それはまさしく唐突な命令だった。 「……上陸、ですか?」 いきなり何を言い出すんだ、この上司は……と思いつつ、ミゲルはクルーゼの顔を見つめる。もっとも、相変わらずの仮面のおかげで表情を読み取ることはできないが。 「そうだ。そして、潜入任務に就いている相手に接触して欲しい。状況が許せば、ヴェサリウスまで案内してくるように」 彼は意味ありげな微笑みとともにこう言い返してくる。 「それは俺でなくても……」 ジンの整備はともかく、オコサマ達の面倒を見るのに忙しいのだ、自分は。本当に、あいつらに比べれば、キラは……と心の中で付け加える。 「私を除けば君が一番、あの子の顔を知っているだろう?」 わざとらしいセリフをクルーゼは告げた。その意図がわからないミゲルではない。 「まさか……」 相手は《彼》なのか。 ミゲルは言外にこう問いかける。 「そう、あの子だよ。いろいろと苦労をかけているようなのでな」 君にも……という言葉の裏に隠されているものをどう受け止めればいいのだろう。ミゲルは一瞬悩む。 だが、キラに会える機会を逃したくない、というのも本音だ。 両思いになったというのに、この一年というもの、顔を合わせることすらできない状況だった。それはお互いの任務上、仕方がないことでもある。かろうじて、メールと時たまつなぐことができた通信だけが二人をつなぐ絆だったのだ。 「……どこですか、キラの居場所は!」 クルーゼの思惑なんてどうでもいい。それよりも、可愛い恋人に会いに行きたいと、ミゲルはクルーゼに問いかける。 「本当に君たちは」 見ていて飽きないよ……と彼は笑う。 「隊長……」 「もし、君が浮気をしているようであれば、いくらキラの希望でも許可は出さないよ」 もっと徹底的に邪魔をさせてもらった……とクルーゼは怖いセリフを付け加えてくれた。 「……お願いですから、あまりいじめないでくださいませんか?」 ただでさえ、オコサマ達のせいで胃が痛いのに……とミゲルは訴える。 「それはそれは、申し訳ないね」 少しもそう思っていないだろう。いや、むしろ楽しんでいるに決まっている。そう感じさせる口調でクルーゼはこう言ってきた。 はっきり言って、キラの居場所を聞き出す前でなければ、絶対的に切れていただろう。ミゲルにはその自信があった。 「……ともかく、どこで落ち会えばいいのか、教えて頂けませんか?」 ともかく、切れる前にそれだけは聞き出さなければいけない。その思いのまま、ミゲルはこう問いかけた。 「あぁ、そうだね」 そうすればさらに意味ありげな笑みとともにクルーゼは一枚のメモを差し出す。 「これに書いてあるよ。できるだけ目立たないように」 言わずもがなだろうが……とクルーゼは付け加える。 「わかりました」 こう答えながら、ミゲルはそれを受け取った。そして、中を確認する。 「何なんですか、これは!」 訳のわからない記号の羅列に、ミゲルの堪忍袋の緒が切れた。 「……何、と言われてもね。キラの居場所を書いてあるだけだが?」 くくっと笑いを漏らしながら、クルーゼはこう告げる。 「俺には、ただのでたらめとしか思えませんが?」 遊んでいる暇はないのではないか、とミゲルは言外にかみついた。 「……キラを本当に好きであれば、わかると思ったのだがね」 間違いなく、この男は自分で遊んでいる。ミゲルはそう判断をした。同時に、本気で締めてやろうか、とも思う。 「という冗談は置いておいてだね。宇宙港から外に出て、捕まえたエレカにそれを打ち込みたまえ。そうすれば、キラのところへ連れて行ってくれるはずだ」 だが、ミゲルが自分の考えを実行に移す前にクルーゼは答えを口にした。本当に、このタイミングのはかり方は絶妙だ、とミゲルは思う。 「……では、出かけてきます」 ともかく、これ以上クルーゼのオモチャにされてはたまらない。必要な情報は入手したし。そう判断して、ミゲルは彼の前を辞することにした。 ヘリオポリスからは少し離れた、オーブ所属のコロニー。ここで彼等と接触することにしたのは、ここならば誰がいてもおかしくはない……と判断したからだ。というのも、ここはまだオーブだけではなくプラントや地球連合の船が寄港することを許されているからである。 「キラ?」 自分の名前を呼ばれてキラが顔を上げれば、ヘリオポリスのカレッジの友人達が手を振っているのが見えた。 「トール、ミリィ……偶然だね」 口元に微笑みを浮かべながらも、キラは厄介なことになった……と心の中で付け加える。 自分はこれから《ザフト》の一員として、ヴェサリウスの乗組員――もっと正確に言えばクルーゼ隊のメンバーだ――と合流しなければいけない。 だが、それを彼らに知られるわけにはいかないのだ。 自分の正体を知られると言うことは、彼らの命を奪わなければいけない、と言うことと同意語なのだ。