仮面

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  いつか見たまなざし  


 コーディネーターを憎むのはどうしてなんだろう。
 少なくとも、俺たちの親はナチュラルなのに……
 自分たちをかばって死んだ両親を見つめながら、ムウはそんなことを考えていた。
「……ムウ……いつまでもここにいるわけにはいかないぞ……」
 そんなムウの耳に、自分の片割れの声が届く。
「わかってはいるんだけどな……父さん達をこのままにしておくわけにもいかないし……」
 そう言いながら視線を向ければ、彼も納得したように頷いた。
「そうだな。このままでは奴らに何をされるかわかったものじゃない」
「だろう? だからさ、せめて、二人が好きだったところに埋めてやろうか……と思うんだが」
 かまわないか、と問いかければ彼は同意を示してくれる。
「なら、急がないとな」
「あぁ」
 このままでは自分たちも危ない。いつ、ブルーコスモスの連中が戻ってくるかわからないのだ。
 二人はそれぞれ一人ずつ両親の体引きずりながら移動を始める。
 しかし、まだ大人とは言い切れない二人にとって、それはかなりの難行だったと言ってよかった。もちろん、彼らがコーディネーターだとしてもだ。
 だからといって、諦めるわけにはいかない。
 ここに彼らを放置していったら、間違いなく奴らは大切な両親を辱めるだろう。自分たちを『コーディネイト』したからと言って。
 だが、このままでは間違いなく自分たちも……と思ったときだった。
「坊主達、何をしているんだ?」
 彼らの脇に車が止まったと思うと同時にそう声をかけてくる者がいた。それはコーディネーターではなくナチュラルらしい。
 そう思った瞬間、二人は思わず身構える。
「心配するなって。俺はブルーコスモスなんて馬鹿な連中とは違う」
 彼が苦笑混じりの声でこう言い返してきた。
「それよりも、そうやって引っ張っていくと、ご両親の体が傷だらけになるぞ。乗せてってやるから」
 そう、警戒するなって……と言われて、どうしたものかとムウはラウへと視線を向ける。
「……だまされても、二人がかりなら何とかなるだろう」
「そうだな」
 男の言うとおり、両親をこれ以上傷つけるのは忍びない。それが二人の出した結論だった。
「ガキが言うセリフじゃねぇな……まぁ、あんな事があった後じゃ仕方がないのか」
 苦笑を浮かべると、男は車から降りてくる。そして、後部座席のドアを開けた。
「ほら。狭いがここで我慢してくれ。手伝いは必要か?」
 この言葉に、二人は首を横に振る。そして、何とか両親の体を後部座席へと運び込んだ……

