「最初に言っておくよ、アスラン。作戦中に私的なことを持ち出してきたら、その場で縁を切るからね」
 キラはアスランに向かってこう宣言した。
「私的な事って……何だよ。俺は……」
「僕たちが今何をしているのか、当然、理解しているんだろうね、アスラン・ザラ?」
 それがわからないようなら、本国に戻れ……とキラは言い切る。
「……それは……理解しているつもりだよ」
 でも、自分たちは……とアスランはなおも言葉を口にしようとした。
「言いたくないけど、アスラン。立場上、僕は君の上官になるんだけどね」
 フラガ隊の副官である自分は、ただのパイロットでしかないアスランよりも立場が上だ、とキラは告げる。
「そして、今はまだ作戦遂行中だ。僕が言いたいことが理解できないなら、部屋に戻っていてくれる? 終わるまで」
 でないと、邪魔だ……とまで言わないと理解できないのか……とキラはアスランをにらみ付けた。
「そうだな……確かに、任務に私情を挟むわけにはいかない」
 いろいろとあるんだが……と口にしたのはミゲルだった。
「ザフトの軍人として何を優先すべきか、それはお前だってわかるんじゃないのか?」
 一応、自分は教えてきたつもりだ……と彼はさらに言葉を重ねる。
「だが!」
「アスラン! いい加減にして!」
 まだ何かを言おうとしている彼を、キラは怒鳴りつけた。
「君がそうやってだだをこねることで、多くの民間人が死ぬんだよ! それがわからないなら、今すぐ部屋に戻れ!」
 さらに付け加えたこの言葉に、アスランは信じられないものを見るかのような視線を向けてくる。あるいは、彼の中に残っていた《キラ・ヤマト》のイメージを壊してしまったのかもしれない。
 まぁ、それならそれでかまわないか……とも思う。
 彼が知っている《月》時代の自分は、もういないのだからとも。
「僕たちが、あそこの人たちを巻き込んだんだ。ならば、責任を取らなくてはいけない」
 違うのか、とキラはさらに言葉を重ねる。
「でなければ、僕たちは地球軍と同じ事になる」
 他人の平和な暮らしを奪って、平然としているあの連中と……とキラは吐き捨てるように口にした。
「キラ?」
 さすがに、この口調には驚いたのだろう。アスランが彼を不審な視線を向けてくる。
「で? 今は作戦を優先するつもりなの? それとも、自分自身の好奇心を満たすことを優先するの?」
 どちらなのか、とキラは問いかけた。
「……俺はそんなつもりじゃ……」
 なかった、とアスランが言い返してくる。
「でも、君は作戦として指示された以外の行動を取っていたね。さっきは。そのせいで、状況がまずくなるとは考えなかったわけ?」
 最悪、自分たちが死んでいたかもしれないのに……とキラが告げれば、アスランは初めてその事実に気が付いたらしい。
「彼等を保護した後なら……時間が取れる。話はその後だ」
 いいね、と言えばアスランは小さく頷いた。

「全員そろったな」
 ブリーフィングルームに集まったメンバーを見て、フラガが満足そうに笑う。
 しかし、はっきり言ってイザークとディアッカは嫌そうな表情をしている。彼の感情が爆発しなければいいのだが、とラスティは心の中で呟く。
 まぁ、ニコルから聞き出したこちらの状況を考えれば、それも当然なんだろうか、とは思うのだが、相手が悪い。
 あれだけ劣った機体にに乗り込んでいた彼を落とせなかったのは、間違いなく事実なのだ。もっとも、その状況を彼が楽しんでいたらしいことも事実。
 後でしごいてやろう……と不気味な笑いを漏らしていたのを目撃した瞬間、自分がケガをして彼等に保護されたのはあるいはラッキーだったかもしれない。そんなことすら考えてしまったほどだ。
「作戦自体は簡単だ。キラがあの艦のシステムに既にウィルスを仕込んでいる。それが動き出した瞬間、艦のシステムは、生命維持関係の部分を除いて落ちることになっている」
 そこを強襲すれば、相手も投降せざるを得ないだろう……とフラガは付け加えた。
「……ただし……問題なのは、軍人じゃなく中にいる民間人だろうがな」
 この言葉に、イザークとディアッカは信じられないというような視線を向ける。
「民間人、ですか?」
 何故……と彼等は口にした。
「俺たちが、ヘリオポリスを壊してしまったからさ」
 戦闘中にな……とフラガは言い返す。
「その時、壊れたポットに乗り込んでいた避難民を、キラが拾ってきたのさ。しかも、その多くがナチュラルだ。コーディネイターに偏見を持っているものも多い」
 特に、クルーゼ隊にはな……という言葉に、誰もが視線を泳がせる。さすがにそれでは恨まれても仕方がない……と思うのだろうか。
「まぁ、俺もキラも、そっちには関わらないから……せいぜいがんばるんだな」
 最後のとどめとばかりに、フラガはこう言った。
「何故ですか!」
「……イザーク……落ち着け。少し考えればわかるだろうが」
 とっさに飛びかかろうとした彼を、ミゲルが背後から押さえつける。
「あなた方が……今まであちらにいたから、ですか? まだ、正体をばらすわけにはいかない、と?」
 アスランがその代わりというように問いかけた。
「そう言うことだな。キラも俺も……いつまた、向こうに戻るかわからない」
 その時に、自分たちが《ザフト》の軍人だと知っている人間がいればどこからそれが広まるかわからないのだ、と彼は告げる。
「本来なら、こうして、お前さん達の相手をするべきじゃないんだろうが……ここまで関わってもらったんだ。最後まで付き合ってもらおうと思ったのさ」
 それが、自分なりの礼儀だ……と言われてしまえば、イザークも黙らざるを得ないらしい。
 もっとも、かなり不満を抱いてはいたようだ。
「くれぐれも、民間人を傷つけるなよ? オーブと敵対したくないだろう?」
 それに気づいているだろうに、フラガは口調を変えることなくこう言ってくる。
 そう言うところはさすがだ、と言うべきなのだろうか。ラスティは思わず悩んでしまう。
「まぁ、お前らができないって言うなら……キラにやらせるがな」
 フラガがさりげなくイザーク達のプライドを刺激してくる。
「誰ができないなんて言った!」
「……やりゃ、いいんでしょ、やりゃ……」
 イザークとディアッカが即座にこう言い返す。それを耳にして、アスラン達が小さなため息をついていたのが印象的だった。

