「……出向ってねぇ……」 気軽に言ってくれるよな、うちの隊長も……とミゲルはため息をつく。 別段、出向することがいやなのではない。むしろ、自分の実力を評価してくれた、という事実が嬉しいと思う。 では、何が引っかかっているか、というと……その出向先だ。 「よりによって特務部、だっていうんだからな」 しかも、その中でも実力はダントツ。だが、正体不明、という《フラガ隊》に送り出されるとは、とミゲルは思う。 「まぁ、いいけどな」 ああ見えても、クルーゼは部下を大切にする。そんな彼が笑いながら送り出したのだ。死ぬような目にだけは遭わないだろう。忙しさで死にそうになるのはいつものことだから、と思いながら、ミゲルは周囲を見回す。 「確か……ここだと思ったんだが……」 待ち合わせの場所は……と付け加えるが、それらしき人物は見えない。 ひょっとして時間を間違えたのだろうか。 そう考えて手元の時計を確認する。だが、それは間違いなく指定された時間を指していた。 と言うことは相手が遅れているのか。 特務の相手だし、突発事態が起きていないとは限らない。だから、と思いながらそれでも改めて周囲を見回した。 「……まさか……」 木の枝からぷらんと下がっているのは紅いズボンと白いブーツを身につけた脚ではないだろうか。 と言うことは……と考えながら、ゆっくりと近づいていく。 そうすれば、その脚の持ち主はどうやら枝の上で昼寝をしているらしい、と言うことがわかった。 「……嘘だろう……」 しかも、どう見てもその人物は十代半ば――あるいは成人したばかり――に思える。 あんなオコサマが特務部の一員なのだろうか。 こんな考えを抱きながら、ミゲルは彼に歩み寄る。 そして、後数メートルで彼の顔を確認できる、と言うところまで近づいたときだ。相手が不意に体を起こす。そうすれば、小さな顔にバランスよく配置されたパーツと栗色の髪がミゲルにも確認できた。 だが、それ以上にミゲルの心を鷲掴みにしたのは、その菫色の双眸だった。 その色が、と言うこともある。 だが、それ以上にミゲルの気持ちを引き付けたのはその中に浮かんでいる光だった。 そんな光を浮かべるまで、いったいどんな道を歩んできたのだろうか。 こう考えた瞬間、ミゲルは何故か胸が痛くなるのを感じてしまう。 「ミゲル・アイマンさんですね?」 その彼の耳に、何処か舌っ足らずな甘い声が届いた。 「そうですが……貴方が?」 「フラガ隊所属、キラ・ヤマトです」 にっこりと微笑みながら、彼は体重を感じさせない動きで木の枝から飛び降りる。そして、ミゲルに向かって手を差し出してきた。 「しばらくの間ですがよろしく」 にっこりと微笑む彼の顔を見た瞬間、ミゲルはこっそりと決意をする。 任務はともかく、個人的には『しばらくの間』にしない、と。 「こちらこそ、よろしく」 自分の状況がいわゆる《一目惚れ》だというのはわかっている。それでも目の前の相手が欲しいと思えるのだから仕方がない。ミゲルはそう開き直ることにした。 同時に、ある可能性に気づいてしまう。 まさか、クルーゼは自分がこうなることを予測していたのではないか、と。 その答えは……聞くことが出来ないだろう。 ともかく、これが二人の出会いだった。 「……ずいぶんとまた……狭いんだな」 キラに導かれながら辿り着いたのは、ザフト本部の片隅にある小さな部屋だった。それが彼らの執務室なのだろうか。だが、クルーゼ隊と同じように有能な人材が集まっていると言われていると言われている隊のそれにしてはずいぶん狭い、とミゲルは思う。 「全員が集まることは滅多にないし……今は隊長も極秘任務に就いているからね」 ここにいないのだ、とキラは苦笑混じりに説明をしてくれた。 「今現在、ここを使っているのは僕だけだし……僕も任務に就けば、誰もいなくなるから」 広い部屋はもったいない、と彼は付け加える。 「そうなのか?」 「そうなの。だって、僕がいなくなれば、ここの機器は必要最低限のものを除いてロックをかけるか、初期化しちゃうしね」 だから、最低限のものだけでいい、と言うのがフラガ隊の認識らしい、と言うことはミゲルにも伝わってきた。 「なるほどな」 合理的なのか、それとも……と思わずにはいられない。だが、彼らがそれでいいというのであれば部外者が口を挟む必要はないだろう。 「でも、しばらくは俺も使わせてもらえるんだろう?」 この部屋に関しては、とミゲルは問いかけた。他の機器に関しては最初から手を付ける気はなかったが。 「まぁね。でも、ここにいる時間がどれだけあるかな」 しかし、キラはさらに苦笑を深めるとこう言い返してくる。 「どういう事?」 その笑みにいや〜〜なものを感じて、ミゲルが聞き返した。 「それに関しては……うちの隊長から聞いてくれる? そろそろ通信が入る時間だから」 キラがこう口にした瞬間である。まるでそれを待っていたかのように通信機が起動した。その事実にミゲルが反射的に視線を向けた瞬間である。 「げっ!」 マジ? と言いたくなる光景がモニターに映し出されていた。 「隊長……せめてこちらに連絡を寄越すときは、それを脱いでください、って言いませんでしたっけ?」 その光景になれているのか。キラは呆れたようにこう告げる。 『仕方がないだろう? こちらだって隙間を見て連絡を入れていたんだからさ』 妥協してくれ、とモニターの向こうで男が笑う。 「僕はいいですけどね。クルーゼ隊長からお借りした彼が驚いていますよ」 『なんだ? ラウの奴、言っていなかったのかよ。俺が地球軍に潜入しているって』 この言葉に、ミゲルは『まさか』という思いにかられる。そう言えば、地球軍にも《フラガ》という名前の男がいた。それは……と思い当たったところで、背中を冷たいものが走る。 『何を考えているのか想像が付くが……時間がない。さっさと任務の内容を伝えるぞ』 そんなミゲルに、フラガは苦笑混じりに言葉をかけてきた。だが、その内容はそんな気軽なものではない。