 その後、どういう話になったのか、実のところ二人はよく覚えていない。
 だが、この男――シャリアとともに彼らが住んでいる場所へと転がり込むことになったのだ。
「いいのか? 俺たちはコーディネーターだぞ」
 ムウがきつい視線で男の後頭部をにらむ。
「かまわないって。家はかなり特殊だからな」
 その言葉の意味を二人が知ったのは、彼の家へ着いてからのことだった。
「お帰りなさい……あら? また拾ってきたの?」
 割と大きめの家――と言っても、比較できるような建物は周囲にはない――から出てきたのは、一人の女性だった。その容貌と姿からコーディネーターでは、と推測された。
「あぁ。あのばかどもにご両親を殺されたんだと。放っておけば、こいつらも危ないからな」
 しばらくはここで世話をするぞ……と続けた男に、彼女は微笑んでみせる。
「そうなの。ここではコーディネーターもナチュラルも関係ないから、遠慮しないでね」
 他にも子供達はいるから……と彼女は微笑む。
「……失礼ですが……貴方はコーディネーターですか?」
 ラウがついついこんなセリフを口にする。
「そうよ」
 本来であれば怒られても仕方がないセリフであろう。だが、柔らかく微笑むだけだ。
「ついでに言えば、彼の妻なのよね、私」
 続けられた言葉に、二人は目を丸くする。
「でも、あの人はナチュラルで、あなたはコーディネーターですよね?」
「ナチュラルとコーディネーターのカップルなんて、聞いたことないぞ」
 二人は思わずこんなセリフを口にしてしまう。
「あら……同じ『人間』だもの。少しもおかしくないでしょう?」
「こいつがコーディネーターだから好きになったわけじゃない。好きになった相手がコーディネーターだけだった……と言うだけだ」
 一体いつから聞いていたのか。シャリアもこんなセリフを口にする。
「あら、それは私だって同じだわ。それに、私たちも結局、ナチュラルから生まれたのだもの」
 ただ単に、期待を込められてコーディネイトされただけ、と彼女――セラが微笑む。
「お互いがお互いを『ただの人間』として認識できれば、何の問題もないのにね」
 そうすれば、あなた方のご両親だってあなた方と幸せに暮らせたのにね……といいながら、セラは二人の髪の毛にそうっと触れてくる。
「ご両親にとって、あなた方は可愛い子供でしかなかったのだもの。私にとってシャリアが大事な夫であると同じようにね」
 でしょう? と言われて、ムウはついつい頷いてしまう。
「……それができないから、対立が起きているのではありませんか?」
 だが、ラウは冷静な口調でこう言い返す。
「そう言って諦めてしまえば何も出来ないよな」
 違うか、とシャリアがそんなラウの瞳を覗き込む。
「諦めてしまえば、一番、楽だろうけどさ」
 それじゃ何も変わらないよな、と付け加える彼の視線を避けるようにラウは瞳を伏せる。
「まぁ、今すぐどうこうしろとは言えないか。まだ心の中の整理も付いていないだろうしな。ゆっくりと考えな。時間はあるんだから」
 無限じゃないが、とりあえずはな……とシャリアは笑う。
「セラ。こいつらにとりあえずなんか喰わせてやってくれ。その後は……風呂にでも入れて休ませてやってくれ。俺は一通り見回りをすませてくるから」
 言葉とともに、シャリアは二人の肩を叩く。そしてそのままその場を離れていった。
「こっちよ」
 シャリアの背が見えなくなったところで、セラが二人を手招く。
「どうする?」
 何やら含むものがあるらしいラウに向かってムウが問いかけた。
「……ご厚意に甘えておくか、とりあえず」
 確かに今の自分たちには行くところがないのだし……と付け加える彼の口調に悔しさが滲んでいることをムウは聞き逃さない。
「時間的猶予は、与えられているし……か」
「あぁ」
 ここにいれば、少なくとも自分たちは何をしたいかを見つけるまでかくまってもらえるだろう。その後のことはこれから考えればいい、とラウが笑う。
「腹が減ってはいくさが出来ぬ……ってか」
 そう言えば、昨日から何も食べていないな……とムウが口にすると同時に、二人の腹の虫が自己主張を始める。
「あらあら……これはたくさん用意してあげないといけないわね」
 それをしっかりと聞きつけたセラが明るい笑い声を立てた。

 ここでの生活は穏やかだったと言っていい。
 ラウよりもムウの方が子供達に人気があるのは、その性格のせいだろうか。彼の周囲にはナチュラルやコーディネーターの区別なく小さな子供達が集まっている。
「大人気だな」
 そんな彼をからかうようにラウが声をかけた。
「少しは引き受けろ!」
 俺一人で面倒を見ていられるか! とムウが怒鳴り返してくる。
「残念だが、セラさんの方の用事が先決だな」
 頼まれていることがあるのだ、と笑うと、ラウは彼に手を振って見せた。
「せいぜいがんばってくれ」
 任せたぞ、といいながらラウはその場を後にする。
「卑怯者!」
 子供達に押し倒されてしまったムウの口から、悲鳴のような叫びが飛び出す。それにラウは笑い声を立てながら建物の中へと入っていく。
「あらあら……いいの?」
 どうやら外の光景を見ていたらしい。セラが問いかけてくる。
「うちのちび共は野生児だからなぁ……まぁ、ムウなら大丈夫だと思うが……」
 丁度いいおもりが来てくれたよ、と笑いながら、シャリアが最後のパンを口の中に押し込む。そして、そのまま立ち上がった。
「また見回りですか?」
「あぁ……こんな辺境にも手を伸ばしてきているようなんでな……馬鹿馬鹿しい。ガキに憎しみを植え付けて何になるって言うんだか」
 だから、いつまで経っても溝が埋まらないんだ……とシャリアが呟く。
「シャリア」
「あぁ、すまなかったな、ラウ。お前らの世代に何とかして欲しいと思っていたんだが……これじゃ無理そうだよな」
 馬鹿共が自分の子供達に偏見を植え込んでいるから……といいながら、シャリアはラウの頭に手を置く。
「……いえ……それは始めからわかっていました……」
 どうしても、ナチュラル――連合トップの思想を変えることが出来ない以上、いずれ自分たちの居場所はこの地上にはなくなるだろう……と。
「可愛らしくないガキだな……まぁ、いい……お前らがここにいたいって言うならそれでいいし、もし、プラントへ行きたいというなら、つてをたどって手続きしてやるよ。ここもいつまで安全かわからないからな」
 まぁ、まだ猶予はあるだろうが。そう言い残すとシャリアは家の外へと出て行く。
「そんなに危険なのですか?」
 ここは安全だと思っていたのに……とラウは思う。
「どこにいても、馬鹿は来るのよ。仕方がないことだわ」
 ブルーコスモスの連中がいる限り……とセラもため息をつく。
「でも、ね。最初から諦めては何も出来ないのよ」
 希望を持たなければ進めないのだという彼女の言葉はラウにも納得できる。だが、理想と現実のギャップというのもよくわかってしまっているのだ、彼は。
「……そう言う国を作ろうという人たちもいるの……出来れば、みんなでそこに行きたいわね……」
 いつかきっと……と、微笑むセラの笑顔からラウは視線を放せなくなってしまう。
「そうですね。そこでなら、みんな、一緒に暮らせますね」
 そう言う生活もいいかもしれない。
 ムウだけでなくラウも最近はそう思うようになってきていた。だから、彼女に向かって微笑むとこう口にする。
「本当、あなた達はいい子だわ」
 彼女の微笑みにどうして悲しい色が滲んでいるのか、ラウにはわからなかった。

