「そこにしゃがんでいた女性にな、おっさんが声をかけたんだそうだ。『大丈夫ですか』って」 その瞬間、周囲からは「あの人らしい」とか「マリューさんに言いつけてやれ」とか声が上がる。だが、それは少し違うのではないか……と思いながらも、ディアッカはさりげなく仲間達の様子を見回した。 女性陣は実に楽しげに話を聞いている。 しかし、男性陣は違う。 キラとシンは手を取り合いながらお互いを励まし合っているし、イザークは表情が強ばっている。アスランにしても、いつものあれこれを忘れているようだ。 やはり、自分たちの仲間は男よりも女性の方が肝が据わっているのだろうか。 レイに関しては、自分の身内の話だからと複雑な表情をしている。ある意味、ムウの尻拭いをさせられているのが彼とラウだというのが周知の事実としてある以上、これは事情が違うだろう。 しかし、ここにニコルがいなくてよかった。そんなことを考えながらも、ディアッカはさらに言葉を続けていく。 「そうしたら、女性がさ。しくしくと声を上げて泣き出したんだと。それに、おっさんも慌てて『何かあったのですか?』とその女性の肩に手を置いたらしい」 まぁ、それはムウでなくてもするだろうがな……とディアッカは声を潜める。 「そうしたら、女性は『大切なものを落としてしまいました』と答えたそうだ。おっさんが『なら、一緒に探して上げましょう。しかし、何を落としたのですか?』と言ったんだそうだ」 ここでわざとらしく言葉を切る。 予想通りというか何というか。誰もがこくり、と息をのんだ。 「そうしたら、女性はゆっくりと顔を上げたんだよ。そして、こういった」 そこで声のトーンを下げる。 「顔を、落としてしまいました」 その瞬間、確かに視線が合っているはずなのに違和感があったそうだ。それがなんなのか、最初はわからなかったらしい。そうも付け加える。 「ようやく、おっさんは違和感の正体に気づいた。おっさんが見た、その女性の顔は、まるでゆで卵みたいにつるん、としていたそうだ」 おそらく、その状況を想像したのだろう。キラが小さな声とともにシンに抱きついた。 いや、キラだけではなくメイリンも姉にすがりついている。 「シン! キラから離れ!!」 それなのに、どうしてこの男はここで我に返るんだ? と言いたくなってしまう。 「うるさいぞ、アスラン。せっかくの雰囲気を壊すな!」 同じようにイザークがいつもの口調で怒鳴りつける。 「おいおい……」 だから、どうしてこういうことになるんだよ。ディアッカは思わずため息を吐く。 「……それは、間違いなくアスランとイザークだからだろう」 「的確な指摘ありがとうよ、カガリ」 あまり嬉しくないが、とディアッカがぼやいたときだ。 「……ナタルさん?」 どうかしたのですか、とシンと抱き合ったままのキラが問いかける。 「ちょっと、君達に確認をしたいことがあったのだが……この場にいないのは、ラクスとニコル、それにミーアだけだか……」 ということは違うのだろうか、と彼女は呟きを漏らす。 「何かあったのですか?」 自分たちがここにいてはおかしいのだろうか。それとも、と誰もが不安になってくる。 「いや……ちょっと悪質なイタズラをしたものがいたのだが……私はその話を聞いてすぐにこちらに来たからな」 この場にいた人間ではむずかしいだろうと思ったのだ、と彼女は口にする。 「それがここ二時間以内なら、俺たちじゃないですよ。ずっとここにいましたから」 「暑いから、涼しくなる話をしていたんです」 キラとシンがそれぞれこんなセリフを口にした。 「百物語とかって言う奴です。ちょうど、今、俺の話の途中でした」 その間、ここにいたメンバーは誰も中座していない、とディアッカもさらに言葉を重ねてくる。 「そうです。キラもカガリはもちろん、シンもずっとこの場にいました」 忌々しいことにイザークも、とアスランの言葉に名指しされたメンバーが反発を始める。 「なんで、私たちが名指しで言われなければならないんだ、アスラン!」 いったい、自分たちをどう思っているのか、とカガリがアスランに文句を言った。 「そうだ! 俺がなんでそんなことをしなければいけない」 貴様相手にならともかく、というセリフは何なのか。 しかし、イザークとカガリはアスランに対するときは何の打ち合わせをしなくてもすぐに共同戦線をはれるらしい。ある意味見事だよな、とキラは感心してしまう。 「……ともかく、どんなイタズラなんですか?」 ここにいるのは自分たちだけではないし、あるいはその内容を聞けば目星がつくのではないか。そんな風に考えてナタルに問いかける。 「そうだな」 何でも、と彼女は口を開き始めた。 「道の端で女性が座って泣いているんだそうだ。それで、心配して声をかけると落とし物をしたというのだそうだ」 何か、ものすごく聞き覚えがある話がナタルの口から出てくる。 「……大切なものを落とした、というセリフに、普通なら『何ですか』とかと尋ねるだろう?」 ここの者達は、基本的にみんな優しいから……と言う彼女の言葉にはみんな納得をする。 しかし、ここまで話が一致するとなるともう答えは見えているような気がする。 「それで……落としたのは顔だっていうんですか? そして、振り仰いだ顔はゆで卵見たいとか……」 ルナマリアがおそるおそる問いかけた。 「そうだ。誰か被害にでも遭ったのか?」 この言葉を耳にした瞬間、アスラン達ですら言い争いをやめる。 「……マジだったのかよ……」 「作り話じゃなかったの?」 「やめてくれ〜〜!」 そして、こんな叫びを周囲に響かせた。 作り話だと思っていたから、恐くても楽しんでいられたのだ。 しかし、現実だとなるともうどうすればいいのかがわからない。 もう、その後は阿鼻叫喚の嵐だった。 後日、それが某氏のイタズラだとわかった瞬間、彼等がどのような行動を取ったのか。それはまた別の話である。 しかし、そのせいで彼は補佐官であるレイの兄――ついでに言えば、ムウの弟でもある――にしばらく口をきいてもらえずに、落ちこんでいたことだけは否定できない事実であった。 終 07.10.06up
最遊釈厄伝 |