むしろ信じられない、と言った方が良いものだ。 「地球軍がMSを開発……で、こちらがそれを奪取するというのは納得しましたが、どうして俺ですか? キラでも十分では……」 クルーゼの言葉では確か、彼はOSのスペシャリストという話だったし……とミゲルが聞き返す。 『全部で、五機、確認できているんだよ』 さすがに一人で奪取するのは不可能だろうと言われてしまえばそうかもしれない。 『それに、そいつが作るOSはな。ちょーっと規格外で、一般の連中が使えるものにならないからな』 前例があるのだ、とフラガは苦笑を浮かべながらこう言う。そうすれば、キラもさりげなく視線を泳がせていた。 『だがな。あまりに普通の連中だと奪取した後逃げ出せないだろう? だから、お前さんを呼び寄せたわけ』 と言うことで、シミュレーションに付き合ってくれ、とフラガは告げる。それは依頼ではなく命令だ、と言うことはミゲルにもわかった。 「了解しました」 素直に頷けば、モニターの中の相手は満足そうに笑う。 『それとな』 ついでというように、フラガが口を開く。 『キラに手を出すのはかまわんが……独占できるとは思うなよ?』 「はぁ?」 いったい、どうしてばれたんだ、とミゲルは内心焦る。 『それも、ラウの奴に出した条件だからな……』 彼の疑問に答えるかのようにフラガは言葉を続けた。 「って……俺が一目惚れすることも計算の内だったんですかぁ!」 その意味がわかった瞬間、ミゲルはこう叫ぶ。 『さぁな……というわけだから、キラ。好きにこき使っていいぞ』 その後のことも好きにしていい、と言われて、キラは困ったような笑みを作っている。 あるいは、自分がここでする行動ですら、彼らにとっては娯楽なのだろうか。 そんな考えに行き着いて、ミゲルは思わず頭を抱えたくなる。 「……こうなりゃ……意地でも落としてやる……」 しかし、直ぐに決意を新たにしたのだった。 「マジ、かよ……」 キラとのシミュレーションを終えたところで、ミゲルはこうぼやいてしまう。 はっきり言って、めちゃくちゃ強い。 あるいは、クルーゼと互角なのではないだろうか。 「信じらんねぇ」 あんな可愛い顔をしているくせに、えげつないまでの攻撃の仕方をするなんて……とミゲルは呟く。それすらも、クルーゼに似ているような気がするのはミゲルの錯覚だろうか。 「何が?」 そんなミゲルの耳にキラの声が届く。 「何で、あんなに隊長に似た動きをするんだよ、お前は……って思っただけだ」 下手に誤解をされても困る。そう判断して、ミゲルは素直に思っていることを口にする。 「ふぅん……さすがはクルーゼ隊長のお薦めだけはあるね、貴方は」 それをどう受け止めたのか。キラはこんなセリフを返してくる。 「キラ?」 「見かけと年齢がこうだからね、僕は。だから、弱いと思われることが多いんだよ。もっとも、その方が特務にはいいんだろうけど」 相手が侮ってくれるから、とキラは笑う。 「同じザフトの一員に、バカが多いって言うのは問題だよな」 つまり、そう言うことなのだろう、とミゲルはキラを見つめる。 「そう言うこと。だから、そういう人たちには丁寧にお帰り頂いたけど」 彼の言葉の裏に隠されている意味を、的確に受け止めて、ミゲルは笑う。 「いいんじゃねぇ? 必要ないだろう、そういう連中は」 どんなに実力があっても、相手を侮っていては意味がないだろう、とミゲルは考えている。そういう連中は、相手がナチュラルでもあっさりと落とされるに決まっている、とも。 「やっぱり、希望通りの人だね、ミゲルは」 キラは笑みを深めると嬉しそうにこういった。 「ともかく、今日はこれまで、かな? だいたい癖がわかったから、明日からはあれこれして貰うことにして、鋭気を養ってきて貰おうかな?」 僕もそろそろ帰るから、とキラは付け加える。 これはチャンスだ、とミゲルの中で囁く声がした。 「なら、一緒に帰らないか? 送るから」 「どうしようかな?」 この言葉に、キラはまんざらでもないような表情を浮かべる。これはもう一押しか、と判断をして、 「そうしておくとさ。後々、都合が良いかもしれないだろう?」 とさらに言葉を重ねた。 「そう、かもね、うん」 言われてみれば、とキラは笑う。 「と言うわけで、ご一緒させてください」 言葉と共に、ミゲルはキラを自分のエレカへと案内をした。 そのまま、キラを自宅に送って……あわよくば……と思っていたのだが。 「……ここって……」 別の意味でよく知っている場所だった。 「居候中なんだよね〜〜」 笑いをこらえられない、という口調でキラは言葉を返す。 「自宅があっても、滅多にいないし。かえって不便なんだよね」 知り合いの所に転がり込むのが一番いい。そう言ってキラはさらに笑みを深める。 その理屈はわかる。わかるのだが…… 「ひょっとして、俺、遊ばれているのか……」 誰に、とは言えない。それでも、キラにはしっかりと伝わったようだ。 「いろいろとがんばってね」 言葉と共に彼は小さなキスを頬に送ってくれる。 その意図にますます悩んでしまうミゲルだった。 それにしても、こういう状況になるとは思わなかった。 というよりも、はっきり言って逃げ出したい。 「……まさか、自宅でも仮面を付けているなんて……」 しかも、私服の上に。その状況に、ミゲルは笑いを堪えるのに精一杯だった。本当であれば、キラに自分の有能さをあれこれ見せつけたい、と思っていたのに……と。 「いや、普段は外しているが……君がいるのでね」 キラともう一人であれば素顔を見せてもかまわないが、さすがに部下の一人だけを特別扱いするわけにはいかないだろう。彼は笑いながらこう告げる。 「……やっぱり、俺はオモチャですか……隊長……」 楽しんでいるでしょう、現状を……と付け加えれば、 「それ以外に何がある、と思っていたのかね、君は」 あっさりとこう言い返されてしまった。 「こうもあっさりと予定通りの行動を取ってくれた君には感心しているがね。