それが、ザフトの一員である《キラ》にとっては正しいことであっても、せっかくできた《友人》を失いたくない、と思ってしまう。それが甘い考えだとはわかっていても、だ。 「本当に偶然だよな。俺たちは、あそこにできたテーマパークに来たんだけど……」 キラもそうなのか、とトールは苦笑混じりに問いかけてくる。どうやら、ミリアリアに押し切られたらしい、とキラは判断をした。 「ううん、ちょっとね」 だから、キラはとりあえず苦笑とともにこう言い返す。 「……プラントの船が、入港したから……」 「それが、どうしたの? キラ」 「ほら……僕はここに来る前、月にいただろう? そのころの友達が、その船に乗っていたんだって。上陸許可がもらえたからって、連絡が来たんだ」 嘘の中の真実。 それがあれば、彼らは間違いなく信じてくれるはずだ。第一、自分は嘘を言っていないのだし、とキラは心の中で付け加える。全て、それは真実だ、とキラのプロフィールには書かれてあるのだから。 「……あぁ、そうか……」 キラがコーディネイターであることを彼らは知っている。 そして、月にいたのであれば、プラントに友人がいてもおかしくはない。 だから、彼らはあっさりと納得をしてくれた。 「それじゃ、この後、付き合えって言えないよな」 どうせなら、一緒に行こうか……と誘おうと思ったんだが、とトールは口にする。ミリアリアもまた、それに同意をするようにうなずいて見せた。 「ごめん。次の機会に誘ってくれる?」 そんな彼らにキラは微笑みとともにこう告げる。 「今日、おすすめを探してくれればいいから」 さりげなく付け加えれば、二人はほっとしたような表情を作った。 「了解」 「任せておいて」 そして、口々にこう告げる。 「じゃ、早く行かないと」 そんな彼らの様子にほっとしながら、キラがこう告げたときだ。 彼らの前に一台のレンタルエレカが止まる。 「キラ!」 そして、中から自分を手招いている相手を見て、キラは信じられないというように目を丸くした。 「ミゲル……」 思わず相手の名前を呟いてしまう。 「あの人が、さっき言っていた人?」 「うん……僕の、一番大切な人……」 ミリアリアの問いかけに、無意識のうちにこう答えてしまった。その事実に気づいて、キラは思わず頬を赤らめてしまった。 「あ、あのね……」 キラは慌ててフォローをしようとする。 「ますます、邪魔できないわね。行くわよ、トール!」 だが、ミリアリアは意味ありげな笑みを浮かべるとトールの腕を掴む。そして、引きずるように離れていく。 「がんばってね、キラ!」 最後に付け加えられた言葉の意味は何なのだろうか。 それを理解するよりの早く、キラはいつの間にか歩み寄ってきていたミゲルの腕に抱きしめられていた。 「友達、か?」 そのまま、彼はキラの耳たぶをかむようにしてこう問いかけてくる。 「うん。同じカレッジのね……ナチュラルだけど、僕にも普通に接してくれるから……」 こんなことを告げていいのだろうか。一瞬キラの中をこんなためらいがかすめる。しかし、ミゲルに隠し事はしたくない、とも思う。だから、ためらいがちに最後の言葉を付け加えた。 「そうか。あんな連中ばかりだと、こんなくだらない戦争をしなくてもいいんだけどな」 小さなため息が彼の唇からこぼれ落ちる。 「……そうだね……」 そんな彼の胸に、キラは体重を預けた。 「でも、ミゲルが来てくれるとは思わなかった」 他の誰かだろう、とキラは考えていたのだ。 「隊長が気を利かせてくれたんだよ……お前を連れて来いってさ」 詳しい話はエレカの中でしよう、と彼は付け加える。それに、キラは小さくうなずいて見せた。 久々に会ったキラは、少し成長したように思える。だが、それでも華奢な印象は変わらない。むしろ、さらに強まったように感じられる。 それを見た瞬間、今すぐ押し倒したい気持ちになったとしても、誰も責めないだろう。 「ミゲル?」 助手席に座ったキラが、自分を見つめたまま動かない彼を見て不思議そうに小首をかしげている。 「いや……キスしたいなって思って」 本当はもっと違うことを言いたいのだが、それを口に出せばキラがむくれるのは分かり切っていた。だから、あえて当たり障りのないセリフを口にする。 「……バカ……」 言葉とともに、キラはミゲルをにらみつけてきた。 これは失敗したかな、とミゲルが思ったときだ。すっとキラの顔が近づいてくる。そして、ミゲルの唇にかすめるようにキスをしてきた。 「僕だって……ミゲルにキスしたかったんだから……」 我慢していたのに、とキラは頬を赤らめる。 「キラ……」 「だって、クルーゼ隊長のところへ行かなければいけないんでしょう?」 余計なことをすれば、絶対にばれる……とキラは口にした。そうなれば、自分はともかくミゲルがどんな目に遭うのかわかったものではないとも。 