「キラは、俺にどうして欲しい?」
 キラをニコルの家へと――不承不承――送っていきながらアスランはキラにこう問いかける。
「どうって?」
 言葉の意味が理解できずにキラは聞き返してきた。
「これから、しばらくの間離れてしまうからね。だから、その間にして欲しいことはないかなって思っただけだ」
 トリィの兄弟を作るとか、とアスランは笑う。キラのお願いなら叶えてあげるよ、と。
「……みんな、無事に帰ってきてくれれば、それでいいよ」
 しばらく考えた後で、キラはこう言った。
「そうすれば……あれを作ったことを本気で後悔しないですみそうだから……」
 付け加えられた言葉に、アスランは微かに眉を寄せる。だが、それも直ぐには消えた。
「当たり前だろう? 俺たちはそう簡単には死なない。必ずみんなそろってキラの所に帰ってくるって」
 でないと、あれこれ厄介なことになりそうだし……とアスランは心の中だけで付け加える。生き残った人間が間違いなくキラを独占するに決まっているのだ。他の誰かが死んでも、自分だけは生き残ってやる……とアスランは心の中で決意を固めた。
「……ならいいんだけど……」
 そんなアスランの内心に気づいていないのだろう。キラはふわっと柔らかな笑みを浮かべるとこう言う。
「大丈夫だよ、キラ。時間ができたら、必ず通信を入れるから」
 顔を見ればお互い安心できるだろう、とアスランは言葉をかける。自分だけではなく他の連中もそう思っているさ、と付け加えれば、キラの笑みはさらに深くなっていく。
「待っているから」
 そう言いながら、キラは甘えるようにアスランの腕に手をかけた。そのぬくもりがアスランの気持ちを和らげてくれる。
「わかっている。平和になったら、あれこれ片づけなければならない問題もあるしね」
 とりあえずは、誰がキラの心を射止めるか、と言う問題か……とアスランは心の中で呟く。イザークとディアッカはキラを弟代わりにしているようだからかまわないが、ニコルは問題だ。
 そして、自分たちが目を離している間にも新たなライバルが出現しないとは限らないのだ。
 こう考えれば、今すぐにでもザフトをやめたくなってくる。しかし、そうすれば間違いなく『キラ』にとばっちりが行くであろう。それだけは避けなければいけない。
 もっとも、同じことをニコルも考えているはずだ。一足先に自宅に行っているはずの彼が、それについて母親に何か頼んでいることは間違いないだろうとアスランは思う。だから、心配は少ないのではないか、とも。
「やっぱり、新しいトリィをこの休暇中に作ってあげるよ。何色がいい?」
 キラを守るための機能をあれこれつけて……とアスランは心の中だけで付け加える。
「……本当にいいの?」
 キラの問いかけに、アスランはしっかりと頷き返す。
「遠慮しなくていいんだよ、キラ」
 そしてこう付け加えれば、キラは何かを考え込むような表情を作った。
「あのね……」
「ん?」
「桜の色」
 月に咲いていた、とキラは遠い瞳をしながら告げる。
「わかった」
 任せておいて、とアスランが頷くと同時にエレカは目的地へとたどり着いた。よくよく見れば、入口のところでニコルが出迎えているのがわかる。どうやら、アスランがキラを連れてどこかへ行くことを心配していたらしい。
「出迎え、ご苦労だな」
 エレカから降りながら、アスランは彼に声をかける。
「いえ。キラさん、大丈夫でしたか?」
 アスランを無視してニコルはキラへと駆け寄っていく。そんな彼をアスランはさりげなく制止した。
「ニコル……わかっていると思うが……これで勝ったとは思うなよ? 俺はキラのことを諦めるつもりはないんだからな」
 キラに聞こえないような声でアスランは囁く。
「もちろんです」
 僕だってそうです、とニコルは鮮やかな笑みを口元に浮かべた。
「勝負はこれからでしょう?」
 そしてそのまま言葉を返す。
「……本当に二人って仲良しだよね」
 二人の会話が聞こえなかったからだろうか。キラがうらやましそうな声でこう言ってきた。
「そんなことないよ。キラのことを頼んだだけだって」
「キラさんも混ざってくださいよ」
 二人は慌てたように口々にキラに言葉を投げかける。
「そう言えば、イザーク達も後で顔を出す、と連絡がありました。その前に、キラさんのお部屋を整えてしまいましょう。足りないものがありましたら、二人に買ってきて貰えばいいんですし」
 そうすれば、今日はゆっくりと休めますね、と口にしながらニコルはようやくキラの側へと歩み寄った。そして彼の手を取る。
「でも……それじゃ申し訳ないよ」
 迷惑をかけてしまう……とキラは視線を伏せた。
「いいんだよ、キラ。みんなキラのためにあれこれしてやりたいんだから。休暇の間ぐらいはわがままを言ってくれた方がうれしいよ」
 こう言いながら、アスランはキラを促して歩き出す。もちろん、キラを挟んで反対側にはニコルが陣取っている。
「そうですよ、キラさん」
 遠慮しないでください、とニコルもキラに声をかけた。
「特に家の母はキラさんをかまいたくて仕方がないそうですし……ご迷惑とは思いますが、付き合ってやってください」
 今日も張り切っていますから……とニコルは微笑みに微かに苦いものを含ませながらこう言う。
「まぁ、おばさまはキラのお母さんに性格が似ているから、直ぐに仲良くなれるとは思うけどね」
 だから大丈夫だよ、とアスランが微笑む。それにキラはしっかりと頷いて見せた。

 G5機が導入されたから、と言うわけではないだろう。
 だが、アスラン達の奮闘が少なからず貢献していたのは事実だ。
 あの日から程なくして戦争は終結をした。
 そして、その戦いの中、アスランはキラの両親の無事を知る。彼らは、ヘリオポリスから逃れてオーブ本国へと来ていたのだ。そして、キラの行方を捜し続けていた。だから、アスランの話を聞いて非常に喜んでいたのもまた事実だ。
「キラが喜ぶな」
 その話を聞けば、間違いなく……とアスランは付け加える。
「何から手をつけよう……キラのために」
 まだまだ戦後の処理は残っている。だが、命を危険にさらすことは減ったはずだ。だから、とアスランは思う。
「とりあえず、キラさんに連絡を入れましょう。みんな無事で、しかも戦争が終わったと知ったら、喜ばれますよ」
 そんなアスランの呟きをしっかりと耳にしたニコルがこう言ってくる。
「そうだな。おじさま達の無事と伝言を伝えないといけないし」
 キラ本人が目の前にいなければ、不思議とニコルと対立することはない。むしろ、キラの話で盛り上がってしまうのだ。そして、その会話にイザーク達も参加してるのはいつものこと。
「そう言えば、キラの体の傷も消えたんだよな。こうして、全部いい方向に向いてくれるといいんだが」
「そうですね」
 こう言いながら、二人は微笑みを交わしあう。そして、当面の厄介事を片づけるために動き出した。




この二人の戦いはこれから……そのうち、ラクスが乱入してくるとかなんかと言った事態も考えられますが、とりあえずはここで終わりです(^_^;