それとも、この場合、感心すべきは……そうなるであることを予想していた私の方だろうか」 どちらだと思うかね? と聞かれても答えを返せるわけはない。というよりも、返したくない、と思うのは気のせいだろうか。 それでも、言葉を返さないわけにはいかないだろう。 「どちらにしても、僕としてはありがたいですよ。予定通りのデーターが取れそうですから」 しかし、どう返すべきか……と悩んでいたときだ。まるで助け船を出してくれるかのようにキラの声が二人の耳に届いた。 「それなら、推薦した甲斐があったかな?」 少なくともキラが納得してくれたのなら、とクルーゼは満足そうに頷いている。 「もっとも、別方面に関しては、二人の望み通りに行くかどうかは知りませんよ」 「わかっているとも。それに関しては、お前の意見を最大限優先する。私だけではなくムウも同じ意見だ」 それがわかっているからこそ、ムウが釘を刺していたはずだしな、とクルーゼは笑う。 「……やっぱ、俺、遊ばれているのか……」 隊長二人に……とミゲルはため息をつく。 「何。それも君を信頼しているからこそ、だよ。でなければ、最初からムウがたたきつぶしているはずだ」 自分たちにとって、キラはそれだけ大切な存在なのだから、とクルーゼは言い切る。 「……あのね……」 「本当のことだろう? でなければ、お前をここに呼ばんよ、私も」 まして、一緒に暮らすなどできない、とクルーゼは微笑んだ。その表情は本当に優しいものだ。 「……本当に、隊長ですか……」 はっきり言って、信じられない。失礼とは思うが、ついついこう呟いてしまった。 「僕にとっては、これが普通なんだけど」 それに対し、キラは苦笑と共に言葉をかけてくる。そして、さりげない仕草でミゲルの隣に腰を下ろす。 「でも、よっぽどラウ兄さんに気に入られているんだね。普段の姿をさらしているって事は」 でなければ、例え自宅でも隊長としての態度を崩さないのだ、彼は……とキラは教えてくれる。 「そうなんだ」 この口調は、少しでも親近感を抱いていてくれるからだろうか。 それは、自分の気持ちに望みがある、と考えてもいいのだろうかとミゲルは心の中で付け加える。 彼らが手の内を証してくれている、と言うことは、それだけ自分たちを応援してくれている、と言うことだろうか。つまりそれは、クルーゼ達の思惑にのせられているのかもしれないが、それがどうした、と思うのだ。 大切なのは、自分が彼を好きになった、という事実だけだろう。 はっきり言って、開き直りかもしれない。 だが、邪魔をされないなら、本気でアタックをするだけだ、と心の中で呟く。 「明日から、がんばらないとな」 思わず自分の考えを口にしてしまった。 「期待しているからね」 それが耳に届いたのだろう。キラがこう言葉を返してくる。 「当たり前だって!」 いろいろとな、という言葉は飲み込んで、ミゲルは満面の笑みをキラに向けた。 「……どうだった?」 シミュレーターから上半身だけを覗かせながら、ミゲルはこう問いかける。 「うん。いいデーターが取れたよ」 そうすれば、にこやかな表情でキラは言葉を返してきた。 「シグーもこれで何とかなるかな……後は、最大の課題だね」 データーだけしかない状況で、何処までOSを煮詰められるだろうか。キラは眉を寄せながらこう呟く。 「本当は、その機体が手元にあればいいんだろうけどね」 機体さえ手元にあれば、確実なものが作り出せるのに……と本当に悔しそうな口調で彼は告げた。それは、キラの開発者としての矜持が言わせたセリフだろうか。 「ともかく、俺達が動かせればいいんだろう?」 そうできれば、後はゆっくりと調整できるんだし……とミゲルはことさら明るい口調でこういう。 「俺が呼び出されたって事は、うちの隊がその役目を担うってことだろうし、だから、お前もうちの連中と顔を合わせているんだろう?」 違うのか、とさらに言葉を重ねれば、 「そうなんだと思うよ。うちの隊長の顔を知っている人といえば、クルーゼ隊長だろうし」 でなければ、間違いなく現状では戻ってきた瞬間、良くて捕縛、悪ければ射殺されかねない。 「……でも、そのクルーゼ隊長も、今ひとつ信用できないしね……」 あの人は、冗談と言ってとんでもないことをやらかすから……とキラはため息をついてみせる。 「あ〜〜、言われてみればそうだな」 クルーゼなら気分で何をやらかすかわからない。さすがに、任務に関してそんな気まぐれを起こしたことはないが、それ以外のことではあちらこちらに被害を及ぼしているのだ。 いや、被害を被っているのはミゲルとアデス、それにおまけのゼルマンだけかもしれない。だからこそ、彼はザフトでも名将の一人に数えられているのだ。 「と言うことは……それまでに俺かお前が隊長の側にいなければいけないわけだな」 どちらかが側にいれば、クルーゼのおふざけを止めることができるだろう、とミゲルは笑う。 「そうだね。そうすればいいか」 もっとも、それはそれで難しそうだけど……とキラはため息をつく。 「キラが無理なら、俺が何とかするからさ。安心してくれって」 な、っとミゲルは笑みを深めると口にした。 「体を張ってでも隊長を止めるからさ」 少しでも良い印象を与えておかないと、とミゲルは心の中で付け加える。そんな自分を、キラが少しでも好きになってくれればいい、とも思う。 「……無理はしないでくださいね。いざとなったら、隊長が隊長であることを告げてくださればいいですから」 そうすれば、後は本人が何とかするだろう、とキラは付け加える。 「そんなことで、ミゲルさんが怪我をする必要はありませんし」 ねっ、とキラは凶悪なまでに可愛らしい表情で小首をかしげて見せた。 「キラがそういうなら……そうしておくさ」 このまま、あの唇にキスしたい。そんなことを考えながらも、ミゲルは自分の考えを表情に出さないように必死に押し隠す。 「それよりも、次はどうするんだ?」 まだすることがあるんだろう? とミゲルはキラに次の指示を求める。 