 展望室の窓から外を眺めても、アークエンジェルは確認できない。それはいいのだろうか……と考えながら、キラは小さなため息をついた。
「なーに黄昏てんだよ」
 そんな彼の耳に明るい声が届く。同時に、暖かな腕がしっかりと巻き付いてきた。
「ミゲル」
 ふわりと体を包み込んでくれるかすかなフレングスの香りでそれが誰なのかわかる。そのまま視線を向ければ、蜂蜜色の瞳が楽しげに自分を見下ろしていた。
「やっぱ、抱き心地いいよな、お前は」
 こう囁くと、ミゲルの唇がキラの髪に落ちてくる。
「何を言うかと思えば」
 くすくすと笑いながら、キラは言葉を返す。
「本当のことだろう?」
 さらに言葉をつづりながら、ミゲルはキラの体をさっさと自分の膝の上に抱え上げる。
「ほら、ジャストサイズ」
 こうすると、キラの瞳を正面からのぞき込める、とミゲルは笑う。だが、その表情はすぐに真剣なものに変わった。
「……お前、さ……」
 不安なんだろう? と唇が囁いてくる。
「ミゲル……」
「大丈夫。誰一人として傷つけさせはしないって」
 ついでに、お前の正体がばれないようにもしてやる、と囁きながら、ミゲルはそっとキラの頬に唇を押し当てた。
「……って事は、俺も表にでれないんだけどな」
 お前の恋人だってばれている以上、と付け加えると、ミゲルはキラの唇に触れるだけのキスを贈ってくる。
「……ミゲル、僕は……」
「俺としては、お前が年相応に楽しそうな表情をしていたのを、もう一回見てみたいしな」
 あいつらといたときのお前は楽しそうだった……という言葉に、キラは苦笑を浮かべた。
「……でも、ミゲルと一緒の方が、嬉しいな、僕は」
 一人だけなら、どこか寂しいから……と付け加えれば、不意にミゲルの腕に力がこもる。
「ミゲル?」
「お前なぁ……こう言うときに、そんな可愛いセリフを口にするんじゃないって」
 この場で押し倒したくなるだろう、とミゲルは囁いてくる。
「あのね……」
 誰が来るかわからない場所で、それはちょっと困る……とキラは考えてしまう。それはミゲルも同じだったらしい。
「わかってるって……その代わり、作戦が終わったら……付き合えよ?」
 なっ、と耳に直接囁かれて、キラは思わず頬を染める。それでもしっかりと頷いて見せた。
「いいこだ」
 ご褒美だ、と言うように、ミゲルはキラにキスをくれる。それに、キラはうっとりと目を閉じた。