「……お前って……」 かすめるだけとはいえ、自分からキスを贈ってくれたのも、そしてそれを我慢してくれていたのも自分のため。 「本当に可愛いよな!」 言葉とともにミゲルはキラをしっかりと抱きしめた。 「ミゲル、ミゲルってば!」 口では彼をいさめながらも、キラは手を出してこようとはしない。それは、キラが本音ではこの行為をいやがっていないことの証拠だろう。 「時間、いいの?」 だが、キラの方は予想以上に冷静だったらしい。こう問いかけてくる。そして、自分もザフトのエースである以上、任務を放り出せないのだ。 「ったく……この任務が終わって、お互い休暇になったら……覚えてろよ?」 その間、ベッドから出してやらない、と言いつつ、ミゲルはキラを腕の中から解放する。そして、渋々ながらエレカを発進させた。 「……覚悟しておく……」 口ではこう言いながらも、キラはうれしそうだ。 「約束したからな」 忘れるなよ……と言いながら、目的地へとハンドルを切る。 「はいはい」 そんなミゲルに、キラは微笑みを向けた。 「もっとも、邪魔が入らなければ……の話だけどね」 さらりと付け加えられたこのセリフに、一瞬ミゲルはハンドルを切り損ねてしまう。だが、慌てて立て直して、事故だけはかろうじてさける。 「……ミゲルゥ……」 「悪い……でも、隊長が何かをしそうだ、と考えたらな……」 手が滑ったんだ……とミゲルが口にすれば、 「……もう一人いたね、そう言えば……」 とキラも呟く。 だが、二人はまだ知らない。さらに厄介なメンバーが増える、と言うことを。 ヴェサリウスへ着いたキラは、まっすぐにクルーゼの元へと向かった。 「……これが、今までわかっていることのデーターです」 そして、持ってきたデーターカードを彼に手渡す。 「ご苦労だったね」 微笑みとともにクルーゼはこう告げた。 「いえ。僕の方はさほど苦労はしませんでした」 目標に近いところに潜入することができただけではなく、偶然とはいえ、その一端を担うことになったのだから、とキラは言葉を返す。もっとも、だからこそ、連中の思い通りにならないようにコントロールできたのだが。 「フラガ隊長が、半月後、目標のパイロットを護衛して到着するそうです。決行は、その時に、と」 詳しい事は、彼が合図を送ると言っていた、とキラは付け加える。 「そうか。では、いつでも大丈夫なようにこちらも準備を整えさせておこう」 地球軍がいつ、予定を変更するかわからないのだから、とクルーゼは口にする。 「僕の方も、そのようにさせて頂きます」 いつでも動けるように、とキラは言い切った。 「では、その時、実際に動く者達を紹介しておこう」 不意にクルーゼが意味ありげな笑みを浮かべるとこう言ってくる。 「……何か、隠していらっしゃいません?」 自分までごまかせるとは思うな、と言外に付け加えながらキラはこう問いかけた。 「その後では……時間が許す限りミゲルと一緒にいればいい」 しかし、それには直接答えを返すことなく、彼はこんなセリフを口にする。 「クルーゼ隊長!」 「まぁ、たまにはお前の驚いた顔を見たいしな。それに、こちらにも都合があるのだよ」 怒りをこめて相手のザフトでの呼称を強調すれば、仕方がない、と言うように笑みの色を変えた。 「……僕で遊んでません?」 この人は、とキラは心の中で毒づく。しかし、昔からそうだと知っている以上、どうすることもできない。と言うより、もう矯正不能だろう、この性格は。あきらめて、他の対処を考えた方がマシだ、とキラはわかっていた。 それでも多少のイヤミを返したくなるのも事実だったりする。 「まぁ、いいですけどね。それに関してもまとめてあちらに報告するだけですから」 その後のことには関与しない……と言いきれば、彼がかすかに動揺したのがわかる。 「お前は……いつからそんなにかわいげが無くなったのかね?」 「身近にいる人たちを参考にさせて頂いているだけです」 「あの男の影響か……やはり、私がお前を引き取るのだったな」 自分のことを棚に上げてよく言うよ……とキラは思う。だが、それも相手にはしっかりとわかっているはずだ。 そんなことを考えているキラの前で、クルーゼは端末に手を伸ばす。 「ミゲルか? 私だ。他の連中を連れて執務室に来るように」 そして、わざとらしく《ミゲル》の名前を強調しながらこう命じる。 「絶対、何かを企んでいるんだよな、こう言うときは」 相手に聞かれてもかまわない。と言うより、聞かせているのだ、と思いながら、キラはこう呟く。 それに対するクルーゼの返答は密やかな笑い声だった。 「と言うわけで、隊長のところに行くぞ」 控え室にそろっていたルーキー達を見回すと、ミゲルはこう告げる。その内心では、彼等が《キラ》を見たときの反応が楽しみだ、と思う。そして、その実力を目の当たりにしたときの表情も、と。 