「そうですね……手元にあるデーターをシミュレーターに入れなければいけないので……ミゲルさんの仕事は今日はないかと……」 後は自分の仕事だ、とキラは手元のファイルに視線を落としながら言葉を口にした。 「そっか……なら、ドリンクでも貰ってきてやるよ。その後は、適当にそこいらで仮眠しているから、終わったら起こしてくれ。飯を一緒に食おうぜ」 家に帰ってもすることがないし、と付け加えれば、キラは小首をかしげる。 「でも……」 「第一、さ。下手に早く上がれば、隊長に呼び出される」 でなければ、他の連中か。結局はクルーゼの尻ぬぐいだ、と笑えばキラは納得したらしい。 「……ご苦労様……」 そして苦笑と共にこう言ってくれる。 「じゃ、何がいい?」 するりっとシミュレーターから抜け出しながら、ミゲルはキラに問いかけた。 「……ココア、を……甘いものが欲しいので」 「了解」 言葉と共にミゲルがキラの脇をすり抜けようとする。その時だ。 「ミゲルさん」 不意に何かを思いついた、と言うような口調でキラが呼びかけてくる。 「何だ?」 立ち止まってキラの方に体を傾ける。次の瞬間、何か柔らかいものがミゲルの頬をかすめた。それがキラの唇だ、と認識できたのは、歩き出してからのことだった。 フラガから地球軍が開発したMSのデーターが届いたのは、それからすぐのことだった。 「しっかしまぁ……こんなのを、本気でナチュラルに使わせるつもりなのか、あいつらは」 それ以前に、これを扱えると思っているのか……とミゲルはため息をつく。 「開発の人間なんて、そんなもんだよ」 そんな彼に対し、キラは苦笑を返してくる。 「ラウ兄……じゃなくて、クルーゼ隊長がおっしゃっていたもの。ジンも開発当初はものすごいものだったって」 確かにあのOSはね……とキラは付け加える。 「そうなのか?」 「あぁ、見たことがなかったんだ。保存してあるけど、見る?」 それとも、シミュレーターに入れてあげようか、とキラは苦笑と共に付けた。 「興味はあるが……あぁ、これとの比較すれば、連中がいつの頃のものを元に開発をし始めたのかがわかるか」 何気なく口にしたセリフに、キラは一瞬目を丸くする。 「そうか……そういう手段があったんだ……」 この呟きから、彼がそれをを思いつかなかったのだ、とミゲルは理解をした。あるいは、OSの開発だけに意識が向いていたからかもしれない。 「確か……ジンのOSは全部のバージョンを保存してあったはず……」 ぶつぶつと呟きながらキラは自分の思考の中に沈み込んでしまう。 「もしも〜し?」 それは仕事熱心でいいのだが、自分がいることを忘れないで欲しい……とミゲルは思わずこう言ってしまった。 「あっ、ゴメン」 そうすれば、キラは慌てて視線を向けてくる。 「いいんだけどさ。そっちの方は手を出さない方が良いってわかっているし」 キラの真剣な横顔はそそってくれるし……と冗談めかして付け加えれば、キラの頬が真っ赤に染まった。 「ミゲルさん!」 そして、抗議の言葉を口にする。 「好きな相手がいれば、それが普通のことだろう?」 自分はキラに一目惚れをしたんだし……とミゲルは胸を張って言い返す。 「何なんですか、それは……」 信じられない、とキラはミゲルを見つめてきた。 「そういうものなんだって」 信じられなかったとしても、とミゲルは笑うと手を伸ばしてキラの頬に触れる。 「好きな相手が直ぐ側にいたら、どんなときだってどきどきして、良いところを見せたいって思うし……それと同じくらい押し倒したいって思うんだよな」 前者はともかく後者はまだ自分には権利がないことはわかっているが……と囁く。 「……本当に、僕の何処がいいんだろうね、ミゲルさんは」 キラが吐息と共にこう告げる。 「兄さん達のお眼鏡にかなったのだから、レベルとしては上なんだと思うけど……僕が釣り合うかどうか、わからないのに」 あの二人も妙なところで過保護だから……とキラはさらに付け加えた。 「あのな……釣り合う、釣り合わないなんて言うのは、関係ないんだって。ようは、お互いの気持ちだろう?」 だからさ……とミゲルは苦笑を浮かべる。 「お試し期間……って言うのをくれれば嬉しいな」 今までのことで、自分のことはわかってもらえたと思うが、もう少しな……とさらに付け加えれば、キラはどうしようかというように小首をかしげた。 「最後までは付きあえって言わないからさ」 ただ、仕事以外の時間もちょっと自分のために割いてくれればいい。この言葉に、キラはしっかりと頷いて見せた。 何だかんだ言いくるめたような気はしないわけではない。 それでも、せっかくだから、と言うことで二人そろって取った休暇を一緒に過ごすことにした。 「ゲームセンター……いや、この場合、定番なのはテーマパークの方かな?」 確か、最近、新しいコースターが出来たっていうはなしを聞いたばかりだし、とミゲルは心の中で呟く。 「……どちらにしても、キラと一緒にいられるなら、楽しいだろうけどな」 結局はそこに結論が行き着いてしまうのか……とミゲルは苦笑を浮かべた。実際に、あんな無機質で無骨としか言いようがない場所ですら、キラと一緒にいられるのであれば天国みたいだし……と彼は付け加える。 「ミゲル!」 その時だ。彼の耳に、柔らかな声が届いた。視線を向ければ、とうてい軍人とは思えない可愛らしい少年の姿が確認できる。 「ここだ、キラ」 軽く手を挙げて合図をすれば、キラは真っ直ぐにミゲルの元へ駆け寄って来た。 「ゴメン、遅れた?」 軽く息を弾ませたまま、キラはミゲルの側に立ち止まる。 「いや。俺が早く来すぎただけ」 キラとのデートが嬉しくて……とミゲルは彼の耳元で囁く。 「……ミゲル、それって……」 「冗談じゃなくて、本音だから」 くすくすと笑いながら、ミゲルは素早くキラの頬にキスを送った。そして、そのまま彼の手を取ると駐車していたエレカへと案内をする。 「ミゲル……人前で……」 ようやくミゲルが何をしたのかわかったのだろう。微かな怒りを滲ませてキラがこう言ってくる。 