傀儡の恋
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「お散歩に行きませんか?」
ラクスがこう言いながら顔を出す。
「……僕は……」
以前いた小島であればうなずいたかもしれない。
だが、ここはアスハ宮殿に近すぎる。いくら私有地とはいえ、どこに誰がいるのかわからない。それを考えれば、うかつな行動はとらない方がいいのではないか。
しかし、ラクスの背後にいる子供達の様子を見てしまえば断るのもはばかられる。
どうしたらいいのだろう。
一番簡単なのは素直にうなずくことだとはわかっていた。それでも万が一を考えてしまうと動きが止まってしまう。
「行きましょう」
そんなキラの葛藤がわかっているのだろう。ラクスは笑みを深めるとそう告げた。
「みんな。キラを押してあげてくださいな」
事前に打ち合わせをしていたのだろうか。ラクスの言葉を耳にした瞬間、子供達がわらわらと集まってくる。そして、キラの腕や腰に手をかけた。
「……ちょっと……」
そのままぐいぐいと押されてキラは慌てる。
「みんなが行動に出ているのです。あきらめてください」
ラクスの笑顔がこんなに怖いと思ったのは本当に久しぶりだ。
「お日様の光を浴びれば気持ちも明るくなります。そうすればいい考えも浮かぶものですよ」
だが、こう言われては文句も言えない。キラはそう考えると小さなため息をつく。
「納得していただけたようですわね」
では行きましょう、とラクスは先頭に立って歩き出す。その後を年少の子供達。そして、キラと彼を取り巻いている子供達が続いた。
「今日は海岸ではなく道路の方を行きましょうね」
足下が危ないから、というのは子供達のことだろうか。
こんな風に団子状に固まっているから、一人でもバランスを崩せばみんなが倒れると思っているのだろう。
かといって、離れれば自分が部屋に戻るかもしれない、と予想しているのではないか。
ならば手をつなぐだけでもいいのに、とキラは考える。
それとも、それだけでは不安なのだろうか。
ここ数年の自分の様子を考えてみれば、それも無理はないのかもしれない。そんなことも考える。
小さなため息と共に足を動かすが、やはり歩きにくい。
「逃げないから、順番に手をつなぐことで妥協してくれないかな?」
キラは子ども達にそう声をかける。
「いや!」
しかし、すぐにこう言い返されてしまった。
「手だと二人だけだもん」
「お兄ちゃんとお散歩できるのは滅多にないのに」
さらにこう付け加えられる。
これに関しては、確かに反論できない。だが、とキラが次の言葉を探そうとしたときだ。
「あきらめることですわね、キラ。みんな、キラが大好きですの」
ただそれだけだ。そう言われても納得していいものかどうか悩む。
「……でも、転んだら危ないよ?」
「あなたがいてけがなんかさせるはずがありませんわね」
即座にそう言い返される。口で彼女に勝てるわけがないと思っていてもなんか悔しい。
「それに、みんなといればなにも考えている余裕はないでしょう? その間に、一度、思考をリセットしてください」
それからもう一度、最初から考え直せばいい。ラクスはそう言う。
「……別に、何も……」
ないと口に出す。もちろん、それは嘘だと自分自身がよく知っている。
考えなければいけないことはたくさんある。
だが、それは自分自身の問題で、両親にすら相談できない内容だ。
まして、ラクスには何も言えない。
「そう言いたいのでしたら、その顔色の悪さをなんとかしてくださいませ。そうでなければ、おじさまも心配されますわ」
今日、顔を出されるそうですよ。そう付け加えられて、キラは深いため息をつく。
「本当に、ラクスは僕を振り回すのが得意だね」
「当然ですわ。わたくしとキラはよく似ておりますもの」
何が、とは聞かない。それは十分、自覚していることだ。ただ、自分よりも彼女の方が強い精神を持っていると言うだけだろう。
それが悔しいとも思わない。
「そうだね」
だから、この一言だけをキラは口にした。