傀儡の恋

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 翌日、アスランが数人の男達とともに顔を見せた。
「故障箇所を確認したい。乗り込んでもかまわないか?」
 その中の一人がこう問いかけてくる。
「もちろんです」
 即座にそう言い返す。
「じゃ、ちょっと失礼するぞ」
 彼の言葉とともにそばにいた者達がボートを準備し始める。手間がかかるが、ここに桟橋がないから、機材を濡らさないためには仕方がないのだろう。
 だが、その手際はいい。おそらく、こう言う行為になれている者達なのだろう。
「……統率がとれすぎています。ひょっとして、元軍人でしょうか」
 ソウキスがそう問いかけてくる。
「可能性はあるな」
 とりあえずとは言え停戦状態にあるからか。大量の除隊者が出ているそうだ。その中でもこうへいだった者達が技術者として働いていてもおかしくはない。
「私の素顔を知っている者はいないはずだ。だから堂々としていたまえ」
 堂々としていれば普通は不審を抱かれない。あれこれとごまかそうとするからぼろが出るのだ。そうささやく。
「わかりました」
 ソウキスはそう言うと元の位置へと戻った。
「はしごを下ろしてくれ」
 そんな彼の背中に向かってこう告げる。これは今の動作に違和感を抱かれないようにと判断しての行動だ。
「はい」
 同じ判断をしたのか。すぐに彼は言葉を返してくる。
「これで戻れればいいが」
 小さなため息とともにそう呟く。
 ここにいるのはいやではない。
 夕べの様子から判断すれば、キラがまた訪ねてくるだろうと簡単に想像が出来た。それがラウの心をふるわせる。
 だが、それではいけないのだ。
 そんなぬるま湯のような幸せにつかっていれば、いつかは大きなミスを犯すだろう。そうでなくても《一族》がよからぬちょっかいを駆けてくる可能性だってある。
 それよりはあの一瞬の幸せをかみしめながら距離を置いた方がいい。
 キラがどのような状況に置かれているか。それがわかれば十分だろう。
 そんなことを考えているうちに男達がやってきた。
「乗船の許可を」
「どうぞ」
 やはり彼らは軍人かそれに近しい経験の持ち主らしい。何気ない言動にもそれが出てくるのか、と思いながら言葉を返す。
「じゃ、失礼して」
 がっしりとした体型とは裏腹な身軽な仕草で、彼は甲板へと姿を見せた。
「マードックと言います。とりあえず、よろしく」
「ラウです。よろしくお願いします」
 言葉とともにラウは軽く頭を下げる。
「ラウ、と言うのは?」
「名前です。それ以外、親は俺に何も与えてくれませんでした」
 そう告げれば、マードックは申し訳なさそうな表情を作った。どうやら、自分と違って根が善良なのだろう。
「今は奨学金をもらって研究が出来ていますから、それで十分ですね。資格だけは取りまくっていますし」
 笑いながらそう言えば、彼は小さく頷く。
「それで、エンジンの不調に関してですが……」
 そして話題を変えてくる。こちらとしても下手に突っ込まれてボロを出すわけにはいかないから、渡りに船と言ったところだ。
「最初はプラグかと思って交換したのですが変わりませんでした。後考えられるのは、制御プログラムですが、そちらは専門ではないので……」
「確かに。下手にいじらない方がいいですな」
 言外に『放っておいてくれて助かった』と言われているような気がするのは錯覚ではないはずだ。
「では、確認させていただきましょう」
「こちらです」
 マードックを案内するために体の向きを変える。その瞬間、こちらをにらみつけているアスランが確認できた。
 どうやら、自分に懸念を抱いているらしい。
 それでもあれこれ言ってこないのは、自分の正体にまでがたどり着いていないのだろう。いや、たどり着いたら、それはそれで厄介だが。
「すみませんな」
 ラウの視線に気づいたのか。マードックがこう言ってくる。
「あなたが謝ることではないと思いますが?」
 それにこう言い返す。
「この島には孤児院があると聞いています。子供達が気にかかるのでしょう」
 自分達は部外者だから、と続ける。
「まぁ、そんなところだ」
 苦笑とともに彼はラウの背中を叩いてきた。そして、ソウキスがいるエンジンへと歩み寄っていく。
 これで一端この場を離れることになるだろう。なんだかんだと自分に言い聞かせていても、やはり寂しいと思う気持ちは完全に消すことは出来なかった。

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最遊釈厄伝