「かまわないだろう? このくらいは。誰も見ていないし」 というよりも、この程度ぐらいであれば、結構あちらこちらで見かける光景だ。だから、とミゲルは微笑む。 「本当はもっと濃厚なのをしてやりたい気持ちだったんだけどな。真っ直ぐに俺の所に走ってきたキラが可愛すぎて」 そして、言葉をさらに重ねれば、キラは驚いたように目を丸くしている。 「ミゲル!」 だが、それは直ぐに怒りに代わったらしい。だが、それもミゲルには楽しいものだ。 「お前って、結構突発事項に弱い?」 さらに笑いを深めながら、ミゲルはこう問いかけた。 「任務なら、対処できるよ……」 普通に、と彼は悔しそうにい返してくる。 「だから、今日俺とこうしてくれているのは、プライベートなんだろう?」 それならそれでいいんだって……とミゲルはさらに笑みを深めた。 「そういうキラを見たかったんだし……俺に関しては気を許してくれているってことだろうしな」 こう言いながら、ミゲルはエレカの助手席に乗るよう、キラを促す。 「だって……ミゲルは友達だろう?」 それ以上の関係になれるかどうかはまだわからないが、とキラは付け加えてきた。 「それに関しては、精一杯がんばらせて頂きますって……とりあえずは今日かな?」 新作コースターがあるテーマパークでいいよな? とミゲルはキラに問いかける。その瞬間、彼の表情がいきなり明るくなった。 「そんなの、出来たんだ」 「そ。うちの弟が楽しんできたらしいんだよな。俺でも楽しめそうだから、と言っていたからさ」 キラでも楽しめるだろうとミゲルは付け加える。 「やった! ラウ兄さんだと、連れて行ってくれないんだよね。一人で行っても、あそこは面白くないし」 やっぱり、一緒に楽しんでもらえる人といかないとね……とキラは明るい口調で告げた。 しかし、とミゲルは思う。 「隊長とテーマパーク……似合わない……」 あの仮面を付けたまま、コースターの最前列でバンザイをしているクルーゼを想像して、思わずこうぼやいてしまうミゲルだった。 あの日から、微妙にキラとの距離が近づいたような気がする。 それはとても喜ばしい。というより、それがねらいだったのだから文句を言うつもりもない。ないのだが…… 「これって、嫌がらせかよ」 そう言いたくなったのは、なぜか、クルーゼ隊の書類が、ミゲルの前で山を作っているからだ。もちろん、嫌がらせの相手が誰か、と言えばクルーゼに決まっている。 「……じゃないと思うよ……」 それと格闘をしているミゲル脇で、何かプログラムを作っていたキラがこう口にした。 「って言うと?」 「どうやら、僕の方も動かなければいけないようだし……その関係で、あちらこちらでごたごたしているらしいよ」 この言葉に、ミゲルは思いきり眉を寄せた。 「……って言うと?」 嫌な予感、と言うものほどよく当たる。それは戦場にいなくてもわかるものだ。だが、この予感だけは当たってほしくない、とミゲルは心の中で呟く。 「今まであれを作っていた工場が空になっていたんだって」 だが、キラはそんなミゲルの気持ちに気づかないのか、淡々と言葉を口にし始める。 「でも、あそこから出て行ったそれらしき船はないし……うちの隊長もその手の話題を耳にしていないらしいから」 きっと、あそこの内部で移動をしただけだろう。あるいは、今までの施設では設備が足りなくなったか。どちらにしても、現地に行かなければ確認が難しいのではないか、とキラは付け加える。 「……って言うことは……」 「僕の予定が早まった、って事かな?」 元々、あちらに行って最終チェックを行う予定だったのだ、キラは。だが、それはほぼ自分たちが動くときと同時期で……だからこそ、安心して手順を踏んでいられた、と言うのが事実なのだ。 だが、自分の前からキラがいなくなるのであれば、そう悠長なことをいっていられない。 「マジかよ……」 ようやく、第一段階をクリアしたばかりなのに……とミゲルは呟く。 「ごめんね」 そんな彼の言葉をしっかりと聞きつけたのだろう。キラが謝罪の言葉を口にしてきた。 「お前のせいじゃないだろう? 軍人である以上、それは予想しておくべき事柄だったんだ……」 だから仕方がない、とミゲルは眉を寄せる。 「ただ、俺個人説いては、ものすごく残念だ、としか言いようがないけどな……お前を手に入れられなかったことが……」 もう少しだと思っていたのは、俺の気のせいじゃないよな? とミゲルは小さな声で付け加える。そうすれば、キラは一瞬ためらったものの、小さくうなずいてくれた。 と言うことは、望みがあったのか……とミゲルは本気で思う。 「……まぁ、ぎりぎりまでがんばらせてもらうけどな」 どのような状態になったとしても、自分からキラをあきらめるつもりはないのだ。だから、さらに努力をしなければいけないのではないか、とミゲルは心の中で付け加える。 「そう、だね……中途半端な関係のまま別れるのはいやだもんね」 何か、過去にそんな体験があるのだろうか。キラがこんなセリフを口にする。 「……そのときまでには、結論が出せるといいな」 さらにキラはこう付け加えた。 「それが……俺にとってうれしい結論だと、一番うれしいけどな」 こう口にしながら、ミゲルはゆっくりと立ち上がる。そして、キラの顔が直接のぞき込める場所まで歩み寄った。 「まぁ、だめならだめで、また努力させて頂くだけですけど」 あきらめる気はないからな。 ミゲルがこう宣言をすれば、キラはどこかうれしそうに笑って見せた。 とはいうものの、気持ちばかりが空回りしているような気がしてならない。それは、時間が限られていると言うことももちろん関係しているだろう。 それでも、キラの前では極力平静を保っていた。それがミゲルの意地であると同時に、キラによけいな気遣いをさせないためでもあった。 「……キラ……」 おそらく、これでとりあえずOSは完成だろう。シミュレーションを終えて、ミゲルはそう判断をする。 「後は、実際の機体に乗せてみないとね……」 同じ事をキラも考えていたらしい。