 この隠れ里のような場所での彼らの生活は、それから一年ほど続いただろうか。
「お前らに頼みがあるんだが……」
 切羽詰まったような口調で、シャリアがムウとラウに声をかけてくる。
「何だよ、いきなり」
「俺たちに出来ることですか?」
 その口調に不穏なものを感じ取りながら、二人は聞き返す。
「……ちび共のうち、お前らと同じコーディネーターの連中を連れてプラントへ行ってくれ……知り合いを通じて手続きは済んでいる。ナチュラルのちび共も、その時、知り合いが預かってくれる予定だし」
 吐き出すように告げられた言葉に、二人はますます眉をひそめた。そして、その表情のまま顔を見合わせる。すぐに何事か判断したのだろう。頷きあった後、口を開いたのはラウの方だった。
「……それだけ、事態が逼迫している……と言うことなのでしょうか」
 この問いかけに、シャリアは頷いてみせる。
「残念だがな……どこからか話が漏れたらしい……」
 人の口に戸板は立てられないか……と彼は苦笑を浮かべた。
「連れて行くのはかまわないけど……セラは? 俺たちと一緒に行くのか?」
 彼女もコーディネーターだ。自分たちとプラントに行ってくれるとなれば、子供達の方も安心できるだろうとフラガは言外に付け加える。
「私は、シャリアと一緒にいるわ。だから、あなた達にみんなことを頼みたいの」
 そんな二人に、セラはさわやかな笑みを返してきた。それはあまりにも透明すぎて、かえって不安を感じさせる。
「……シャリア……セラ……」
 まさか、とムウは心の中で呟く。それは、ラウも同じだったらしい。
「二人とも……」
「馬鹿だな。何を心配しているんだ。俺たち二人だけならいくらでも方法はあるんだ。ちび共に、あまり殺伐とした光景を見せたくない……って言うだけだよ」
「何の心配もいらない状況になったら、すぐに連絡をするわ」
 二人はすぐにムウ達の疑念を打ち払うようなセリフを口にする。だが、それが嘘だと言うことは彼らにはわかってしまった。彼らの両親も、あの時同じようなセリフを口にしたのだから……
「いつまでも、こんなくだらない対立が続くわけがない。だから、心配はするな」
 そう言われれば言われるほど、不安が大きくなっていくのだ、シャリア達が知らないわけはない。
 だが、彼らはきっと覚悟を決めてしまったのだろう。
 そして、それは自分たちの言葉程度では翻すことが出来ないのだ。
「もし……私たちがダメでも、あなた方が何とかしてくれるわよね?」
 この言葉が二人の本心なのだろう。
「確約は出来ません」
「努力はしますけどね」
 そんな二人に、これ以上、逆らうことは出来ない。そして、少しでも彼らの気持ちを軽くしようと二人はこう口にする。
「悪いな、ムウにラウ」
 何気なく告げられた言葉の裏に隠された意味を二人はしっかりと受け止めた……

 それが、二人と語り合った最後の時間になった……

「結局、何も変わっていないって言うことかよ」
 素性を隠して、連合軍に潜り込んだムウは、その中に公然と漂っているコーディネーターへの憎悪を感じ取ってため息をつく。
「あんた達のしてきたことは、いったい何だったんだろうな」
 何も変わっていないだろう……とムウは呟く。
 そして、全てを諦めようかとまで思い始めたときだった。
 ムウは彼らと出会う。
 彼らのお互いがお互いを思いやる気持ちは、あの二人が求めていたもののように彼の瞳には思える。そして、その中心にいるのは間違いなく《コーディネーター》の少年で……彼には二つの種族の違いなど関係ないようだった。
「……さて、どうするかな……」
 どこかで見たようなまなざしを持つ少年。
 口では悩むふりをしながらも、ムウの気持ちは決まっていた。

 そして、全てが動き始めた……






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