傀儡の恋

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 そういえば、最近、ブレアからの連絡がない。
 ラウは不意にその事実に気づいた。
「何かあったのか?」
 便りがないのはよい知らせ、と言うが何かが引っかかっている
「確認してみるか」
 直接の連絡は難しいかもしれない。だが、メールであれば届くのではないか。
「何が起きているのか、知らなければまずいことになるかもしれない」
 それが自分にだけ降りかかってくるならばいい。
 一度は死んだ身だ。本来の状況に戻るだけだと言えば納得できる。
 しかし、それが周囲の者達に及ぶとなれば話は違う。
「あの男はどうでもいいが」
 バルトフェルドならば何があろうと切り抜けてくるだろう。その周囲にいる者達もだ。
 だが、あの島にいるキラや子供達はどうだろうか。
 本音を言えばあの子供達の過去には同情するが、だからといって、自分がどうでもいいことだ。
 しかし、彼らに何かがあればキラが悲しむ。
 それを回避したい。
 本当に、自分は何処まで甘くなったのか。それとも、すべてキラが関わっているからか。
 そんなことを考えつつもラウはキーボードに指を走らせる。
 メールはすぐに書き上がった。
 問題は、と小さなため息をつきながら送信するためにエンターキーを押す。
 これが無事にブレアの元に届くか。そして、返事か帰ってくるかのにてんだろう。
「……やっかいごとが起きていなければいいが」
 小さな声でつぶやかれた言葉はラウ以外の者の耳には届かなかった。

 何かが起きようとしている。
 しかし、それが何であるのか、自分にはわからない。
 それ以前に、この感覚が正しいのかどうか。それすらもわからない。
「……僕は《人間》じゃないから、かな?」
 こんな風に胸がざわめくのは、とキラはつぶやく。
「どちらにしろ、僕にできることはないよね」
 自分が下手に動けば世界はまた混乱のるつぼにたたき込まれるだろう。
 自分で自分の力をコントロールできない以上、それは分かりきっている事実だ。
 それでも、と小さなため息とともにはき出す。この優しい箱庭が壊されそうになったとき、自分は黙ってみていられるだろうか。
 自分自身が消えるだけならば、それでもかまわない。
 だが、ラクス達がこの世界から消えるのはいやだ。彼女たちには世界を変える力があるのだから。痛みと悲しみを知っている彼女たちならば、きっと優しい世界に導いてくれるだろう。
「僕ができるのは壊すことだけ」
 作り出すことはもちろん、守ることもできない。
 キラはそうつぶやくと視線を空へと向けた。そこには以前と変わらない星々が瞬いている。
「僕もあのとき、あの中の一つになればよかったのにね」
 そうすれば、世界はもう少し単純になっていたのではないか。
「カガリもアスランも、あそこまで苦労しなくてもすんだかもしれない」
 そのときは悲しんでくれただろう。だが、時間がその悲しみを和らげてくれるらしいことも、キラは知っている。
 実際、マリューは最近、笑うようになった。バルトフェルドもアイシャの話を普通に口にするようになった。
 もっとも、その裏でどれだけの涙が流されたのか。それもキラは知っている。
 それでも、乗り越えられるのだ。
 だから、と付け加える。
 自分は彼とともにあの光の中で消えるべきだったのではないか。
「……ラウ・ル・クルーゼ……」
 今はいない相手の名前を口にする。その響きがどこか甘く感じられるのはどうしてなのか。
 その答えをキラは持っていなかった。

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