こう呟く。その口調がどこか、寂しげだと思うのはミゲルの気のせいだろうか。 「って事は、俺はそろそろお役ご免だな」 そうなれば、自分がキラのそばにいる理由もなくなるだろう。そろそろ、クルーゼの方もまた忙しくなる時期だろうし、とミゲルは心の中でため息をついた。 こう考えれば、今すぐにでも行動に出たくなる。 「……本当は……」 その思いを必死に押し殺しているミゲルの耳にキラの声が届く。 「この時間が、いつまでも続いてくれるとうれしかったんだけど……」 さすがに、軍人である以上、そうも言っていられないよね……と彼は呟いた。 「……キラ……」 それは一体どういう意味なのだろうか。 「ミゲルは有能だから……僕のそばだけに縛り付けておいちゃいけないんだよね」 さらに付け加えられた言葉は、ミゲルの思いそのままなのだろうか。 それともそうではないのか。 確認しようと思っても、それは声にはならない。 もし間違っていたなら、自分は完全に立ち直れなくなってしまいそうで怖い、と思う。 同時に、こんな気持ちは初めてだ、とも。 「キラ、それは……」 それでも、確認しないわけにはいかない、と言う気持ちの方が強かったのか。無意識のうちにこんなセリフがミゲルの唇から飛び出す。 「ミゲルにそばにいてほしいと思う。ラウ兄さん達とは違った意味で……でも、それが恋なのかどうか、わからないんだ……」 今までの時間が楽しかったからだけかもしれないし……とキラは視線を落とす。 その仕草は、初めて見るものかもしれない。 こう思った次の瞬間、ミゲルはキラの体を抱きしめていた。 「それでも、俺には十分だよ……」 少なくとも、キラが自分を特別だと思ってくれている証拠なのだろうから。 「どんな理由からでも、俺のそばにいたいって思ってくれているんだろう?」 だったら、それを恋愛に導いていけばいいのだから、とミゲルは思う。 「……ミゲル、僕は……」 「とりあえず、まだ時間はあるんだ……少しでも、その答えを見つけような」 その前に、キスしていいか……とミゲルは問いかける。それに、キラは小さくうなずいて見せた。 「好きだぞ、キラ」 そんな彼に刷り込むかのようにミゲルはこう囁く。そして、そのまま唇を重ねた。 「んっ……」 普段は重ねるだけだったそれを、もう少し濃厚なものへと変化させる。 それをどう感じたのだろうか。 キラの手がミゲルの制服の裾を握りしめてくる。そんな仕草すら愛しいとミゲルは感じていた。 キラの唇は甘いような気がする。 次第に短くなっていく残り時間と反比例するかのようにミゲルは多くのキスをキラに送った。 そして、キラも必死にそれを受け止めてくれている。 この事実が、ミゲルにはうれしかった。 あるいは、このまま事を進めてもキラは受け入れてくれたかもしれない。だが、それでは意味がないのだ、とミゲルは必死に自分を押しとどめていた。 欲しいのはキラの体だけではない。 そして、一時の錯覚でもないのだ。 だから……と思いながら、それでもキスだけはやめられない。いや、それだけで終われないのが実情だ。 「……矛盾しているよな、我ながら……」 それでもまだ、最後の一線までは越えていない。 これを免罪符にできるかとは思わないが……と考えながら、ミゲルはポケットからたばこを取り出した。そしてその中の一本を口にくわえる。 「本当、落ち着かないと……」 いつ、我慢ができなくなってしまうだろうか。そう思いながらライターを取り出そうとする。しかし、何故かポケットの中にはそれが見つからない。 「……んぅっ?」 一体どこにおいてきたのだろうか。いや、どこに落としてきたのか、と言った方がいいのか。 ぼうっとしていて他のポケットにつっこんで忘れているだけならいいが……と思いながら、ミゲルはとりあえずすべてのポケットを確認した。だが、予想通り見つからない。 「参ったな……」 一服しに来たのに、一服できないじゃないか……とミゲルがぼやいたときだ。 「捜し物は、これ?」 言葉とともに愛用のライターが差し出される。 それよりも、ミゲルにはそれを持ってきた相手の方が気になってしまう。 「……キラ……」 たばこの煙が苦手な彼が、ここまで来るとは思わなかった。それがその理由だ。 「落ちてたから……ないと困るかなって思って……」 そんなミゲルに向かって、キラは少しはにかんだような表情でこう告げる。 「そうか……ありがとう。助かったぜ」 自分のために、苦手なたばこの煙とにおいが染みついているここに来てくれたのか、と思えばうれしいに決まっているだろう。 恋人同士であれば即座に抱きしめてキスをしてやりたいところだ。 だが、自分たちの関係はそこまで進んでいると言っていいのだろうか。 「ミゲルって……実は結構我慢していた? 僕の前で、たばこを吸うの」 「……っていうか、お前、苦手だろう?」 だからさ、とミゲルが言えば、キラは目を丸くする。 「そう言われたの初めてだ。みんな、気にしないですう人ばかりだったから……」 フラガなんて、部屋の中を煙りだらけにしても気にしない人間だ、とキラは付け加えた。その口調が可愛らしい、と思う。 「そりゃ、単にお前をかわいいと思っている連中と、惚れている俺との違いだろう?」 さらり、とこう告げた瞬間、キラの頬が真っ赤に染まる。 「ミゲル、あのね……」 キラは慌てたように言葉を口にし始めた。 「僕も……ミゲルに、かわいいって言ってもらえるのは好きだよ……」 それに、触られるのもいやじゃない……とキラは呟くように口にする。 「兄さん達に感じている《好き》とは違う《好き》だっていうのもわかっているけど……」 それが何という感情なのか、わからない……とキラは付け加えた。 「お前なぁ……」 本気でつけ込むぞ、とミゲルは呟く。 「ミゲルなら、いいかもしれないね……少なくとも、兄さん達の嫌がらせを受けても逃げないでしょう?」 彼らの本性を知っていながらも、こうして自分にかまってくれる相手は貴重なのだ、とキラは呟く。 