大きく左右に振られる車体に、さすがにキラが眉を寄せる。
「……本当にしつこい方々ですわね……」
 キラの体に寄り添いながら、ラクスも柳眉を逆立てていた。
「それだけ、焦っているのかもしれませんよ」
 取り出した銃を膝の上に置きながら、ラミアスがそんな彼女に声をかける。
「もうじき、ザフト本部ですし……あちらからムウ達が出たのは確認できているでしょう」
 そして、今日のことがあればこちらが警戒をするに決まっているから……とラミアスは続けた。
「そうすれば、あちらはなかなか手を出せなくなりますわね。私がねらいにしても、キラ様がねらいにしても、ザフトから護衛がつけられるのは分かり切っていることですもの」
 もちろん、アスラン達のことだ。信頼が置ける者を手配するのは目に見えている。となれば、チャンスが今しかないこともキラには推測できた。
「……でも……ラクスはともかく、僕は……」
 どうして狙われるのかな……とキラは首をかしげる。
「……キラ君……」
「本気でおっしゃっているのですわよね、キラ様」
 ここまでキラが自分の価値に無自覚だったとは、と二人はため息をついてしまう。だが、同時にキラらしいとも思ってしまった。
「キラ様。ご自分が戦争中に何をなさったのか、覚えていらっしゃいますわよね?」
 それでも、ここで自覚をして貰わないと後々困るだろうと判断して、ラクスが言葉を口にする。
「……何って……戦争……」
 それ以外、何も出来なかった……とキラは目を伏せた。
 キラの言葉に、ラクスは自分が質問の仕方を間違えたのだと悟る。そして、キラにとって、あの戦いの日々がまだ大きな傷になっているのだと。それも無理はないだろう。キラにとって、あれはまだつい先日の出来事なのだから。
「……そして、キラ様をまた戦いの中に引きずり込みたい方々がいるのですわ」
 どうしてもご自分達の現状が認識できないのでしょう……とラクスが冷たい口調で告げる。
「キラ君は……優秀すぎたのよ……」
 全て、自分が巻き込んだのが原因だ、とラミアスが口にした。
「……僕は……」
「キラ様。あのまま目覚めなければよかった、などとおっしゃらないでくださいませね。私は、こうしてキラ様がいてくれることを本当に嬉しく思っておりますし、アスランはそれ以上に喜んでいるはずですわ」
 そして、他の方々も……とラクスは微笑みながら、キラの頬へと触れてくる。
「悪いのはキラ様ではなく、ご自分達の立場をわきまえない馬鹿な方々です」
 誰にも、ようやく掴んだ幸せを奪うことなど許されないのだ、とラクスは言い切った。
「ですから、キラ様。笑っていてくださいませ。ご自分のためには無理だとおっしゃるのでしたら、私たちのために」
 ラクスの言葉に、キラは困ったような微笑みを浮かべる。
「……出来るかどうかわからないけど……」
 ラクス達がそう言うなら……とキラは付け加えた。
「本当にキラ君は、自分のことを後回しにするのね」
 もう少しわがままになってくれてもいいのに……とラミアスはため息をつく。
「マリュー様」
「えぇ、わかっていますわ。今はここを無事に逃げ切ること。そして、キラ君にはゆっくりと考える時間を持って貰うことですわね」
 本当に、あいつはいつ来るのかしら……とラミアスは意識をフラガへと向けた。
「……誰も、もう傷つかなきゃいいのに……」
 視線を窓の外へと向けて、キラは小さく呟く。
「大丈夫ですわ。少なくとも、キラ様とお友達ぐらいなら私でも守って差し上げられます。同じことをアスランやカガリさまもおっしゃるに決まっていますわ」
 皆に愛されていることだけは忘れないでくれ……とラクスが言外に伝えてきた。
「……みんな……僕のどこがいいのかな……」
 アスランは間違いなく、幼少時からのすり込みだろうとキラは思っている。迷惑をかけまくった自分を見捨てられないのだろうと。
 だが、他の者がどうしてここまで自分を気にかけてくれるのかまではわからない。
 自分が好かれていることだけは確信できているのだが……とキラは思う。そんな価値が自分にあるのかと。
 そんな自分の気持ちを切り替えようと視線をずらしたときだった。
「……あれ、ザフトの人たちかな?」
 キラの瞳に、追跡者達のエレカに容赦ない攻撃をくわえている数台のエレカが飛び込んできたのは。
「そのようね」
 その中の一台から身を乗り出すようにしているフラガの姿を見つけたのだろう。ラミアスが微笑みとともに頷く。
「これで、大丈夫ね」
 ほっとしたような口調で告げられた言葉を、キラはしっかりと耳にしていた。

「キラ!」
 エレカから降りた瞬間、キラは駆け寄ってきたアスランに抱きしめられる。
「大丈夫だね、キラ?」
 そんな彼の行動に、キラは思わず目を白黒させてしまう。
「アスラン……僕よりもラクスを優先しないと……」
 婚約者でしょう……と付け加えるキラに、アスランは微笑み返す。
「そのうち、解消する予定だけどね」
 ラクスには他に好きな人がいるんだよ……と驚きを隠せないキラへとアスランは囁く。
