幸せの階段



「こっちだろう? こっちの方がキラに似合う」
「私はこちらの方が似合うと思いますわ」
 目の前で、ラクスとカガリがそれぞれデザイン画を手にしながらこんな主張を繰り返している。それはもう30分近く続いているのではないだろうか。だが、どちらも退く様子を見せない。
「……二人とも、あのね……」
 そんな彼らに、キラは困ったような口調で声をかける。
「僕、そんなに派手なのでなくていいんだけど……」
 むしろ、シンプルなほうが嬉しい。いっそ、ドレスどころか結婚式も行なわなくていいのだが……とすら思ってしまう。もっとも、この意見に関しては二人だけではなくキラの傍に居る者たち全員に却下されたので、仕方がないとあきらめているのだけなのだが。
「ダメだ! お前はアスハの一族なんだから、それなりに見栄えがするものを着せる義務が私にはある!」
 つい先日、聞かされたばかりの事実だが、自分と彼女は双子の兄弟――今は姉妹と言うべきなのだろうか――だったのだという。だからこそ、彼女がこうしてこの場で口を挟んでいるのだ。
「そうですわよ、キラ様! キラ様はプラントにとっても大切な方なのですもの! 素敵なドレスを着ていただかなければなりません」
 これだけは譲れませんわ、とラクスもしっかりと言い返してきた。
「……でも、ラクスだって……」
 同じ日に同じ場所でニコルと結婚式をあげることになっているはずじゃないか……とキラは思う。それなのに、自分の事を放っておいていいのか、と。
「私の方は既に決まっております。ですから、今問題なのはキラ様の方ですわ」
 既製品で済まされるおつもりだったなんて……とラクスの怒りがキラに向けられた。
「……だって……」
 自分にはそれで十分だと思ったのだ、とキラは口にする。そもそも、こんな大がかりな式にする予定ではなかったのだから、と。アスランと二人、身近な人たちとあの思い出の場所で誓いの言葉を口にできればそれだけで十分だ、とアスランとも話し合って決めたのだ。
 しかし、話がカガリとラクスの所へ行った瞬間、二人が進めていた計画に待ったがかかった。そして、全ての公務を放り出してプラントへやって来たカガリとラクスによって信じられないような状況になっている、と言うのが現状だったりする。
「僕は……二人と違ってただの《一般人》なんだよ?」
 だから、ささやかな式で良かったのに……とキラは主張をした。
「……本当にお前は……」
「キラ様がただの《一般人》だなどと、誰も考えておりませんわ。第一、アスランの立場はどうなりますの?」
 彼はザフトの隊長でもあり、そしてラクスと同じようにプラントを象徴する者たちの一人だ。そんな彼が望んだとしても、そう出来る可能性は少ない、とラクスは指摘をする。
「もちろん、結婚自体は個人の自由ですし、相手がキラ様でしたら当然、と誰もが思っておりますわ」
 それどころか、アスランがキラ以外を望んだらあちらこちらからブーイングが飛んでくるだろう、とラクスは微笑む。
「ですから、煩わしいとお思いでしょうが、我慢してくださいませ」
 ね、と微笑まれても、キラは直ぐに頷くことが出来ない。むしろ助けを求めるかのようにマリューへと視線を向けた。一番の年長者でもあり、同時に既婚者でもある彼女の言葉であれば、二人も耳を傾けてくれるのではないか、と思ったのだ。
「二人とも……あまり装飾過剰なドレスよりも、シンプルなデザインの物の方がキラ君には似合うと思いますわ。その分、素材を吟味されればよろしいのでは?」
 違います? と苦笑をにじませながら告げられた言葉は、キラが期待していたものとは微妙に違う。それでも、彼女たちの議論を封じ込めるには十分なものだった。
「そう、だよな……ようは、どんなデザインでも素材さえよければ文句は言われないんだよな」
「ですわね……シンプルなデザインでレースやシルクをふんだんに使えば、その方が上品に見えますわね」
 では、デザインはシンプルで……と二人は頷きあう。
「と言うことで、このなかからそのようなものを選びましょうか」
 そう言うながら、ラクスは視線を膨大とも言えるデザイン画へと向けられた。
「シンプル……と言っても、マリューが着たようなのはキラには似合わないぞ。マリューの場合は、フラガを惚れ直させたようだが……」
 それは、彼女が《成熟した女性》だったから可能なことだ。せめて自分たちと同じ年齢であれば何とかなるだろうが、まだ実年令が十代のキラにはふさわしくない。
「そうですわね……マリューさんだからこそ、許されるデザインでしたわね。ですから、贈らせていただいたのですが……」
 キラには他のデザインでなければダメだ、と彼女も頷く。あるいは、同じ十代でも、性格的にそういうデザインの方がいいものはいるだろう。しかし、キラはそうではない。
「あぁ。キラなら、清楚に見えるほうがいいだろうな」
 と言いながら、カガリは手早くデザイン画を分けていった。
「……清楚で、キラに似合いそうなもの……と言うと、ここいらか?」
 やがて、数枚を残して、没、の山に分類される。その数枚だけをテーブルの上に並べて、カガリがラクスに問いかけた。
「そうですわね……後はキラ様のお好み……と言いたいところですけど、アスランに聞いたほうがいいかもしれませんわ」
 花婿の意見ぐらいは聞いておかないと当人がふくれるだろう、とラクスが笑いを漏らしながら口にする。
「アイツの意見? ンなもん、必要ないだろう!」
 花婿なんて、結婚式の添え物だろうが! とカガリが力を籠めて口にした。
「必要なのは、キラが可愛らしく、美人に見えることだ!」
 その意見は間違いなく正しいものだ、とラクスとマリューは判断をする。
「……カガリ……でも……」
 ただ一人、キラだけはアスランをフォローしようと言葉を口にしはじめた。
「カガリがほめてくれたこの服、買ってきてくれたのはアスランだよ?」
 あるいは自分よりも《キラ》に似合う服をアスランは知っているのかもしれない……とキラは付け加える。
「……それが気に入らないんだよ!」
 キラは私の妹だ! と叫んだセリフが、カガリの本音なのか。
「……キラ様、あきらめてくださいな」
「姉……というよりは父親の心境みたいよ、カガリさん」
 思わずため息をついてしまったキラの耳に、二人のこんなセリフが届いた。