「……それって……」 微妙な理由だな……とミゲルは思う。だが、それで今までも逃げられたのであれば、仕方がないのだろうか、とも。だから、あんな曖昧なセリフを口にしたのだろうか、彼は。 「隊長も罪作りな……」 だが、その程度であきらめるような奴にキラがかっさらわれなくてよかった、とも思う。 「……ミゲル?」 そんなミゲルの前で、キラが小首をかしげていた。どうやら、ミゲルもこれで離れていくかもしれない、と思っているらしい。 「じゃ、遠慮なく、つけ込ませてもらおうか」 愛しているぞ、と囁きながら、ミゲルはキラの唇を自分のそれで塞いだ。 「ん……んんっ……」 あわせられた唇の間から、キラの甘い声がこぼれ落ちている。もっとも、ここまでは今までも耳にしたことがあるものだ。 「あっ、何?」 だが、これから先に待っているものが何であるのか、キラは知らないだろう。 「何って、俺がしていることだろう?」 キラを傷つけたりしないから……とミゲルはその頬にキスを送りながら、囁いた。 「……でも……」 それでも不安を隠せない、と言うようにキラがミゲルの服を握りしめる。その仕草から、本気で何も知らないのだ……とミゲルは判断をした。それはとても喜ばしいことだ、とも思う。 別段、バージンをありがたがるような趣味はない。 それでも、好きな相手の初めての時を、自分が手に入れられると言うことは何にも変えられない価値があると思う。 「大丈夫だから……な?」 俺に任せておけ……とミゲルはさらに言葉を重ねる。 「……んっ……」 小さくうなずいてみせるものの、キラの表情から恐怖が消えることはない。それは仕方がないだろう、とミゲルは思う。未知の事柄に関しては、誰でも恐怖を覚えるものだから、と。 「イイコだな」 それならば、自分のテクニックでさっさと理性を手放させてしまえばいいだろう。 そう判断をしてミゲルはさらに刺激を強めていく。 今まで指先で転がしていたせいで、充血をしている場所に唇を落とす。 「ひぁっ!」 それだけでキラの体が大きくはねる。どうやら、そこで感じることすら信じられないらしい。 「気持ち、いいだろう?」 ここで感じてもいいのだ、とミゲルはキラに教え込むように囁く。だから、素直に快感に身をゆだねて欲しいと。 「僕……おかしく、ないの?」 「それでいいんだよ……お前が感じてくれていれば、俺もいいんだから」 ほら、と言いながら、ミゲルはキラの手首を掴む。そして、そのままそれを自分の股間へと導いた。 そこは既にきついと訴えている。 「……大きい……」 キラが信じられないというようにこう呟く。 「お前が欲しいからに決まっているだろう?」 そして、キラの反応が可愛いから、と胸から唇を離すことなく囁いてやる。 「やぁっ!」 その瞬間、軽くかんでしまったのだろうか。その刺激がいやだというようにキラは大きくのけぞった。しかし、それは逆にミゲルに胸を突き出してしまう。 「本当に、いやなのか?」 キラのここも熱いぞ、とミゲルはキラの手首を解放すると彼の中心へと触れた。そこはミゲルのそれにも劣らないくらい、それは熱を帯びている。 「……し、らない……」 その事実を指摘されることが恥ずかしいのだろうか。キラは首を左右に振っている。柔らかな髪がそのたびに大きく弧を描いた。 「いいんだよ、それで……お前も、俺が好きだからこうなっているんだろう?」 だからな……と言いながら、ミゲルはそうっとキラの前をくつろげてやる。そして、そのままそこに直接触れた。 「あっ……あぁぁぁぁっ!」 次の瞬間、キラは甘い声を漏らす。そのまま、彼の体は大きく身震いをした。 「……ぁっ……」 自分が達してしまったことが信じられないのだろう。キラは呆然とした表情のままミゲルを見つけてくる。 「気持ちよかったようだな」 いいんだよ、とミゲルは彼に笑いかけた。 「ただ、今度は、俺と一緒にな?」 すぐにまたよくしてやるから……と付け加えると、ミゲルはキラから服をはぎ取っていく。そして、うっすらと汗ばんでいる肌にキスを落としていった。 「……んっ……んっ、くぅ……」 うめき声を上げながら、キラは体の下に敷かれたミゲルの軍服に爪を立てている。 「キラ……力を抜いてくれ……な?」 つらいのはわかっている。そこは元々受け入れる場所ではないのだから。 それでも、自分はキラを感じたいし、キラに自分を刻みつけたいと思ってしまう。 キラにとって、自分が特別だと感じたいのかもしれない、と思いながらもミゲルは奥へと舌を伸ばす。 「やぁっ!」 そこに触れた瞬間、キラが逃げようとするかのように体を前にずらそうとした。もっとも、それはミゲルの手によって遮られたが。 「キラ?」 今までそんなそぶりを見せなかったのに、と思いながらミゲルは彼に声をかける。 「やだ……汚い……」 だから、やめて……とキラは鳴きそうな声で告げた。その声に含まれた羞恥心を耳にした瞬間、ミゲルはぞくぞくっとしたものが背筋を駆け抜けていくのを感じる。 それは間違いなく快感だろう。 「汚くなんかないさ」 と言うよりも、キラに汚いところなんてない。ミゲルはそう言いながらさらに一本指を増やす。 「あぁっ!」 びくんっとキラの腰がうねる。 「痛くないだろう?」 な、とミゲルは囁く。それは、キラにこれが《快感》なのだ、教え込みたいと思っているからかもしれない。 「ほら」 こう囁くと、ミゲルは既に探り当ててあったキラの弱みを指先でひっかく。 「あぁぁぁっ!」 それだけで、キラの背は大きくのけぞった。そして、ミゲルの手の中にあった彼の欲望もまたさらに大きさを増す。 「ほら、な」 いいだろう、と付け加えると、目の前の丸みにキスを落とした。 「……んぁっ……」 その瞬間、キラは小さく胴震いをする。同時に、ミゲルの指を締め付けていた場所から力が抜ける。 「イイコだ」 うまく力が抜けたじゃないか……と言いながら、ゆっくりと指をうごめかす。 「あっ……あんっ、んんっ……」 再びキラの唇から甘い声がこぼれ落ちる。