「……どういうことだ!」
 不意に襲撃を受け、艦内でも混乱が起き始めている。
「これだけ多数で移動していれば、いやでも見つかるでしょうね」
 当然でしょう……とアズラエルだけが平然としていた。
「あの忌々しい砂時計まで、後どれだけかかりますか?」
 淡々とした口調でこう問いかける。これが一番重要なことなのだ。
「……何事もなければ、後八時間ほどでした」
 それだけの距離に近づいていたからこそ、あちらも気が付いたのか。あるいは、最初からこの地で自分たちを迎え撃とうとしていたのかもしれない。
「そうですか」
 さて、どうしようか……と思う。
 艦隊の一つや二つ失ったところでたいした損失ではない。だが、核を積み込んだ母艦が失われては、せっかくの作戦が無駄になってしまう。
「仕方がありません。彼等を出してください」
 あれらがあの作り物の《化け物》を撃ち落とす光景は、他の者達の士気を高めるだろう。
 何よりも、自分の行動に反対した連中に対する嫌がらせにもなるのではないか。
 そして、さらに選りすぐれた存在を生み出すための研究が進められるだろう。そして、あれらの手を必要としない日々が来るはずなのだ。
 そのための第一歩、として、かならずこの戦いに勝たなければいけない。
 自分の期待に、彼等はきっと応えてくれるだろう。
 いや、応えてもらわなければいけない。
 少なくとも、彼等にかけた金が無駄ではなかった、と証明してもらわなければいけないのだ。
「理事」
「それと、戦艦よりも、切り札を積んだ空母の方を確実に守ってください。でなければ、せっかくの作戦が失敗に終わりかねません」
 あの切り札がなければ、自分たちの勝利はないのだ。そう告げれば、目の前の艦長は微かに眉を寄せる。どうやら、自分の言葉に不満があるらしい。
 それでも言い返して来ないのは、軍人としての教育が行き届いているからだろう。
 有能であれば女性もどんどん責任ある立場に尽かせるべきだろうが、基本的に感情で動く彼女たちに、戦艦の艦長は重荷ではないだろうか。それでも、今のような態度を取れるのであれば妥協してもいいのかもしれない。そう思う。
「彼等の発進準備、できました」
 そう考えている間にもこちらの指示は適切に進められていたらしい。
「他のMSはどうしますか?」
 不意に艦長が問いかけてくる。
「彼等の邪魔になると思うのですけどね」
「そうかもしれませんが……少なくとも艦の防衛にはなると思われます」
 この言葉に、アズラエルは『おやっ』と思う。
 ひょっとしたら、先ほどの認識を改めた方がいいのかもしれない。そう感じたのだ。
「そうですね。では、そうしてください」
 満足げな気持ちで、アズラエルはこう頷いた。

「何があったの?」
 隊に戻った瞬間、キラは真っ先に出会ったラスティにこう問いかける。
「防衛戦が突破されたらしい」
 現在、情報を収集している最中だそうだ……と彼は続けた。
「でも、それを待っているわけにはいかないから……俺たちは出撃だって」
 ヴェサリウスに残るミゲル以外は、それぞれ別の艦に乗り込むことになったし……と彼は続ける。
「ラスティは、ニコルと……だっけ?」
「あぁ」
 本当は、ミゲルと一緒の方がいいんだけど……と彼は付け加えた。その方がミゲルも安心できるのだろうが、とキラは判断をする。しかし、彼等は《紅》でミゲルは《緑》だ。その差は大きい。
 それに、と心の中で付け加える。
 ミゲルはクルーゼの副官である、とザフト内で認識されているのだ。クルーゼに声をかけるよりも彼に伝えた方が楽……と考えているものが多いことも否定できない。同じ副官である自分を捕まえるのが難しい以上、彼をクルーゼから引き離すのは他の隊とのかねあいでマイナスだ、と考えたのではないだろうか。
「頑張ってって、言うべきなんだろうけど」
 この場合、と苦笑を浮かべながらキラは言葉を続ける。
「死なないでね。ミゲルのためはもちろん、僕たちのためにも」
 でないと、後々面倒になるから……と言えば、ラスティは苦笑を浮かべてみせる。
「わかってるって……俺だって、あんなミゲルを見るのはもうごめんだからな」
 だから、絶対に生き残ってみせる! とラスティは言い返してきた。
「期待してるよ。終わったら、みんなでご飯でも食べに行こう」
 そんな彼に向けて、キラはこういった。
「それいいな。ディアッカあたりなら、詳しそうだ」
「ミゲルも詳しいと思うよ」
 というよりも、その手の情報を一番持っているのは彼だ、とキラは言い切れる。
「だよなぁ。妙なところでまめだもん」
 うまいところに連れて行ってくれるよな……とラスティも頷く。
「イザークも……詳しいと思うぞ」
 さりげなくアスランも口を挟んできた。
「じゃ、あいつらも巻き込んで、ぱーっとやろうか」
「そうだね」
 だから、かならず生きて帰ってこい……という言葉をまた重ねるようなことはしない。それは誰もがわかっていることだから、だ。
「またな」
「またね」
 この言葉とともに、キラ達とラスティは左右に別れた。