傀儡の恋
38
ブレアと別れて図書館へ向かおうとしていたラウの足が不意に止まる。
視線の先にいるのは、間違いなく知っている相手だ。だが、何故彼がここにいるのかがわからない。
それでも、と心の中で呟く。自分のことを悟られるわけにはいかない。
今までの行動が不自然にならないように、近くにあったショップへと足を向けた。そこで適当に筆記用具を購入する。図書館に行くなら持っていても不自然ではないだろうと判断したのだ。
出来ればこれで別人だと思って欲しい。
そんなことを考えながら店を出る。
しかし、そこには彼がいた。
しかもまっすぐに自分を見つめている。いや、にらみつけているといった方が正しいのか。
これに気づかない人間はよほど鈍感な人間だけだろう。
「何かご用ですか?」
仕方がないと判断をして問いかけの言葉を口にした。
「先ほどから僕のことを見ていらっしゃるようですけど?」
さらにこう付け加える。
「……あなたは、ラウではないのですか?」
即座に彼はこう聞き返してきた。
「人にものを聞く態度ではないと思いますね」
あきれたように彼を見つめる。
「残念ですが、僕はあなたを知りません。名前も名乗らない方に答えを返すとでも思っていらっしゃいます?」
さらに言葉を重ねた。その時の話し方を故意に変えたのは言うまでもないことだ。
「……それは……」
この言葉に開いては一瞬ひるむ。
「こちらのセリフです」
だが、すぐに表情を引き締めるとこう言い返してきた。
「何、わざとらしく他人のふりをしているのですか?」
「他人の振りも何も、本当にあなたのことを知らないのですが……」
真顔でそう告げれば、彼の顔が真っ赤に染まる。
「ラウ! いい加減にしてください」
そのまま彼はこう叫ぶ。
「俺です! レイです!!」
いったいいつの間にこんな子供になったのだろうか。ふっとそんな思いがわき上がってくる。
「レイ、君ですか? ここに住んでいらっしゃるなら、僕は初めて来たのですけど」
少しだけいらつきを声音ににじませながら言葉を返す。
「だって……」
このしつこさは、自分が〈自分〉だと確信しているからか。しかし、彼も自分が死んだことは知っているはず。それでも信じられなかったと言うことだろう。
そこまで思ってもらえることは嬉しいのかもしれない。
だが、今のラウには煩わしいとしか思えなかった。
勝手な考えかもしれない。それでも、一度死んだ身だからこそ、今度は自分の一番の願いのために生きようと思ったのだ。
「残念ですが、本当に知らないものは知らないのです」
そのためにも、レイにはここであきらめてもらわなければいけない。
「何でしたら、うちの兄に確認してもらってもかまいません」
こうなればブレアも巻き込んでしまおう。そう判断をして言葉を重ねた。
「兄、ですか?」
「えぇ。ここには兄の知り合いに会いに来ています。ただ、時間があったので図書館に行こうと思って出てきただけですよ」
それが何か、と首をかしげてみる。自分でもちょっと気持ち悪いが、レイには予想以上の効果があったようだ。
「そんな……」
小さな声でそう呟くと表情を曇らせた。
「申し訳ない。あなたがあまりにも知り合いにそっくりだったので」
それでもすぐに謝罪の言葉が出てくるところはほめてもいいのかもしれない。
「ご理解いただけたのならば十分です」
さわやかな笑みを浮かべるとラウはそう言い返す。
「では、これで」
言葉とともに体の向きを変える。そして、ラウはそのまま歩き出した。