最後のとどめに、自分とキラの関係をばらしたのことを楽しみしておくか、と思いながらミゲルは歩き出す。 「……で、どんな奴なんだ?」 不意に、イザークが問いかけてくる。 「何が、だ?」 彼が何を言いたいのかはわかっていた。だが、ミゲルはあえてこう聞き返す。 「だから、その潜入任務に就いている奴だって。ミゲルが案内してきたんだろう?」 どんな奴? とディアッカも問いかけてきた。 「……実物を見る方が楽しいぞ」 絶対に、こいつらの予想を裏切っているからな、キラの外見は。 何よりももったいなくて教えられない、とミゲルは心の中で呟く。 本当であれば、この連中に見せるのもいやだ、と思うのだ。それでも、今後の任務を考えればあわせないわけにはいかない。唯一の救いがあるとすれば、クルーゼが自分たちの味方である、と言うことか。もちろん、無条件で……とはいえないだろうが、キラが自分を好きでいてくれる間は大丈夫だろう、と思う。 「……ずいぶんともったいぶるんですね……」 ニコルが珍しくも棘を隠すことなくこう言ってきた。 「隊長命令だからな」 先入観を与えるな、と言われているんだって……と言うのは事実。間違いなく、クルーゼもキラを使って彼等で遊ぶつもりなのだろう。 それも、彼が自分たちの味方でいてくれる条件の中に入っているのであれば仕方がないか、とミゲルは考えていた。 「つまらないですね」 そういう問題なのか、とミゲルは悩む。 「っていうか……隊長の考えが怖いんだけど、俺としては」 あるいは、こいつが一番、クルーゼの性格をわかっているのかもしれないな、とラスティの声を耳にしながら、ミゲルは判断する。 「どんな相手でも、協力しなければならないのだろう。そう騒ぐことでもないんじゃないのか?」 単独で潜入任務を任されるほどの人間だから、その技量だけは尊敬できるのだろう、とアスランがいつもの口調で告げた。それが、イザークたちにはおもしろくないのだろうが、とミゲルは心の中で呟く。 だが、それは本人達が自分で気づかなければいけないことなのだ、と考えているから口に出すことはしない。 第一、その時間もなかった。 「ミゲルです」 クルーゼの執務室の前にたどり着くと同時に、端末で中に呼びかける。 「皆を連れてきました」 こう言えば、即座にロックがはずされた。 「失礼します」 この後が楽しみだ、と思いつつ、ミゲルは足を踏み入れる。その後を他の五人も続いた。 キラの後ろ姿が確認できた瞬間、彼等が息をのむのがわかる。 予想通りの反応だよな、とミゲルがほくそ笑んだときだ。 「キラ?」 小さな呟きが耳に届く。 一体、誰が……と思う。だが、それはキラも同じだったらしい。彼はゆっくりと振り向いた。 「やっぱりキラだ! 何でお前がここに!」 一体どこ誰だ、お前は……というような口調で叫んだのはアスランである。そんな彼に、キラは微苦笑を返す。そして、はっきりとこう言ったのだ。 「久しぶりだね、アスラン」 と。 これが新たな騒動の始まりだったのは言うまでもないことだろう。 「キラ!」 アスランがまっすぐに、キラに駆け寄っていく。その両手は彼を抱きしめようとするかのように広げられていた。 しかし…… 「キラ、何で逃げるんだ!」 アスランの腕がキラを抱きしめようとした寸前、その場に彼の姿はなかった。空を抱きしめることになったアスランが、こう文句を言う。 「確かに僕たちは幼なじみだけどさ、アスラン。僕としては、恋人の前で他の男と抱擁を交わす趣味はないんだけど」 いくら幼なじみ相手だと言っても……とキラは言い切る。 「……恋人?」 その言葉に、アスランが呆然とこう呟く。いや、他の四人にしても同じ状況だ。だが、ミゲルだけはうれしさを隠せなかった。 キラが自分のことをそう認識してくれていたのはわかっている。だが、それをこうやって皆の前で公言してくれるとは思わなかったのだ。 「まさか……隊長か!」 しかし、アスランの脳内では自分は対象外らしい。 その理由次第ではただではすまないぞ、とこっそりミゲルは心の中で呟いてみた。 「何言ってるの、アスラン……何で僕がラウ兄さんとそういう関係にならなきゃいけないのさ!」 実のところ、キラもかなり動揺しているのだろうか。普段はきっちりとつけている公私の区別ができなくなっているらしい。 「……ラウ兄さん? 誰が……」 アスランの方もキラの爆弾発言に思考が停止しているのか。呆然と呟いている。 「……誰がって……ねぇ」 まさかこんな反応が返ってくるとは思っていなかったのか。キラは困ったような表情を作る。 さて、どうしたものか、とミゲルは一瞬悩んだが、このまま放っておく訳にもいかないだろう。 「アスラン」 どうやら、アスランは隊長とも顔見知りなのか……と思いつつ、ミゲルは口を開く。 「何だ!」 