「だから、先に彼に譲らないと……」
 アスランのこの言葉に、キラがラクスへと視線を向ければ、ニコルが彼女に話しかけているのが見えた。
「そうなの?」
「そうなんだよ。まぁ、後で本人達に聞けばいい」
 いろいろと変わってきているのだ、とアスランが付け加えれば、キラはとりあえず納得したようだ。
「で、大丈夫だったね?」
 再び問いかけられて、キラは素直に首を縦に振った。
「僕は……ただ座ってただけだから……ラクスやラミアスさんの方が大変だったと思う。一番大変だったのは運転手さんだろうけど」
 あぁ、お礼を言わないと……と、キラは付け加える。
「後でいいと思うよ。今は忙しいようだから」
 あちらで状況を聞かれている彼の姿に、キラも納得をした。そして、ようやく自分がまだアスランに抱きしめられているままだと気がついたらしい。
「アスラン……あの……」
 離してくれる? とキラは小さな声で訴えた。だが、それが聞こえているはずのアスランは逆にキラを抱きしめている腕に力を込める。
「……お前ら、何の用だ?」
 今までとは打ってかわったアスランの口調に、どうやらあまり歓迎したくない相手なのだと、キラは判断をした。だが、それが誰なのか、アスランの肩に顔を押しつけられる形になっているキラにはわからない。
「何って……大丈夫かと思っただけだが?」
「……そんなもの、見ればわかるだろう?」
 キラに怪我はない、とアスランは冷たい声を返す。
「そんなに警戒をするな。今更ストライクのパイロットをどうこうしようとは思っていない」
 先ほどとは違う声がキラの耳に届いた。その言葉に、キラの体がこわばってしまう。それに気づいたのだろう。
「お前はそうでも、キラがそうだとは限らないだろう。キラにとって、戦争はまだついこの前のことなんだから」
 怖がらせるな、とアスランは相手に告げる。
「それって……差別じゃないのか? ニコルには会わせたんだろう?」
「好きで会わせたんじゃない。ラクスの頼みだから仕方がなく、だ。あの時も大変だったんだから、少しは遠慮しろ」
 アスランのこの言葉はありがたい、とキラは思う。だが、このままではいけないのではないか……と言うこともまた彼の本音だ。
「……アスラン……僕、大丈夫だから……」
 慣れなきゃいけないことなんだし……とキラは口にする。その声は、アスランの肩に阻まれてくぐもったものにしかならない。だが、アスランの耳にはしっかりと届いたようだ。
「無理しなくていいんだよ?」
 そんなキラの顔を少しだけ上げさせると、アスランが瞳を覗き込んでくる。
「でも、どうせ後で会うんでしょう?」
 今あっても同じだ、とキラはあくまでも主張をした。
「……仕方がないな……キラがこう言っているから紹介だけはしてやるが、何かすれば俺だけじゃなくラクスの恨みも買うと覚えておけよ」
 それって脅し文句になるのだろうか……とキラは思わず頭を抱えたくなる。だが、彼らには十分通用したらしい。
「だから、今更含むものは何もないって」
 顔を見ておかないと、今後困ることがあるかもしれないと判断しただけだ、と最初に聞こえた声が告げる。それを合図にしたかのように、アスランの腕の力が弱まった。
 おずおずとキラが顔を上げれば、精悍な容貌の男性と、怜悧な容貌の男性の二人の姿が視界に飛び込んでくる。彼らが身にまとっている色は、まるでそうなることを予想していたかのように対になっている、とキラには見えた。
 そんな彼らが、キラの顔を見た瞬間、かすかに表情を変える。
「あ……あの……」
 その意味がわからないキラは、思わず不安の色を瞳に浮かべた。
「助けて頂いて、ありがとうございました」
 それでも何とかこれだけを口にする。
「気にするな。必要だと感じたからだ」
 きっぱりと言われて、キラは本当なのかというようにアスランへと視線を向けた。
「イザークはこう言うときに嘘は付かない。ディアッカの方はノリで何を言うかわからないときがあるが」
 アスランが微笑みながらキラの髪を撫でてくる。
「アスラン……お前なぁ」
 ディアッカがアスランに抗議の言葉を言いかける。だが、それもキラの声に中断されてしまった。
「……イザークさんとディアッカさん?」
 ほっとしたような微笑みを浮かべながら、キラは問いかける。その微笑みに、二人は思わず視線を放せなくなったというのが正しいのだろう。
「あぁ。銀髪の方がイザークで金髪がディアッカだ」
 アスランがこう言えば、キラはさらに微笑みを深める。
「あの……キラ・ヤマトです……よろしくお願いします」
 そして二人に向かってこう言った。
 そんなキラの態度に、二人は一瞬虚をつかれたという表情を作る。だが、彼らはキラがかすかに震えていると言うことに気がついた。それが緊張のためなのか――それとも別の理由からなのか――どうかまではわからない。
「あぁ」
「また顔を合わせることもあるだろうからな」
 すぐに口元に笑みを浮かべるとこう言い返す。それにキラの体の震えが止まる。それを見て、何故かほっとしてしまう自分の存在に二人は気づいていた。