「さて……おとなしく投降してくれるといいんだけどな」
 キラと約束したし……とミゲルは呟く。
「まぁ、キラ達の話では、馬鹿な指揮官ではないはずなんだが……」
 それでも、完全に大丈夫だ……とは言い切れないらしい。艦長が大丈夫でも他の者までそうだ、とは言い切れない、というのがその理由らしい。
 あの場にフラガがいれば、あるいは何とかなったのかもしれないが。それでは、後々困るだろうという事もわかっている。
「……大丈夫だな」
 自分に言い聞かせるようにミゲルはこう呟く。
「キラ達が準備をしてくれたんだ。成功しないはずはない」
 それだけの実力を、キラは持っている。そして、自分はそれを近くで見ていたではないか。
 何よりも、自分はキラを信頼しているだろう。
 そして、キラも自分を信頼してくれている。
 だから大丈夫だ。
 ミゲルがそう考えたときだ。
 アークエンジェルの電源が不意に落ちる。
『ミゲル!』
「わかっている! アスラン、ニコル!」
『任せてください』
 ミゲルの指示に、即座にニコルが言葉を返してきた。しかし、アスランからのそれはない。だが、彼が私情で作戦をぶちこわすような人間でないこともミゲルは知っている。
 実際、モニターに映し出されたイージスは、作戦通りの動きをしていた。
「……あいつにしても、キラに恨まれるようなまねだけはしたくないだろうしな」
 キラに恋しているらしいあいつは……とミゲルは口の中だけで呟く。
「だからといって、譲ってやる気はねぇんだよ!」
 こう呟くと同時に、ミゲルもまた移動を開始する。
 もっとも、自分はあくまでもバックアップだ。
 投降の勧告も含めて、アスラン達がすることになっている。
 だから、ある意味、考える時間はたくさんあるのだ。もっとも、そんなにあっては困る、と言うことも事実ではあったが。
『既に、貴艦には戦闘能力がない。民間人を盾にするようなまねだけはなさらないよう希望する』
 アスランの声がスピーカーから響いてくる。
「さて……どうなるかな」
 内容的には八十点ぐらいかな……とそんなことも考えてしまう。あの一言で、逆にヒントを得たと思う人間もいるかもしれないのに、と。もっとも、彼等もキラの話から、そんなことはしないと判断したのだろうが。
「さっさとしてくれると、精神上いいんだがな」
 自分よりはキラの……とミゲルは心の中で呟く。もっとも、それと同じ気持ちでいるのは他の者達も同じだろう。
 ただ、相手にも考える時間が必要だ……と言うことはわかっている。
 それでも、と思ってしまうのは……キラが彼等のことも気にかけていると知っているからだ。
「ったく……さっさと決断してくれれば……俺としても有意義な時間が過ごせるんだがな」
 キラを抱きしめて……とミゲルは思わず口にしてしまう。
 その時、漆黒の宇宙を一条の光が染め上げた。

「ミゲル……いいの?」
 しっかりとベッドに押し倒された状況で、キラはこう問いかけてくる。
「何が?」
 そののど元をなめ上げながらミゲルは聞き返した。
「こんな事、していて……」
 仕事は? と彼はさらに言葉を重ねてくる。こういうきまじめなところも、自分は好きなんだよな……とミゲルは思う。でも、できれば今はそんなセリフを口にしないで欲しい。
「俺は今日はフリー。キラも、だろう?」
 それに、とミゲルは笑いながら、キラの耳たぶに唇を寄せていく。
「俺は、あまり表に出ない方がいいだろう? お前の友人達の中に、俺の顔を知っている奴らもいたからな」
 あいつらと顔を合わせない方がいいだろう……とそこに直接言葉を吹き込んだ。
「ミゲル?」
「あの時のお前は、本当に楽しそうだったからな」
 いい連中なんだろう、とミゲルはさらに言葉を重ねてやる。そうすれば、キラは小さく頷き返した。
「ちょっと……問題があるのもいるけどね。でも、側にいるのが心地いいと思える人間もいたよ」
 そんな人間ばかりであれば、戦争なんて起こらなかっただろうに……とキラは呟く。
「そうだな」
 もっとも、そうなっていたら自分はキラと出会えなかったかもしれない。
「でも……俺は、お前がいてくれる《今》の方がいいな」
 その気持ちを素直に口にすれば、キラの口元に柔らかな笑みが浮かぶ。
「僕もだよ」
 ミゲルの側にいられるのが一番幸せ……とキラは吐息で囁いてくれる。
「まぁ……出会う運命だったなら、どんな状況でもかならず出会っていただろうがな」
 遅いか早いかの違いだけだろう……といいながら、ミゲルはそんなキラの唇に自分のそれを重ねる。
「……んっ……」
 すぐに、キラの唇から甘い声がこぼれ落ち始めた。
 その声がミゲルの耳に心地よく響く。
 一瞬だけの平和かもしれない。
 またすぐに、自分たちは戦場に出て行かなければいけないだろう。隊が違う以上、また離れ離れになるかもしれない。
 だからこそ、今という時間を大切にしたい、とミゲルは思う。
「愛しているぞ、キラ」
 かすかに唇を離すと、ミゲルはこう囁く。
「……僕も……好き……」
 キラも即座にこう言い返してくれる。
 それがミゲルの中に歓喜を生み出した。

 そのまま、二人は小さな平和をかみしめていた……





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