「ミゲル!」
 この呼びかけだけで彼が何を言いたいのかわかってしまう。そんな自分が少しだけ悲しい。
「先に行っててくれ。拾ってから追いかける!」
 こう言葉を返しながらも脳裏では目標がどこにいるのか考え始めてしまう。
 普段の行動を考えれば、候補地はいくつかに絞られた。何処にいても、十分時間までに間に合うだろう。
 そう判断をして、ミゲルは歩き出す。
「頼むな。あいつがいないとやばいんだ」
 苦笑とともに彼はミゲルの背中に言葉を投げかける。その理由もミゲルには十分わかっていた。
「わかってるって。俺も含めて、一蓮托生だからな」
 次はチーム単位で評価されるシミュレーションだ。そして、自分たちの中心になるのは、何故かあのオコサマだったりする。
 それに、とミゲルは思う。
「どうしても、放っておけないんだよなぁ」
 何故か手を貸してやりたくなるのだ、彼は。それでも仕方がないと思えるのは、自分が実生活でも《兄》だからだろうか。
 それとも、キラ自身が持つ魅力のせいか。
 どちらにしても、自分たちにとって彼は必要な存在であることだけは間違いはない。
「本当、あいつは手がかかる弟で、信頼できる仲間、だからな」
 しかし、自分にとってどちらがより重要なのだろうか。
 それに対する結論は、ミゲルの中でも出ていない。というよりも、どうでもいいと思うようになった……というのが正しいのだろうか。
「ともかく、今はさっさと連れて行かないと……」
 最優先事項はそれだな、といいながら、ミゲルは敷地の直ぐ側にはえている気を見上げた。そこがチェックポイントの一つなのだ。
「ここだったか、今日は……」
 そうすれば、木の枝から下がっている細い足が見える。
 しかも、ほとんど揺れないそれから判断して、どうやら彼は熟睡しているようだ。
「キラ! 時間だぞ!」
 本当にこいつは、と思いつつ、ミゲルは思い切り木の幹をけりつける。
「……うわっ!」
 少々、力の加減を間違ったのか。
 叫びと共にキラの体が枝から落ちてきた。
「やべっ!」
 慌ててミゲルは手を差し出す。その腕の中に、狙ったようにキラの体は飛び込んできた。

「……というのが日常だったって言うわけ。本当、あいつのおかげでそれなりの順位に滑り込んでいなかったら、本気で縁を切ってやろうか……と思ってたよ、俺は」
 もっとも、それはできなかっただろうが……とミゲルは苦笑を浮かべる。
「ようするに……今と全然変わっていないわけだ」
 こう言いながら、ラスティはふわふわと浮いているキラへと視線を向けた。どうやら、こんな状況だというのに本気で眠っているらしい。
「アスラン。どうかしたのですか?」
 何やら考え込んでいる彼に向かって、ニコルがこう問いかける。
「……ミゲル……」
 それには直接答えを返さずに、アスランは彼に呼びかけた。
「何だ?」
 何やら楽しそうな口調でミゲルが聞き返す。
「本当に、それだけか?」
「何が、だ?」
「キラに助けられたって言う内容は、本当にそれだけなのか?」
 アスランが何かを確信しているような口調でさらに言葉を重ねる。
「何が言いたいんだ、お前は」
 さらに笑みを深めると、ミゲルもまた聞き返す。
「……ハッキングをして、誰かの成績を誤魔化さなかったか?」
 諦めたかのように、アスランはこう言い切る。
「それは、やってないな」
 にやり、と笑いながら、ミゲルが意味ありげなセリフを口にした。
「……それは?」
「って言うことは、他に何かやらかしたって事か?」
 今まで黙っている側だったディアッカとイザークも身を乗り出す。
「やった。教官の中に、セクハラをするバカがいてな。そいつを放り出すために、キラが中心になってあれこれやったんだよな」
 もちろん、アカデミーのマザーに侵入をしてあれこれデーターを集めたのはキラだ。そして、それを元に動いたのが自分たちだ、とミゲルは付け加える。
「お前達が入学したときのような熱狂的な状況じゃなかったからな。バカも多かったんだよ」
 或いは、それを推奨していたのかもしれないな、とミゲルは付け加える。
「そう言えば……キラさんのバックにはクルーゼ隊長がいらっしゃったんですよね……」
「他にも、あちらこちらに知り合いがいたんだろう?」
 十分あり得る。
 誰もがそう思ってしまう。
「……まぁ、キラのおかげで無事に卒業まで辿り着けた連中も、あちらこちらで隊の中軸を担っていることだし……結果オーライって言うことだよな」
 ミゲルだけがニヤリと笑っている。だが、他の者はそう言うわけにはいかない。
「……キラにだけは……絶対逆らえないな」
 今更ながらのセリフをイザークが口にする。そうすれば、
「って、そのつもりだったんですか?」
 呆れましたね、とニコルがため息をついた。
「それに関しては、アスランにがんばって貰うしかないんじゃねぇ?」
 いろいろと、と意味ありげにラスティが呟けば、
「そうだな。がんばってくれ」
 とディアッカがアスランの肩を叩く。
「何が言いたいんだ、お前らは……」
 そんな彼らに向かって、アスランがこうぼやいた。

 クルーゼ隊は、ある意味、本日も平和だった。

ちゃんちゃん



トリィ2及び9月通販用のペーパーでした。
キラとミゲルのアカデミー時代の話、と言うところでしょうか(苦笑)