明らかに《邪魔》と顔に書きながらアスランは聞き返してくる。 「ともかく落ち着け。ついでに、隊長のフルネームは何なのかも考えてみるんだな」 先輩に向かってその態度は可愛くねぇな……と心の中で呟きつつミゲルはこう口にした。 「隊長のフルネーム?」 しかし、アスランは『それがどうしたんだ』と視線で問いかけてくる。本気でさじを投げたくなるが、キラの前でそんなことはできないよな……とため息をつく。そのまま、キラへと視線を向ければ彼も苦笑を浮かべていた。 「隊長のフルネームなら、ラウ・ル・クルーゼだろうが!」 それすらも忘れたのか! とイザークが叫ぶ。しかし、それを口に出したことで何かに気づいたのか、彼はそのまま凍り付いた。 「まさか……とは思いますが……」 「ミゲル、知ってるんなら教えてくれよ」 「っていうか、何で気づかないわけ、あいつ」 ディアッカ達がぼそぼそと呟く声で、アスランは何かを思い出したらしい。 まるで油が切れたおもちゃのような動きでゆっくりとクルーゼの方へと視線を向ける。 「……隊長、まさか……」 そして、何とか声を絞り出す。 「つれないことだな。昔、あれだけ世話をしてやったものを」 こう口にするものの、絶対クルーゼは絶対わざと教えなかったのだ……とミゲルは思う。 「……わざと、教えませんでしたね、クルーゼ隊長」 そして、キラも同じ考えに行き着いたらしい。きつめの口調でこう問いかけている。 「まさか、仮面一つでわからなくなるとは思わなかったのでね」 しれっとしたこのセリフに、アスランは完全に固まってしまった。 「まぁ、いいですけどね。同じ隊じゃないし……」 っていうか、家の隊でそれをやると、無条件でムウ兄さんにいじめられるよ、とキラはそんなアスランに追い打ちをかけている。 「そう言うな。ミゲルに迷惑がかかればお前だって手を出さずにはおられまい」 いくら、保護者公認の仲と言えどもな、とクルーゼはアスランを千尋の谷へと追い落とす。 「……さすがは隊長……」 ニコルのこの言葉は賞賛なのだろか。 その答えを誰も知らなかった。 「ともかく……そう言うことだから」 こうなれば、アスランは無視した方がいい、と判断したのだろうか。キラは机から飛び降りると、まっすぐにミゲルに歩み寄ってきた。 「他の人を紹介してくれる?」 そして、にっこりと微笑むとこう口にする。 「一応、顔と名前だけは頭にたたき込んでおきたいから」 万が一の時のために……と彼はさらに言葉を重ねた。その必要は、ないと思いたいけどね……という言葉の裏に隠された意味を、四人のお子様が理解してくれているのかどうか。 「そんな可愛い笑顔を、振りまくなって」 こいつらが固まっているだろう……といいながら、ミゲルはキラの肩を抱く。そのまま彼を引き寄せたのは、間違いなく彼等にキラは自分のものだ、と見せつけるためだ。 「やだな。一番の顔は、ミゲルにしか見せてないって」 こう言ってくるキラも、同じ気持ちなのだろうか……とミゲルは考える。そうならば嬉しいな、とも。 「そう言うことは二人きりの時に言ってくれ」 嬉しすぎてあれこれしたくなるだろう、と低く笑いながらキラの耳元で囁けば、キラも笑い返してくる。 「そうだね。今度の任務が終わったらじっくりと付き合ってあげるよ」 そのくらいの休暇はもらえるだろうし……と言いながら、キラはクルーゼへと視線を向けた。そうすれば、彼は苦笑ともに頷いてみせる。 「独り身のものも多い。少しは周囲をはばかるようにな」 別段、邪魔はしないから……という彼にイザーク達は本気で目を丸くしていた。 「あぁ、時間はないのではないかね?」 キラの方に、と言われて、ようやくミゲルは遊んでいる状況でないことを思い出した。これからのことを考えれば、キラはまだ正体がばれるわけにはいかないはずなのだ。 あまり長いことここにいれば、抜け出す手はずを新たに整えなければならなくなる。 名残惜しいが仕方がないだろう……とミゲルは心の中で付け加えた。 「本当は、帰したくないんだけどな」 このまま側にいて欲しいと思うのは《ミゲル・アイマン》個人としての感情だ。 だが、ザフトの一員としてはそれが望めないこともわかっている。 「でも、仕方がないから……さっさと終わらせてしまおうぜ」 そうすれば、しばらく大丈夫だろうと問いかければ、キラはしっかりと頷いた。 「と言うわけでだ。こいつが噂の《フラガ隊》の一員でキラ・ヤマトな。家の連中は右からディアッカ、イザーク、ニコル、ラスティだ。最後の一人は紹介する必要がないだろうしな」 笑いながら問いかければ、キラは笑みを苦いものへとすり替える。 「本当、どこでどうなればああなるんだろうね、アスラン」 昔はすごく格好良かったのに……と言いながら、視線を向けた。 「そうなのか?」 「そうだったの。