傀儡の恋
10
ラウ達が思い描いた道が修正を余儀なくされたのは、ただ一人の少女の存在故だった。
「……ラクス・クライン……」
彼女の存在は自分達が想像していた以上に大きなものになっていたらしい。
「あなたの歌声は好きだったのですが、ね」
しかし、自分の目的を邪魔してくれるのであれば見過ごすわけにはいかない。
「私を邪魔していいのは、あの子だけだ」
自分のわがままでそれまでの世界を壊してしまった、と口の中だけで続ける。
「……ラウ。お茶にしませんか?」
その時だ。すぐそばからこんな声が届いた。
「レイか」
「夕方にはザフトに戻るのでしょう? それまで付き合ってください」
ねだるように彼はこう続ける。
「そうだな……そのくらいはかまわないだろう」
ひょっとしたら、これが最後の顔合わせになるのかもしれない。そう考えれば、レイのこの願いを聞かないわけにはいかないだろう。
「それと……」
「何だね?」
彼が口ごもるとは珍しいこともあるものだ。聞きたいことはいつもストレートに聞いてきたのに、と思わずにいられない。
その言葉にレイはしばらく視線を彷徨わせている。
「誰ですか、ラウの思い人は」
だが、意を決したのだろう。こう問いかけてきた。
「そうだね……私の運命だよ」
言うなれば、と苦笑とともに言い返す。
「運命、ですか?」
レイが目を丸くしながら呟いている。
「そうだよ。その尊大のために私は生まれ、私のせいでその存在は大切なものを失った。それでも、私にとってその存在は大切なのだよ」
自分にとって優しい日々の思い出の中には、いつもキラの存在があった。
あの日々があるからこそ、自分はこうしてここにいられる。
「私が倒れることがあるとするならば、その手で逝きたいものだね」
そうすれば、少しは彼の心の中に自分の存在を残せるかもしれない。
「それほど、ですか?」
レイが目を丸くしてラウを見つめる。
「それ以上だろうね」
多分、レイが想像している以上に自分はキラに依存しているはずだ。自分でもどれほどなのかわからない。
本当に、いつの間にこれほどふくれあがったのだろうか。
それすらもわからない、とラウは小さく自嘲の笑みを浮かべる。
「ギルも、彼女のことをまだあきらめていないようです」
あきらめられるはずがないだろう、とラウは心の中で呟く。
彼にとって彼女はまさしく運命の相手だったはずだ。
ただ、子供だけが生まれないだけで。
しかし、女性にはそれは重要な問題らしい。
「……俺には、わかりません」
レイはこう呟く。
「多分、理解できる時間もないと思います」
「どうだろうな」
ラウはそう言って微笑む。
「ギルはまだあきらめていないはずだ。それに……」
「それに、なんですか?」
「連中のライブラリには何か残されているかもしれない」
あるいは木星か。
ギルバートのことだ。あれこれと手を回しているはず。
ただ、自分には間に合わないだろう。ラウは心の中で付け加える。
「君は最後まであきらめないことだ」
言葉とともにラウはレイの髪をそっとなでた。