痛みよりも幸せの方が強い。
 だが、現実には身動き一つ出来なかった。
「キラ、ゴメン……」
 そんなキラの顔を覗き込みながら、アスランがこう言ってくる。まさか、後悔をしているのだろうか、とキラは不安になった。
「手加減できなかった……っていうか、俺だけ気持ちよくなっちゃって……」
 キラの方が負担が大きいって知っていたのに……と彼は肩を落とす。
 つまり、アスランが後悔をしているのは、自分の今の状況に関してだ、ということか。キラはそう判断をする。
「……僕が、いいって言ったんだよ?」
 重い腕を何とか持ち上げると、キラは彼の頬にそっと触れた。
「確かにいたいけど……でも、嬉しいんだけど、僕」
 アスランがそうなるくらい、自分のことを欲しいって思ってくれた、という事実が……とキラは微笑む。
「当たり前だろう?」
 欲しくて欲しくてたまらなかったんだから……と言いながら、アスランはようやく微笑みを作る。その表情のまま、彼はそうっと身をかがめてきた。
「あの日から、ずっと、こうしてキラの中に俺を刻み込みたかったんだし……」
 その願いが叶ったのだから、幸せでないはずがない……と囁きながら、彼はキラの唇に自分のそれを重ねてくる。キラもそれを自然に受け止めていた。
 だが、本当に重ねるだけでアスランは身を退く。
「アスラン?」
 どうしたの? と瞳で問いかける。
「これ以上やると、本気で抑えが効かなくなる」
 キラに今以上の負担を与えるわけにはいかないだろう? と彼は笑いながら付け加えた。
「別に……」
「キラは良くても他の人たちも同じ考えだ、とは限らないだろう? ムウ兄さんにからかわれたり、隊長にオモチャにされるだけならばかまわないけど……カガリに半殺しにされるのだけは遠慮したい」
 そうすれば、キラと一緒にいられる時間が減るから……と真顔で付け加える彼に、キラは苦笑を滲ませる。
「アスランが、そこまで弱いわけないだろう?」
 いくら強くても、カガリは女の子で、ナチュラルだ。
 コーディネイターで軍人のアスランを、早々簡単に半殺しの目に遭わせるとは思わない。それがキラの本音だった。
「……それは、カガリがキラの前では猫を被っていたからだって……」
 素手でやりあえばどうなるかわからない、とアスランは付け加える。
「あんなのでも、カガリは女の子だし……隊長が味方につけば……」
 自分では勝ち目がない、と盛大にため息をつくアスランの腕に、キラは頬を寄せる。
「大丈夫。その時は僕がアスランに味方をするから」
 そうなれば、いくらカガリでも……とキラは思う。基本的に、彼女もキラが嫌がることはしないのだから、と。
「お願いするよ。それよりも寝られるようなら、寝て?」
 そうすれば、少しは楽になるかもしれない。アスランの言葉に、キラは小さく頷く。
「側にいてくれる?」
 それでもこう問いかけてしまう。
「もちろん」
 アスランは即答してくれた。それに、キラは安堵の笑みを浮かべる。
「アスラン、大好き」
 瞳を閉じる瞬間こう口にすれば、彼が真っ赤になったのがわかった。

 翌朝、アスランの綺麗な頬に真っ赤な手形が付けられていた理由は……敢えて言わなくても良いだろう。

 短い休暇を終え、彼らはまたヴェサリウスの一員となった。
 しかもだ。彼らだけではなく、カガリとフラガも一緒である。
「……あの新造艦が、地球の、サハラ地区で確認されたそうだ」
 そして、あの《砂漠の虎》が苦戦をしているらしい。それは、彼らが使っているバクゥの性能も関わっているのだろう。
「我々も奴らを追撃するために地球に降りる。同時に、オーブからの客人も安全に自国へお連れしなければならない」
 そちらに関しては、キラに任せることになるが……とクルーゼは付け加えた。
「わかりました。彼らを無事に送り届け次第、本隊に合流します」
 確かに、それはキラが一番適任だろう。アスランはそう思った。ただし、個人的には認めたくないとも思ってしまうが……だが、口に出すことは許されないだろうとも思う。
「あぁ。おまけにラスティを付ける。二人なら、何とでも出来るだろう」
 おまけという言葉に、ラスティが一瞬眉を寄せる。だが、すぐに仕方がないと判断したのか、彼は敢えて口を開くことはない。
「……キラはともかく、ラスティがオーブで何をしでかすか、かなり不安だがな」
「まぁ、俺達よりも向こうとしては警戒されないだろうが」
 ぼそぼそとディアッカとイザークが囁き合っている。もっとも、それはアスランも同意だった。
 おそらく、それも含めて人選をしたのではないだろうか。
 自分たちのような強すぎるバックボーンは彼にはない。それはミゲルも同じだ、といえるが、キラだけではなく彼までいなくなられてはクルーゼのフォローが大変になる。そう判断してのことだろう。
「大丈夫でしょう。キラさんがご一緒なら」
 ニコルがそんな彼らに向かってこう言い切る。
「あぁ。キラならラスティのポカもフォローしてくれるだろう」
 苦笑混じりにアスランもこう口を挟む。
「なんだよ……誰も俺のフォローはしてくれないのか?」
 ラスティがとうとうがまんできないというように唇をとがらせる。
「諦めな。それに関しては……俺でも出来そうにないから」
 そんなラスティに、ミゲルがとどめを刺す。その瞬間、クルーゼの執務室内に苦笑が響く。
「ゴメンね、ラスティ。諦めて付き合って?」
 その中で、キラだけがまじめな口調で彼に声をかけていた。
「ミゲルと引き離しちゃうのは申し訳ないけど」
 しかし、さらりと付け加えられた言葉が、その表情を裏切っている。
「そういうキラだって、さ」
 にやりっと笑いながら、ラスティがアスランに視線を向けてきた。
「お互い様だろう?」
 それに、すぐに合流できるのなら、オーブ見学も悪くはない、と彼は付け加える。それがどこか開き直っているような態度に思えるのはアスランの気のせいだろうか。
「ともかく、我々は任務を遂行すると共に無事に帰ってこなければならない。それだけは忘れるな」
 彼らの様子を微笑みと共に見つめていたクルーゼが、終わりを宣言するようにこう口にした。その瞬間、アスラン達は一斉に居住まいを正す。
「はっ!」
 そして、彼に向かって敬礼をした。

 地球での彼らの活躍は、また別の話になる。
 だが、彼らがザフトの勝利に貢献したのは、間違いのない話だった。




というわけで、終わりです。しかし、これも気が向けば第二部『地球編』とか、外伝『月編』も出来そうなくらいネタはあります。ありますが……書く時間があるでしょうか(^_^;
これもまた、希望が多ければ考えます、ということで(^_^;(^_^;