気が付けば、ディアッカも戻ってきていたらしい。
「あれは、ミネルバの連中が探してきてくれるとさ」
 さすがに、今すぐというわけにはいかないだろうが、と言われてイザークは頷く。
「それにしても……ずいぶん、時間がかかるものなんだな」
「そうだな」
 出産がこれだけ大事だとは思わなかった。そういうディアッカにイザークも頷いてみせる。
「こればかりは、ナチュラルだろうとコーディネイターと変わらないんだけどなぁ」
 何で、別のものだと言いたがるんだろうな、連中は。ディアッカの呟きにイザークも頷く。もっとも、それもキラとともに過ごすようになって初めて実感した事実であると言っていいのだが。
「そろそろ、かな?」
 何やら、時刻を確認していたバルトフェルドが不意にこう呟く。
「隊長?」
「何が、ですか?」
「……そろそろ?」
 三人が即座に彼に問いかけてきた。
「キラの体力を考えれば、そろそろまずい。だからね、自然分娩がかなわなければ、別の手段に切り替えるはずだしね」
 いい加減、生まれてもおかしくはない時間ではないか……と彼は説明をする。
「問題は……生まれても産声が聞こえないことかな?」
 戦艦の内部では仕方がないことなんだがね、と彼が苦笑を浮かべたその瞬間だ。
 いきなりドアが開く。
「イザーク!」
 そして顔を出したフレイがイザークの名を呼んだ。
「何だ?」
 それに促されるように立ち上がる。
「生まれたわよ。早く……でも、キラは疲れて寝ているから静かにね」
 他のメンバーは後で! と立ち上がろうとしたシャニとクロトに向けて言い放つ。
「後でちゃんと会わせてあげるから……まずはお父さんに権利を譲りなさい!」
 その言葉に、バルトフェルドとオルガが即座に行動を開始する。二人の襟首を掴んだのだ。
「会ってきてやれって。その間に、俺は通信機借りて必要と思える場所に連絡を入れておくから」
 そうすれば、手間が省けるだろう? と言われて、イザークは頷く。そして、そのままフレイとともに医務室に入った。

 数分後、この喜ばしい情報は仲間達の口から口へと飛び火したように広がっていった。
 その結果、あちらこちらである意味阿鼻叫喚とも言える騒動がわき上がったらしい。特に、オーブとプラント本国でそれが顕著だったらしいが、それは当人達の知るところではない。
 だが、数日後、ディオキアのザフト本部はキラ宛のお祝いの選別に忙殺されることになったことだけは事実だろう。

 ゆっくりと目を開ければ、一番会いたかった人物の姿が見える。
「イザーク?」
 夢か、と思ってキラは彼の名を呼んだ。
「がんばったな、キラ」
 しかし、そっと頬に触れてきた手が違うと伝えてくれる。そのぬくもりにキラは安心したようにふわりと微笑む。
「僕の、赤ちゃん……」
 そう言えば、と言いながら、キラは慌てたように起きあがろうとした。それをイザークがそっと手で押しとどめる。
「そっちで寝ている。可愛い子だぞ」
 母上が既に大騒ぎをしている……と彼は苦笑とともに付け加えた。しかし、それも今のキラの耳をすり抜けていく。
 顔を横に向ければ、可愛らしい産着に身を包んだ赤ちゃんが穏やかな寝息を立てているのが見えた。その事実に、キラはようやく安堵のため息をつく。
「安心したか?」
 あきれているはずなのに、イザークの言葉からはそんな感情は伝わってこない。優しさだけにあふれているそれに、キラは視線を彼に戻そうとした。
 だが、その動きは途中で止まる。
「……イザーク?」
 キラの視線の先にあるものに気づいたのだろう。イザークのどこか満足げな笑いが耳に届いた。
「約束しただろう? 子供が生まれるときには部屋いっぱいの花を贈ってやると」
 もっとも、いきなりだったから、そうはいかなかったがな……と彼は付け加える。
「……後でディアッカにも礼を言ってやってくれ。実際に、これを手配してくれたのはアイツだからな」
 そして、実際に探して届けてくれたのは、ミネルバの連中だ、と彼は続けた。
「そうなの?」
「あぁ……だから、そうだな。お前とその子の体調が整ったら、直接礼を言ってやれ」
 この言葉に頷きながらも、キラは信じられないというように目を丸くしている。
「……桜……」
「好きだ、と聞いたからな」
 来年は、三人で一緒に実際に咲いているところを見に行こう……とイザークは囁いてきた。
「……そう、できるかな?」
「できるだろう。もう、戦争は終わったしな」
 自分も時間に余裕ができるだろう、とイザークは微笑む。その笑顔に、キラはついつい見とれてしまった。
「どうかしたのか?」
「……何でもない」
 キラは慌てて首を横に振る。
「おかしな奴だな」
 そう言うところも好きだが……と彼はさりげなく付け加えてきた。
「イザーク」
 そんなことを言われても困る。というより、何でそんな風にさりげなく言えるのか……と考えながら、キラは自分頬が熱くなるのを感じてしまう。
「……そう言えば、この子の名前」
「いくつか考えてある。後で選べ」
 こう言いながら、イザークはゆっくりと顔を寄せてくる。
「一番の贈り物だ。ありがとう」
 そして、彼はキラの唇にこう伝えてくれた。





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