確かに、かなり僕に対しては過保護だったけどね」 だからといって、恋人ができたぐらいであんなに衝撃を受けられるような関係じゃなかったはず……とキラは小首をかしげている。もっとも、そう思っていたのはキラだけだろう。ついでにいえば、それだけが原因ではない、とミゲルにはわかっていた。 「まぁ、いいんじゃねぇ? あれは放っておいても」 な、と言いながら、ミゲルは後輩達に視線を向ける。 「そうそう。言い忘れてたけどさ。キラもしっかりと《紅》だからな?」 見た目だけで手を出そうとするなよ? と一応釘を刺しておく。でなければ、作戦前にリタイア決定だぞとも付け加える。 「ミゲル。新人を脅かすのはやめておきなよ」 作戦前に萎縮して、失敗したらどうするんだよ……とキラは笑う。 「もっとも、その時にそれなりのフォローをするのも僕たちの役目だけどね」 だから、少なくとも自分の顔だけは覚えておくように、と言う言葉に、イザーク達は素直に頷いてみせる。どうやら、キラの笑顔に意識を奪われているらしい。 しかし、当人はまったく気にしていなかったようだ。 「ミゲル、送ってくれる?」 それよりもこちらの方が優先だからだろうか。 「時間か?」 「うん」 もう少し一緒にいたかったんだけどね……とキラは小さな声で付け加える。 「まぁ、ぎりぎりまで付き合ってやるから」 だから、お互い、今日のところは我慢しようぜ、とミゲルは言い返してやった。 「そう言うことですので、クルーゼ隊長」 「あぁ、ご苦労だったな、キラ。次はもっとゆっくりと会おう」 気をつけて、という彼の言葉を合図に、ミゲルとキラは執務室を後にする。 廊下まで出た瞬間、アスランのものらしき叫び声が耳に届いたが、あえてそれを無視することにしたミゲルだった。 「……アスランってば……」 先ほどのことを思い出したのだろうか。キラが小さくため息をつく。 「本当に、あれがアスランなのか……と言いたくなるよな」 ミゲルはミゲルでこう呟いた。自分が知っている《アスラン・ザラ》なのか、とミゲルは心の中で呟く。 だが、キラはそうではなかったらしい。 「確かに昔より、ちょっとレベルアップしたかな?」 三年も離れていたせいかも、とキラは小首をかしげなら言葉を口にした。 「へっ?」 そうなのか、とミゲルは思わず聞き返してしまう。 「まぁね……」 苦笑を返すところを見れば、キラとしては思い出したくないあれこれがある、と言うことなのだろうか。どちらにしても、幼なじみならそれも仕方がないのかもしれないとはわかっている。だが、おもしろくないとも思う。 「……嬉しいのか?」 自分がこうして側にいることよりも、アスランと再会できたことが……とミゲルは言外に問いかけてしまった。 「というより、あきれているだけ……確か、アスランって婚約者、いたよね?」 ちょっと、その手の話題に疎いからはっきりと覚えてないのだけど……と、キラはミゲルの顔を見上げてくる。 「ラクス嬢のことだろう。もっとも、本人は政治的なものだ、と言っているが」 それがどうかしたのか? とミゲルはさらに眉を寄せる。 「僕なんか追いかけるよりも、その人を好きになる努力をすればいいのに」 自分にとって、アスランはあくまでも《幼なじみ》なのだ、とキラはため息とともにはき出した。 「ミゲルの隣にいることよりも、優先したいって思えないのにね」 本当、いい加減現実を見て欲しいよ。キラはそうはき出す。 「何を考えているのか、俺も知りたいよな」 何故、あんな騒ぎを引き起こしてくれたのか、とミゲルは心の中で付け加える。 「おかげで、キラの側にいる時間が減ったじゃないか」 あの騒ぎがなければ、早々に顔合わせを終わらせて、二人きりになれたのに……とミゲルはわざとらしいため息をついた。クルーゼにしても、その程度は容認してくれたはずなのに、と思う。 「そうだね。ちょっと残念、かな?」 キラが言葉とともにミゲルの腕にすり寄ってくる。 「でも、今度の作戦が成功したら、きっと、一緒にいられるよ」 うまくいけば、戦争を終わらせられるかもしれないね、とキラは笑う。 「そうだな」 そうなれば、しばらくは本国で待機になるのだろうか。 家族と一緒に過ごせる時間が増えるのはもちろん、キラといられる時間があるのならば文句はないよな。そう思いながら、ミゲルはそっと体をかがめた。 「ミゲル?」 どうしたの? とキラが呟くように問いかけてくる。その唇を、ミゲルは遠慮なく奪った。 重ねた唇の隙間からそっと舌を差し入れる。そうすれば、キラのそれがおずおずと出迎えてくれた。 そんな些細なことでも嬉しいのは、やはり相手が《キラ》だから、だろうか。 こう考えながら、ミゲルはキラのそれを舌先でくすぐってやる。 「……んっ……」 キラののどの奥から甘い声がこぼれ落ちた。それがミゲルを煽ってくれる。 