 それからどんな騒動があったのか、敢えて言わなくても想像ができるのではないだろうか。
 ともかく、キラのドレスが決まった後はアクセサリーや髪形、持つブーケについてまでカガリがラクスだけではなくアスランとまで対決した、と言うことだけは事実だった。

「……アスランはずるい……」
 ようやく当日身につける全てのものが決まったとき、キラが小さくつぶやく。
「何が?」
 おつかれさま……と笑いながら、アスランはキラの身体を引き寄せた。そして、自分の膝の上に座らせる。
「だって……アスランだって当事者じゃないか」
 それなのに、彼の衣装は何の問題もなくあっさりと決まってしまった。あるいは、最初から決まっていたのかもしれない。
「仕方がないだろう? 俺の場合、礼服は既にあるんだし……」
 ザフトの軍人である以上、仕方がない事だ……とアスランは笑う。
「俺の時もそうだったしな」
 目の前の光景に、いささかげんなりとしたような表情を作りながら、フラガが口を挟んでくる。
「一兵卒の俺でさえ、軍の礼服を着せられたんだから、隊長クラスの人間は尚更だろうよ」
 あきらめろ、とフラガも笑う。
「とは言うものの、お前の場合、口を挟みたい人間は少なくないからな」
 相手がカガリとラクスでなければ、マリューやナタル、それに今は地球にいるミリアリアたちもあぁだこうだと言ってきたに決まっている、とフラガは付け加えた。
「……まぁ、ニコルが参戦しなかっただけでも妥協してやってくれ……」
 彼が参加すればさらに騒動が大きくなったぞ、とアスランも苦笑を浮かべる。
「それだけ注目されている、と言う事なんだろうが……」
 キラにしてみればきついかもしれないね、とアスランは微笑んだ。
「でも、今回だけだから……結婚式が終わったら、後は全部俺がシャットアウトする。だから、我慢して、キラ。そして、俺に自慢させてよ」
 自分の花嫁はこんなに美人なんだって……とアスランが囁いた瞬間、キラの頬が真っ赤に染まる。
「……ごちそうさま……」
 熱いね、全く……とフラガが呟いた。
「お互いさま、だと思いますが? 貴女がご結婚される前、俺は散々惚気を聞かされた様な気がしますが」
 それも、かなり濃厚な奴を……とアスランは言い返す。
「……そうなんですか?」
 この言葉に、キラもフラガに冷たい視線を向けた。
「……あのくらい、まだ可愛いもんだったんだけどな」
 ノイマン相手であれば、もっと際どい所まで惚気たんだが……とフラガは付け加える。その瞬間、アスランやキラ、だけではなくマリューからまでも冷たい視線を向けられたのは言うまでもないだろう。
「……だから、セクハラ少佐、何て言われていたんです!」
 キラのこの怒鳴り声が周囲に響きわたった。

