その2 アスランの憂鬱



「本当にあいつらは……」
 こう言いながら、アスランはため息をつく。
 今日もまた、キラとカガリにお小言を言おうとしたら逃げられたのだ。しかも、シンやラクスにしっかりと邪魔をされてしまった。
 そんなことではあの二人はいつまで経っても自分勝手なままではないだろうか。
 こう考えると不安になる。
「せめて、知らない人間には付いていかないとか、危ない人間の側には近づかないとか……出したものはきちんと片づけるとか好き嫌いをしないとか、そのくらいは身につけてくれないと」
 それなのに、どうしてあの二人は理解をしてくれないのだろうか。
 その上、他のみんなもあの二人のそんな態度を認めているようである。それではまずいだろう。あんな彼等の態度が他の者達に伝染していったら、ここは大変なことになるのではないか。そんなことすら考えてしまう。
「何、黄昏れてんだ、アスラン」
 そんな彼の耳に聞き覚えがある声が届く。視線を向ければ、白いもこもこの衣装とは裏腹に色黒の顔が見えた。
「ディアッカか……」
 あまり会いたい相手ではない。だが、イザークでないだけマシか、と心の中で付け加える。
「俺じゃいけなかったのか?」
 そんなアスランの気持ちが伝わったのだろう。彼は少しだけむっとした表情を作ってこう言い返してきた。
「そういうわけじゃない」
 ただ、ディアッカはキラとカガリに甘いから……とアスランはため息混じりに付け加える。
「甘いって? 別段、普通だろう?」
 キラもカガリも悪いことをしている訳じゃないんだし、とディアッカは言い返してきた。
「……悪いことをしていない?」
 どこがだ、とアスランは言い返す。
「お前はあの二人のどこを見て悪くないと言っているんだ? 普段の生活はものすごくだらしないぞ、あいつらは」
 それなのに、とディアッカをにらみつけた。
「普段の生活って……取りあえず、きちんと飯は食っているだろうし、仕事もきちんとしているだろう、あいつらは」
 それ以外に何があるというのだ、とディアッカは口にする。
「っていうか……お前のせいで仕事に支障が出ているらしいけどな」
 さらに彼はこんなことまで付け加えた。
「仕事に支障?」
 出ているわけないだろう、とアスランは思う。そこまで邪魔をしていないだろう、とも。
「出ているんだよ」
 気付いていなかったのか、とディアッカはため息をつく。
「お前、あの二人が人と話していると、邪魔しに行くだろう? お使いに行こうとすれば、それはそれで怒るし」
 自分たちの仕事のほとんどが星座の主の使いっ走りだろうが……と彼はアスランに確認を求めてくる。それなのに、それすらも邪魔されては仕事にならないだろう、とも。
「……だけどな、ディアッカ」
 アスランはそんな彼に向かって反論をしようとした。
「第一、お前だってそうだろう? あの二人を追いかけ回しているせいで仕事が滞ってないか?」
 だが、それよりも早く彼はこんなセリフを口にする。
「そんなことは……」
「ないわけないよな? キラとカガリ、それにルナマリアがよく、蠍座の方の手伝いに借り出されているぞ」
 あいつらは二人ずついるから、あちらとしても引っ張り出しやすいのだろう。それに、年齢的なものも性格的にも気軽に引き受けてくれるからな、と彼は続けた。
「それなのに、お前に追いかけ回されるなんて……あいつらにしてみればそれこそ理不尽な事じゃないのか?」
 アスランの代わりに仕事をしているのに、そのせいでお前に怒られるなんて……と言われても、困る。
「そういうが、あの二人の家を見たことがあるか? 出したものはそのまま放り出されたままなんだぞ。好き嫌いは多いし、最近はジャンクフードばかりだ」
 黙ってみていられるわけがないじゃないか、とアスランは言い返す。
「……お前の分の仕事をしているのと、追いかけ回されているせいでゆっくり時間が取れないからだろう」
 好き嫌いと言っても、あの二人の場合、種族的な問題もあるぞ……とディアッカは言い返す。
「何たって、牡牛座だからな」
「……それなら、俺だって無理強いはしない。最近、あいつらはお菓子しか食ってないんだ」
「だから、飯を作っている時間もないからだろう? お前が、少し追いかけ回すのを控えれば、状況が変わってくるんじゃないのか?」
 いざとなれば、自分たちだって食事の手助けぐらいはするし……と彼はさらに言葉を重ねてくる。
「そうやって、キラを手込めにする気か?」
 キラは確かに可愛いし、ぼーっとしているけど、それでもだな……とアスランはディアッカをにらみつけた。
「何言い出すんだ。俺には付き合っている彼女がいるぞ!」
 それなのに、どうして……とディアッカは口にする。第一、自分は女の子の方が好きだ、とも。
「ふられたんじゃなかったのか?」
 女の子よりもキラは可愛いから、ふらふらと……と言う可能性だって捨てきれないだろう、とアスランは怒鳴り返す。
「お前……そんなに俺たちが信用できないのか?」
「キラに関してはな」
 実際、昔から可愛かったキラは、変な奴に追いかけ回されていたのだ。それと同じ事がまた起きないとも限らないだろう、とも。
「……お前、あの二人のお母さんか……それとも、小姑か?」
 かわいそうに。好きに恋愛もできないのか……とディアッカはため息をつく。
「そんなこと、認められるはずがないだろうが!」
 恋愛なんて! とアスランは叫ぶ。
「やっぱり、お前もキラを狙っているんだな!」
 だからこんな風に自分を説得にきたのか! とアスランは怒りをディアッカにぶつける。
「だから、どうしてそこで出てくるのが《キラ》なんだ? 普通、出てくるのはカガリだろう?」
 自分は女の子が好きだって、そういっているだろう? と彼はなおも反論をしてきた。
「うるさい! 黙れ!!」
 そんな言葉が信用できるか、とアスランは叫ぶ。そして、そのまま彼に向かって攻撃を開始した。

「……すまん、役に立てなかった……」
 自慢の毛並みもぼろぼろになったディアッカがこう言って頭を下げる。
「いいよ。それより、僕たちのせいでアスランに八つ当たりされたんでしょ?」
 ごめんなさい、と言いながら、キラは彼の手当てをしていた。
「本当にあいつは……」
 そんなキラの隣でカガリが腕組みをしながら仁王立ちしている。
「まったく、困ったものだな」
 ディアッカの言葉にも耳を貸さないとは、と頷いているのはイザークだ。
「かといって、私では逃げられますし」
「僕もそうです」
 ラクスとニコルの最凶コンビも頷きあっている。
「……いっそ、ラクスとミーアとで挟み撃ちにすれば?」
 おそるおそるとシンが口を挟んだ。
「いいかもしれないですね。やってみますか?」
 さて、今度の作戦は成功するのだろうか。それは誰もあずかり知らぬ事実であろう。





07.07.26up
最遊釈厄伝