だが、これは嬉しいけれどもまずい状況かもしれないな、とミゲルは心の中で付け加えた。 「……ミゲル?」 のっぴきならない状況になる前に、キラの唇を解放する。 だが、キラはその理由がわからなかったのだろう。 あるいは、もっとキスして欲しいと思ってくれたのか。 不満そうな声でキラはミゲルの名を口にした。その唇に視線を落とせば、まだお互いの唾液でぬれている。 「最後までできないだろう?」 察してくれ、とミゲルは苦笑を返す。そうすれば、ミゲルがどんな状況であるのかを察してくれたらしい。キラはうっすらと目元を染める。 「……ここじゃ、さすがにいやだな……」 しかし、彼の唇から出たのはこんなセリフだった。 その言葉が、何故かミゲルには『ここでなければしてもいい』と聞こえてしまう。その想像だけで、せっかく散らした劣情がまた集まってきそうなのだ。 「キラ……頼むから……」 それでは、キラを気づかれずにヘリオポリスへ帰すことができなくなってしまう。 いや、それ以前に彼を手放したくなくなってしまうのでははないか。 このまま、自分の腕の中に閉じこめてどこにも行かせたくなくなってしまう。 それで作戦が失敗したとしてもかまわないとまで考えてしまうようになっては終わりだろう、とミゲルは心の中で呟いた。 「作戦なんて、どうでもいいなんて……俺に言わせないでくれ……」 その気持ちを、素直にキラに伝える。 「そうだね……僕も同じ事を言いそうになっちゃうか」 それじゃいけないのにね、とキラも本音を教えてくれた。 「……本当にお前は……」 どうして、そんなに可愛いのか……とミゲルはため息をつく。 「本当は、一緒に来てって言いたいんだよね。トールとミリィ達には、ミゲルのことばれちゃったから……きっと、明日には他の、みんなにもばれているかな」 だから、自慢したいんだけどね……とキラは笑う。その表情もまた、信じられないくらいにかわいらしい。 「全部が終わったら……付き合ってやるよ」 その時なら、ゆっくりと時間がとれるだろう? と言えば、キラは微笑みを返してくれる。 「そうだね。そうしたら……みんなをだます必要が無くなっていればいいな」 自分がザフトの軍人であると言うことがキラにとっては一番気になるところなのだろうか。だが、そうでなければ、自分たちは出会わなかったんだよな、とミゲルは心の中で呟く。 「大丈夫だって。あの作戦さえ成功してしまえば……俺たちが勝つんだ」 だから、何も心配しなくていい、とミゲルは微笑む。それにようやくキラがほっとした表情を作ったときだった。 「キラ〜〜! どこにいるんだ?」 アスランの声が二人の耳に届く。 彼に捕まったらどうなるか。 とっさに同じ判断を下したミゲルとキラは、そのままそっとその場を離れたのだった。 「ミゲル!」 後ろ髪を引かれる思いでキラと別れて、ようやくヴェサリウスへと戻ってきた。だが、目の前の相手を見た瞬間、ミゲルはそのまま回れ右をして帰りたくなってしまう。 「……一体、いつ、キラと知り合ったんだよ、お前は……」 だが、相手がそれを許してくれるわけはない。しっかりと座りきった眼差しのまま、ミゲルの襟首を掴みあげながら、問いかけてきた。 「それを聞いて、どうするつもりなんだ?」 今更、時間を巻き戻す事はできないだろう、とミゲルは冷静に聞き返す。 「……それは……」 まさか、そう問いかけられるとは思わなかったのだろう。アスランは一瞬絶句する。だが、すぐに彼は言葉を見つけ出したらしい。 「幼なじみの心配をして、何が悪い!」 開き直ったかのようにアスランはこう口にした。 「キラのご両親の話も聞かなきゃないんだぞ!」 この言葉に、ミゲルは自分がキラの口から彼等の話を聞かされたことはない、と気づく。 しかし、それでもかまわなかったのだ。 キラの気持ちが自分に向けられてさえいれば、それだけで十分だったのだ、と。 「……それは、キラのプライベートだろうが」 彼が口にしなかったのは、きっと、何か理由があるからだ。もし、キラが話してもかまわないと思えるようになればすぐに教えてくれるとも思っていた。 それまで、待つぐらいは何でもない。 「キラが話したいと思ったら、すぐに教えてくれるだろうしな」 そうできるくらいの《特別》をミゲルはキラからもらっていたのだ。 ある意味、アスランだってそうなのだろう。 もし、今日時間があれば、アスランにだってある程度の事情を告げていたかもしれない。もっとも、彼の方が冷静に受け止められる状況にあれば、だが。 「今日、その機会を取り上げたのは、お前自身だって、自覚はあるのか?」 あんな無駄な大騒ぎをしなければ、あるいはそれなりに時間がとれたのかもしれないのだ、とミゲルは言外に告げる。 「そうは言うが……いきなりあんなところにあいつがいれば……誰だって驚く!」 