 そんなこんなで、時間はどんどん過ぎていく。
 気がつけば、キラとアスラン、そしてラクスとニコルの結婚式当日になっていた。前者に関しては万人がそれを祝福している。しかし、後者に関しては、一部の間の恐怖感を煽っていたらしい……と言う噂だけがまことしやかに流れていた。
「……本当、アスランなんかにくれてやるのはもったいない……」
 ドレスを身にまとったキラを見て、カガリがこんなセリフを口にする。
「……カガリ……」
 それが冗談に聞こえないところがまた怖い、とキラは思ってしまう。
「僕が、アスランのお嫁さんになりたいんだけど……」
 邪魔、する気じゃないよね? とキラはダメを押すように口にした。
「お前がそう言わなきゃ、そもそも賛成していない!」
 周囲が何を言おうとこの結婚を壊していた……とさらに恐ろしいセリフをカガリは口走ってくれた。
「カガリ」
「心配するな。ここまで来て、どうもしないって」
 ただ、途中でアイツをぶん殴りたくなるかもしれないけどな、と付け加えるカガリに、キラはため息をついてしまう。
「キラ? 準備できた?」
 そこに、カガリとともにオーブからやって来ていたミリアリアが顔を出した。
「時間だって、進行の人が」
 大丈夫、とミリアリアが微笑めば、キラは小さく頷いて見せる。そして、座っていたいすから立ち上がった。ドレスのすそを掴み優雅なしぐさで歩く様子は、練習の甲斐があった、と言うべきなのだろうか。
「キラ!」
 そんなキラに向かって、カガリが自分の腕を差し出す。
「カガリ?」
 何、と言いながら、キラは彼女の顔を見つめる。
「花婿に渡すまでは親族がエスコートするんだろう? 父親でないのは勘弁してくれ」
 そう言いながら、彼女は笑った。そのためにわざわざスーツで来たのか、とキラだけではなく他の者にもわかってしまった。
 これもまた、アスランに対する嫌がらせなのだろうか。
「叔父様もおいでだが……どうしても気後れをすると仰っていてな」
 お前の介添えをキラの《父》から頼まれたのだ、とカガリは笑う。実の姉であり、オーブの代表とも言えるカガリであれば、アスランをはじめとする者たちに引けをとらないであろうと。
「……父さん、たら……」
 そんな事、気にしなくていいのに……のに、とキラは思う。自分もアスランも、父と母の二人が心から祝福してくれるだけでいいのに、と。
 だが、この状況では彼でなくても気後れしてしまうだろうという事もキラにはわかっていた。
「式が終わったら、ちゃんと会わせてやる。だから、今は私で我慢しろ」
 カガリの言葉に、キラは小さく頷く。そして、レースの手袋で包まれた手を彼女の肘にかけた。
「キラ。すそを踏まないでね」
 ベールは持ってあげるわ……と笑いながらミリアリアがキラの背後へとまわる。それがキラをリラックスさせるための言葉だろうという事は本人にもわかっていた。
「……ミリィ? そういう自分はどうなわけ?」
 トールと結婚するんでしょう、とキラは笑い返す。
「大丈夫。こんな凄いドレスは絶対着ないから」
 もっとシンプルなドレスを自分で作るのだ、と彼女は微笑む。
「ミリィらしいね」
 ゆっくりと歩きだしながら、キラは頷く。
「じゃ、ブーケもいらない?」
「それはもらうわよ!」
 次に結婚したいもの、とミリィが言う言葉に、キラは柔らかな笑い声を漏らした。
「だよね。カガリはまだまだなようだし」
「悪かったな!」
 オーブを背負っていかなければならない身としては、そうそう簡単に結婚相手を決めるわけにはいかないのだ、とカガリが口にする。
「だから、意地でもアスランにはお前を幸せにしてもらわないといけないんだよな」
 そのあたりも今晩、しっかりと話をさせてもらおう……とカガリが口にしたときだ。華やかな音楽とともに大きく開かれた扉が見えてくる。そして、そこから続く真紅の絨毯も。
 その先には、ザフトの礼服に身を包んだアスランが柔らかな微笑みをキラへと向けている。
 そんな彼にとっておきの微笑みを向けると、キラは絨毯の上へとゆっくりと足を踏み出した。

「誰よりも、アスラン・ザラはキラ・ヤマトを愛しています……」



03.11.20 up



というわけで、いきなり書いてしまった話です。いや、シリアスで、しかもある意味悲恋話(冬コミ新刊です)を書いていたもので、その反動が(^_^;
さて、キラのウェディングドレスはどのようなデザインでしょうか。イメージはあるけど描けません……やっぱり、こう言うときは自分の画力が恨めしくなりますね、はい