今度は締め付けられることはない。 「……これなら、大丈夫か……」 既にミゲル自身も高ぶっていた。早く、キラの内に入りたいとそれは主張をしている。 「痛かったら……すまん……」 本当ならもう少しならしてやりたいとは思う。 だが、そこまでの余裕が自分にはないのだ。 謝罪の言葉を口にしながら、ミゲルはそっとキラの内から指を引き抜く。 「……ぁっ……」 体を震わせながら、キラが小さな声を漏らす。それすらも、ミゲルの劣情を煽ってくれる。 「そのまま、力を抜いていてくれよ……」 祈るようにミゲルはこう口にした。もっとも、それがキラの耳に届いていたかどうかまではわからない。だが、それでもかまわないか、と思いながら、自分の欲望を解かした場所へを押し当てた。 「好きだぞ、キラ……」 言葉とともにミゲルはそこに滑り込む。 「ひっ……ひぁぁぁぁぁっ!」 ミゲルの圧倒的とも言える質量がキラを苦しめているのだろう。彼の口から悲鳴が飛び出す。 「……すまん、やめてやれない……」 ミゲルは言葉とともに強引に根本まで飲み込ませる。 「ミ……ゲル……」 「お前の中は気持ちいいな、キラ」 苦しげに息をつくキラの耳元でミゲルはこう囁いてやった。そうすれば、彼はうっすらと微笑みを浮かべる。そんな彼がいとおしくて、ミゲルはその頬にキスを送ってやった。 それからも、二人は残された短い時間を少しでも有効に使おうとしていた。それは仕事だけではなく、プライベートな面もあったことは否定しない。 それはある意味、充実をした日々だった。 「それはいいんだがな」 と言うよりも望むところだ、と思う。しかし、これは違うだろう……とミゲルはため息をついた。 「どうしたの、ミゲル?」 書類から顔を上げるとキラが問いかけてくる。 「……俺って、まだ、出向期間中なんだよな?」 ミゲルは思わずキラにこう聞き返してしまった。 「そのはずだけど。どうかしたの?」 ミゲルの言葉に、キラは小首をかしげてみせる。 「いや……何故か、クルーゼ隊の書類までこっちに回されてきているからさ……」 それも、本来であればクルーゼが決済をしなければいけないものまで……とミゲルはため息をついた。 「……ばれたからかな……」 一瞬ためらった後、キラはこう呟く。 「ばれた?」 何が、とミゲルは聞き返す。 「だから……」 言葉とともにキラが頬をうっすらと赤らめた。その表情でミゲルはキラが何を言いたいのかわかってしまう。 「……ばれたのね、俺がお前を手に入れたことが……」 クルーゼに、とミゲルは理解をした。そして、これは自分に対する嫌がらせなのだろう。 「これでへこむようなら、認める気はないってことなんだろうな」 認められないだけならまだしも、全力で邪魔をされそうな気がする。キラほどではないが、ミゲルにしてもクルーゼの性格はそれなりに知っているのだ。そして、そう言うことを平気でやりそうなのが彼だったりする。 「……そんな可愛らしい考えじゃないと思う……」 しかし、キラはミゲルの考えをあっさりと否定してくれた。 「単に、自分の仕事が増えて厄介だから、とりあえず暇そうで信頼できる相手に押しつけているだけだって」 思うんだけど……とキラは呟く。それは、つまり自分がそうだ、ということか、と考えて、ミゲルは思わずため息をついてしまう。 「信頼してもらえるのはうれしいんだけどな」 だからといって、遊ばれるのはうれしくない。特に、キラとのことでは……とミゲルは心の中で付け加えた。 「でも……面と向かって反対されるよりはいいと思う」 彼もまた大切な家族だから……とキラは呟く。 「そうだな……」 彼が本気で邪魔をするようであれば、こんなものではすまないだろう。その事実はミゲルも知っていた。 だから、これは本当に嫌がらせの域なのだろう。 それとも、単に面倒だから回しているのか。 「……それがわからないから、厄介なんだよな、隊長の場合……」 「兄さんの好意は……ひねくれているから……」 だから、どうしてそういう事を言って追い打ちをかけてくれるんだ……とミゲルは思う。それでも、キラにしてみればそんなクルーゼが普通なのだろうが。 「じゃ、お前だけでもわかりやすい好意を示してくれる気はないか?」 俺のために、とミゲルは低い声で囁く。 「……バカ……」 その意図がわかったのだろう。キラはあきれたようにこう呟いた。 「してくんねぇの?」 わざとらしく肩を落としてミゲルはこう問いかける。 「本当に、こんなに甘えん坊だとは思わなかったな」 ミゲルが……と苦笑を浮かべながら、キラは腰を浮かせた。そしてそのままミゲルの方に身を乗り出す。 次の瞬間、柔らかな感触が頬に触れてくる。 だが、それはすぐに逃げて言ってしまう。 「……どうせならさ……もう少し濃厚なのしてくれる気ない?」 離れていこうとしたキラの腕を掴むと、ミゲルは自分の方へと引き寄せた。そのまま胸の中に閉じこめると、唇を重ねる。 「んっ」 舌を滑り込ませれば、キラが甘い声を漏らす。それをいいことに、彼の体を膝の上に移動させると、さらに深いキスを送った。 「んんっ!」 キラが苦しげにミゲルの胸に拳を当てる。だが、それはすぐにすがりつくように彼の軍服を握りしめてきた。 「……イイコだから、キラ……な?」 もう少しつきあってくれ……とミゲルはかすかに唇を離すと囁く。 「バカ……」 キラはこう言い返してきた。そのまま、自分から唇を重ねてくる。 ミゲルは満足そうに目を細めると、その細い体をさらにきつく抱きしめた。 その翌日、キラは潜入任務のために本国を後にした。 ミゲルの手に残されたのは、キラのドックタグ。その代わりというように、自分の予備を彼に持たせたが。 「無事に、返ってこいよ」 そうっとそれに口づける。そして、そのまま自分の首にかけると、ミゲルはクルーゼの元に戻るために歩き出した。 END
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