昔のキラを知っていれば……とアスランは引き下がる様子を見せない。 「そんなの、関係ねぇな。俺が知っているのは、隊長の命令で出向したときからだからな」 それ以前のことを知っているとすれば、それはクルーゼ達だけだろう。 彼が自分に知らせないのであれば、今は知らなくていいことなのではないか。 「キラが知っていて欲しいことなら、俺は聞く。でなきゃ、気にしない。それがお互いのプライバシーを尊重するって事じゃないのか?」 ミゲルはこうも考えるのだ。 「どうしても知りたいっていうなら、隊長に聞きにいきゃ、いいだろう?」 知り合いなんだろう? とミゲルは口にする。その瞬間、アスランが複雑な表情を作った。 「もし、とっくに突撃して玉砕したっていうなら……あきらめるんだな」 隊長が、お前には知らせたくないと考えているのだろう、とミゲルは口にする。小さい頃のキラを知っているのであればなおさらなのではないか、とも。 「……わかった……」 それに対し、アスランは悔しげな表情で言葉を口にする。 「お前らが教えてくれないなら、勝手に調べる!」 そのまま、ミゲルの襟から手を放すとアスランはきびすを返した。 「そりゃ、お前の自由だがな……」 アスランの背中に、ミゲルは小さなため息をぶつける。 「それで、キラを追いつめるなよ?」 呟くように告げたこの言葉に、アスランは一瞬だけ足を止めた。だが、言葉は返ってこない。 「ったく……」 そんな彼の様子に、ミゲルは不安を隠せなかった。 「……やっぱり、ちょっと寂しいかな」 ヘリオポリスへ戻るシャトルの中で、キラはこう呟く。 「ミゲルが……一緒にいてくれれば良かったんだけどね」 さすがに、それを望むのは難しいだろう。彼には彼がしなければならない事があるのだから、とキラは自分に言い聞かせた。 「でも……すぐに一緒にいられるようになるよね」 今進められている作戦さえ成功すれば、とキラは口の中だけで付け加える。 その日までは我慢しなければならない。 先ほど彼からぬくもりをもらったから、きっと大丈夫だろう。きっと、この印が消える前には彼の腕の中に戻れるはずだから、と。 「でも、アスランまで一緒だったなんて……」 問題はそちらの方かもしれない。 彼が暴走をしたら、最悪の結果が導き出されるかもしれないな、とキラは過去の経験から導き出す。 たとえば、だ。 幼年学校の時に、キラがいじめられたことがあった。 それは、確かアスランと仲がいいから、という理由だったはず。 キラは、言いたい人間には好きにいわせておけばいいのに、と思っていた。そうする人間がバカなのだ、とクルーゼやフラガに教えられていたから、というのもその一因だった。 しかし、アスランはそうでなかったらしい。 キラをいじめた人間を特定すると、かなりえげつない方法で仕返しをしたらしい。どのような方法を使ったのかは、彼は決して口にしなかったし、キラも調べられなかった。 しかし、クルーゼ達の話だと、かなりえげつないものだったらしい。あるいは、あの頃校内で起こった爆発事件すら、アスランが仕掛けたものではないのか、とキラは信じている。 もちろん、その場にアスランはいなかった。 キラをいじめた者達が興味本位で行った実験がその原因だというのが事実だ。 しかし、その実験をたきつけた者が誰なのか。 そして、方法を指示したものは……あの時の状況から判断すれば一人しかいないのではないか、とキラは思う。 もっとも、アスランは当然のように否定したし、学校側も実験をした者達が失敗したのだと結論を出した。 そして、彼等は全員が転校していった。 他にも、キラがらみでアスランが手を出したらしい事件を思い出せば、両手の指だけでは足りないだろう。 「ミゲル、無事かな」 その矛先が彼だけに向けられた場合、どうなるだろうか、と不安を感じてしまうのは仕方がないことだろうか。 「……ラウ兄さんがいるから……止めてくれるとは思うけど……」 そうでなかったら、恨んでやる……とキラは心の中の面影に向かってはき出した。 「さっさと任務を終わらせて……あちらに戻らないとね」 そして、ミゲルのフォローをしないといけないか、とキラは心の中で呟く。 ミゲルの方が先輩だから立場は強いだろうが、そんなことを気にするアスランだとも思えないのだ。 「それに……ミゲルに抱きしめて欲しいしね」 それが一番安心できるから……とキラはさらに呟きを漏らす。 「ミゲル」 ずっと側にいられるようになりたいな、とキラは心の底から祈った。 しかし、事態はとんでもない状況へと転がっていく。 それがアスランが暴走した結果なのか。それともクルーゼがさらに事態を楽しもうとしたせいか、キラには判断が付かなかった。 END
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