「……なんて言うか……重いよな」
 自分たちが『辛い』と思っていた感情を否定されたわけではない。だが、それ以上に『辛い』体験をしてきた人間の前では、たいしたことがないのではないか。そう思えるかもな、とディアッカがこう呟く。
「でも、あれでもまだ全部じゃないらしいぜ」
 自分たちは彼等と行動をともにするのかどうか、まだわからない。だからこそ、彼等にしても肝心なところは口にしていないはずだ。
 それでも、十分衝撃的だった。
 キラがどうして目を付けられたのか、も教えられてはいない。しかし、そのせいで何をされたのかは聞かされていた。
 そして、ミゲルの生まれも、だ。
「……ソウキス、ね。話には聞いていたんだが……」
 戦闘のためだけに生み出されたコーディネイター。そんな存在を地球軍が手元に置いていたことは知っていた。しかし、彼等がどのような生活を強要されていたか。それを聞かされた瞬間、アスランは呼吸を忘れた。
 そんな彼等が出会って、その結果、お互いの存在を支えにしたことは当然なのかもしれない。そして、自分たちと同じ存在を生み出させないようにしようと考えたことも、だ。
 それを実行可能な状況にするまで、いったいどれだけの努力をしてきたのだろう。
 彼等の行動に経緯を感じることは事実。
 しかし、その中に《キラ》が含まれていることが、アスランに別の感情を与えていた。
「……俺のせい、か」
 フレイの言葉を思い出してこう呟く。
 自分が不用意に秘密を知ろうとしたから、隠されていたキラの存在に連中が気付いたのだ。彼女はそういっていた。
 しかし、それは思いこみなのではないか。そう考えたいにもかかわらず否定ができないと言うことも事実。
 確かに、あのころの自分はかなり無茶をした記憶がある。もっとも、その痕跡はきれいに消したつもりだった。キラには劣るとはいえ、あのころの自分だって、大人に負けないだけの技量があったはずなのだ。
 しかし、それはただの思い上がりだったのかもしれない。
「俺のせいで、あの人達が」
 そして、キラが辛い思いをすることになった、と言うのか。アスランは唇をかむ。
「アスラン……」
 そんな彼を心配しているのだろうか。ディアッカが声をかけてくる。
 しかし、言葉を返す余裕はアスランにはない。
『あんたのその感情は、好意じゃないわ! ただの独占よ!!』
 フレイの怒鳴り声が不意によみがえってきた。
『しかも、自分の思い通りにならなかったから、キラを殺そうとした? あたし達の大切な友達を殺した! そんな人間、そう簡単に許されると思わないでね』
 それがどうした、といつもなら言えただろう。前者はともかく、後者に関しては『戦争だったのだからしかたがない』と言い返せるはずだった。
 だが、自分をそれに駆り立てた原因が実は茶番だったと知ってしまえばそうも言えない。
「……ミゲルやラスティだけではなく……ニコルも、だったとはな」
 まさか、そういうことだったとは……と思えば馬鹿馬鹿しいとしか言えないのではないか。
 同時に、自分は彼等――主にミゲルとフレイだろうか。それとも、他のメンバーもか――からキラの側にいるにはふさわしくないと判断されていたと言うことだろう。
「何もかも、気に入らないな」
 それでも、と心の中で呟く。
 キラはもちろん、ミゲル達も憎めないのだ。
 それはどうしてなのか。
「……考えていられるだけ考えてみるんだな」
 それほど時間はないだろうが……とディアッカはアスランの肩を叩く。
「俺も、腹をくくるか」
 いろいろな意味で……と呟く声が耳に届いた。しかし、その真意まではわからない。それを問いかけるつもりも、アスランにはなかった。

「多分……これで大丈夫だと思うけど……」
 こう口にしながら、キラは手を止める。
「ご苦労さん」
 そういいながら、フラガがキラの頭をなでてくれた。その大きな手の感触が、失われてしまった人を思い出させてくれるから好きだ、とキラは思う。
「いえ。きっと……またすぐに戦闘がありますから」
 だから、できるときにきちんとしていないと……と微笑みながら口にする。
「もう、誰も失いたく、ないですから……」
 そして、こうはき出す。
「そうだな……となると、お前さんにとって一番危なそうに見えるのは、俺ってことか?」
 まぁ、否定できないんだが……とフラガは苦笑を浮かべた。
「そういっているわけじゃないんですけど……」
 ひょっとして、彼を傷つけてしまったのだろうか。そう思って慌てて言葉を口にする。だが、何と言えばいいのか、よくわからなくなって最後の言葉を飲み込む。
「まだな。ゼロと違ってこいつは俺の手足になってない。それは事実だから、しかたがないことだよな」
 お前さんが作ってくれたシステムは十分に働いてくれている。しかし、それをまだ使いこなせない。だから、それは俺の責任だって……と彼は付け加えた。
「……もう少し時間があれば……と言っても無駄なのはわかっている。だから、精一杯やるだけだ」
 こいつとな、とフラガはシートの背中をそっと叩いた。
「ムウさん……」
「まぁ、結局はお前さんにおんぶに抱っこ、になるんだろうけど」
 ちょっと悔しいが……と彼は続ける。
「……でも、ムウさんがいてくれると、ミゲル達とは別の意味で安心できます」
 そんな彼に、キラはふわりと微笑みかけた。
「キラ?」
 この言葉に、フラガがすぐに視線を向けてくる。彼の瞳の中に、何かを期待するような光が見え隠れしているのがわかった。
「お父さんみたいで」
 さらに笑みを深めると、キラはこう言い切る。だが、何故かフラガはその瞬間、ショックを隠せないという表情を浮かべた。
「……ムウさん?」
 どうかしたのですか、とキラは彼に問いかける。
「頼むから……せめて『お兄さん』ぐらいにしてくれ……」
 俺はそんな年じゃね……と呟くフラガに、自分は失敗したのだろうか……とキラは小首をかしげてしまった。



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