ラクスのコンサートが開かれたのはそれからすぐのことだった。
 平和の喜びと、自分たちの未来への希望。
 それを彼女は歌うのだ、とキラ達は聞いていた。
「……でも……あれを使うとは聞いてないよ……」
 ステージの中央に置かれた巨大モニターに映し出されている映像に、キラはため息をつく。
「どうするんだよ……僕もカガリも、会場内にいるのに」
 ラクスのファンに見つかったら、絶対に追いかけ回されるに決まっている。
 それでも、カガリは《オーブの姫》と知れ渡っている以上、遠慮をするものが多いだろう。そうなれば、被害は自分に集中するのではないか。そう思うのだ。
 カガリが被害を受けないのはいい。
 しかし、自分の周囲の者達まで巻き込むのは不本意だ、と思う。
「まぁ、確かにできはいいからな、あれは……」
 カガリも出ているし、この席にはふさわしいのかもしれないが……とアスランも呟く。
「一応、ここは関係者席だから、一般の人間が入ってこられないとは思うんだが」
 もちろん、カガリの所に比べれば侵入しやすいとは言える。だが、同時にここは避難しやすい場所でもあるから、と彼は続けた。
「そうなんだけどね……でも、ただでさえ、街を歩くのが大変なんだけど、最近」
 小さなため息とともにこう呟けば、アスランが苦笑を返してきた。
「でも、見られているだけだろう、取りあえず」
 その理由も想像できるけどな……と彼は付け加える。
「……アスラン?」
 何故、そこで言葉を切るのだろうか。そう考えながら、キラはアスランの顔を見つめる。
「キラ。ラクスがにらんでるぞ」
 しかし、問いかけるよりも先にこう言われてしまっては視線を戻さないわけにはいかない。ここで彼女の機嫌を損ねては後々こわいのだ。しかも、次の曲でラクスの伴奏をするのはニコルだし、となれば怒りは二乗化されるのではないだろうか。
 それよりは、アスランへの問いかけを一度中断をしてでも彼等の演奏に集中した方がいい。
 そう判断をしたのだ。
 アスランもまた、視線をステージへと戻す。
 まるで、そのタイミングを待っていたかのように、ニコルの指が柔らかな旋律を紡ぎ出す。そして、それに合わせるようにラクスが言葉を唇に乗せる。
 これが、きっとニコルが自慢していた新曲なのだろう。
 包み込むようにも感じられる柔らかな旋律にラクスの涼やかな声が合わされば、本当にすばらしいとしか言いようがないのだ。おそらく、ニコルはそれも計算してこの曲を書いたのだろう。
「……自慢する理由もわかるな」
 というより、自分でも自慢すると思う、とキラは心の中で呟く。
 だが、それが許されるのはやっぱり、あの二人だからだろう。
 それだけの実力を持っている人間でなければ、周囲から冷たい視線を向けられるのではないか。そうも思うのだ。
 それよりも、彼等の音のすばらしさの方が重要だけど……と考えているうちに二人の演奏が終わる。その事実が少し残念だと思うのは、きっとこれが最後の曲だ、とわかっているからだろう。
 と言うことは、帰路につかなければいけないと言うことでもある。その最中に何があるか、と考えれば気が重い。
「……キラ……」
 その時だ。不意にアスランがキラの腕を掴んだ。
「アスラン?」
「こっち」
 言葉とともにアスランはキラを立ち上がらせる。そのまま引きずるようにして歩き出した。
 その先には、ラクスのSPが待っている。
「ラスティがこの前ごねていたっていったらな。ラクスも参加したいと言い出したんだよ。だから、今回はここから脱出な」
 その後、食事ができるところまで移動しよう……とアスランが囁いてきた。
「他のみんなは?」
「連中は一般の人にまぎれても大丈夫だろうから、別行動」
 一番心配なのはキラだし……とアスランは笑う。
「でも……」
 キラが思わず反論をしようと思ったときだ。なんか、背後からとんでもない声が聞こえてくる。
「……何?」
「確認しなくていい。それよりも、さっさと逃げよう」
 そうすれば、全部収まるから……とアスランは口にした。同時に、強引に引っ張るようにして駆け出す。
「ちょっとアスラン!」
 なんで、とキラは問いかける。
「いいんだよ。キラは俺のだから」
 で、俺はキラのだしな……と言う言葉に頬が熱くなってしまう。
「何、恥ずかしいセリフを言っているんだよ!」
 バカ! とキラは叫ぶ。それに対し、アスランは笑い声だけを返してきた。

 コンサート会場からドア越しに覗く外は光に満ちている。それが、これからの世界を象徴しているように思えるのは錯覚だろうか。
 そんなことを考えながら、キラはアスランに導かれるままドアをくぐり抜けた。
 その先にあるものが何であるのかはまだわかない。
 だが、キラの瞳はまっすぐに未来だけを見つめていた。