星空を治めているのは北極星だ。だが、北極星はその周囲を回る十二星座にそれぞれの月の統治を押しつけていた。まだ、世界が小さかった頃はそれでよかったと言っていい。
 しかし、いつしか彼等だけでは手が回らなくなってきたことも事実。というよりも、押しつける存在が欲しいななどと思い始めたのかもしれない。彼等のまた、自分たちの補佐をしてくれる存在が欲しいと言い出した。
 自分の所行を覚えているからだろう。北極星といてもダメだというわけにはいかない。
 そうして、彼等が生まれることになったのだった。

その1 カガリとキラ


 ようやくうるさい存在から逃げ切れて、ほっとため息をついていたときだった。
「キラ」
 背後から自分の名を呼ぶ声がする。しかし、それが逃げ出してきた相手ではないとわかっているから、キラの方もまたのんびりと視線を向けた。
「何、カガリ」
 どうしたの? と付け加えながらも、額の汗を手でぬぐう。
「また、アスランか?」
 それだけで何があったのかを理解してくれたらしい。彼女は苦笑とともに問いかけてきた。
「そう。何であんなにうるさいんだろう」
 たまたま、フラガと会ってマリューへの言付けを頼まれただけなのに……とキラは呟く。そうしたら「何であの人に近づくんだ!」と説教をされてしまったのだ。もっとも、それに最後まで耳を貸す気にはなれなくて、早々に逃げ出したというのは事実である。
 マリューへの言付けは、逃げ回っている途中でしっかりと伝えられたからいいようなものの、そうでなかったらどうなっていただろうか、とも思う。
「……本当に。さすがは蠍座、と言っていいのか、あいつも」
 状況が飲み込めたのだろう。カガリが苦笑とともにこう告げる。
「カガリもそう思う?」
「あいつは、私にもうるさいからな」
 私たちの親でも、恋人でもないくせに! とカガリは本気で怒りを隠せないという口調で告げた。
「……ちなみに、何をして怒られたの、カガリ」
 ふっと興味を覚えてこう問いかける。
「たんに、トライアスロンごっこをしていただけだ」
 柵を跳び越えたり、銀河を泳いだり……とそういう彼女だが、本当にそれだけなのだろうか。
「……私に『女らしくしろ』と言われてもな。今の私が一番私らしいとは思わないか?」
 そうすれば、カガリは真顔でこう問いかけてくる。
「僕は、今のカガリが大好きだけど……まさかと思うけど、その恰好でやったの?」
 ふっと思いついて、キラはこう問いかける。
「……あぁ……残念だが、着替えなんて持っていないからな」
 キラがその服を貸してくれるならばともかく……とカガリは付け加えた。
「僕だって、着替えなんて持ってないよ」
 それに、自分がスカートをはくわけにはいかないのではないか。そんなことをすれば、彼がどんな誤解をしてくれるかわからない……とキラは言い返す。
「……あいつもなぁ……いい加減、現実を見ればいいのに」
 キラと自分が服を替えて楽しんでいたのは、本当に幼い頃だけだ、とカガリも頷いてみせる。確かに、そのころの自分たちは体格も何も同じで、一見すると男か女かわからなかった。だが、それは他の者達だって同じだったのではないだろうか。
 それなのに、どうして自分たちだけ彼にこれほどまでにうるさく言われなければいけないのか。キラは本気で悩みたくなる。
「ともかく……私は今の自分を変える気はないし……お父様もそれでかまわないっておっしゃってくださっている」
「そうだよね。誰にあっていようと、僕たちの自由だよね」
 キラもまた、そんな彼女の言葉にこう言って頷いてみせる。
「だから、アスランにあれこれ指図をされる必要はないんだ!」
 第一、自分たちは牡牛座の子で、蠍座ではないのに……とカガリは拳を握りしめた。
「そういうことを言うなら、俺に苦情を言われないようにすればいいだろう」
 その時だ。不意に頭の上から、今は聞きたくないと思っていた声が振ってくる。
「アスラン!」
「……もう追いつきやがったのか……」
 キラとカガリは反射的にそれぞれの反応を見せた。それは、彼等の性格を反映しているのか、微妙に異なっている。だが、二人ともここでアスランにお説教を食らうのはいやだという一点では一致していた。
「……キラ……」
「わかってるよ、カガリ」
 そうであるのならば、取るべき行動は一つだけだろう。
 二人は視線だけで頷きあうと、それぞれ別の方向へと走り出した。
「こら! キラ、カガリ!」
 人の話を聞け! とアスランが背後で怒鳴っている。
「いやだね! お前の話なんて、無駄に長いイヤミじゃないか!」
 さすがはカガリだ、とキラは思う。自慢ではないが、体力的には彼女の方が上なのだ。自分には、こう言うときに彼に言い返している余裕はない。
 それでも、瞬発力だけは互角だと言っていい。
 だから、体力が尽きる前に、アスランが苦手にしている誰かの場所に逃げ込むことができれば大丈夫だ、と言うことはキラにもわかっていた。
「……ラクスの所か、それともイザークの所か……ディアッカは大丈夫だろうけど、アスランに勝てない可能性があるし……」
 シンだと収拾がつかなくなってしまって、彼がかわいそうだ。
「そうなれば、無難なのはラクスかな?」
 ついでニコルも味方に付けることができれば、別にムウに会おうが伝言を頼まれようが大丈夫なのではないか。
 ムウもマリューも好きだから、幸せになってくれるならば、それでいい。そんなことを考えながらも、キラは全力で走っていた。
「キラ! 待たないか!!」
 どうやら、カガリに追いつくのは不可能だと判断したアスランは、キラに狙いを絞ったらしい。こう叫びながら追いかけてくる。
「い〜や〜!!」
 思わずこんな悲鳴を上げながら、キラはさらに速度を上げた。

 しばらくして、ぐったりと地面に倒れ込んでいるキラと、そんな彼に必死に風を送ろうと扇いでやっているシン。ぬれタオルでかいがいしく汗を拭いてやっているメイリン達の姿と、アスランと彼等の間に立ちふさがってにらみをきかせているイザークとレイ、そしてまさしく立て板に水とばかりに小言を口にしているラクスとニコルの姿が確認された。

 今日もまた平和だったと言っていいのだろうか。





07.06.22up
最遊釈厄伝