 最後まで、キラには幸せでいて欲しい。そう思うのはシンやミーアだけではないはずだ。
「最後まで、キラには微笑んでいて欲しいです」
 そのために何が出来るだろうか。そう言う彼女の背中に、レイはそっと手を置く。
「ごく普通にしていればいいのではないか? 気を遣われると、それこそあの方は恐縮してしまうだろう?」
 だから、とレイは続ける。それにミーアも小さく頷き返した。

 キラが眠るように息を引き取ったのは、子供達が十五の誕生日を迎えた翌日だった。
 その前日まで、彼女は普通に過ごしていた。しかし、実はかなり無理をしていたらしい。
 それでも、子供達には笑顔だけを覚えていて欲しい。そう言っていたのだ、とか。
「幸せだったって、言ってくれたんだ」
 そう言って微笑んでくれたのだ、とシンは口にする。
 だから、今度は引き留めなかったのだ、とも。
「お疲れ様」
 後はゆっくりと休んで欲しい。そう言いながら彼はキラの頬を静かに撫でる。そのキラの表情は穏やかなものだった。
 一瞬、風が室内を駆け抜けていく。
 その瞬間、キラと彼女を抱きしめている人影が見えたような気がするのは錯覚だろうか。
 それとも……と思いながら、レイは目を細める。その瞬間、彼の頬を一粒の涙がこぼれ落ちていった。しかし、それをシンに気付かれてはいけない。
 だから、それ以上涙がこぼれ落ちないように、レイは空を見上げる。

 青く澄んだ空が、そこには広がっていた。






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