この照らす日月の下は……
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地球軍の新造艦が遠ざかっていく。
「隊長……よろしいのですか?」
ミゲルが問いかけてくる。
「オーブが出てきた以上、仕方があるまい。それに、あの艦と一機のMSだけでどこまで踏ん張れるだろうね」
しかも、あれのOSは未完成だろうし、とそう続けた。それの開発にもまだ時間がかかるだろう。
「それに、この近辺にいるのは我々だけではないからね」
小さな笑みを口元に刻みながら彼はそう続ける。
「近隣に味方が?」
「ラクス嬢の一件がある。万が一を考えて後詰めを頼んでおいた」
それでなくても捜索に名乗りを上げたものは多いらしい。その言葉に周囲のもの達は納得したという表情を作った。
「我々が最優先すべきなのはラクス嬢の保護だ。そのためならば、あんな卑怯者を一時見逃すぐらいどうと言うことはあるまい」
どのみち逃げられないのだから、と続けながらも、あの男ならばそれを利用してオーブに戻るぐらいのことはやりそうだなと思う。
もっとも、そろそろあちらは潮時だろう。いいタイミングと言えばそうなのかもしれない。
自分はもう少しかかるだろうな。心の中でそうつぶやきながらラウは視線をアスランへと移す。
「アスラン・ザラ」
「何でしょうか」
その名を呼べば即座に言葉が返ってくる。
「君は自分の義務をわかっているね?」
「と、おっしゃいますと?」
「君がすべきなのはラクス嬢をつれて本国に戻ることだ。オーブの知己を探すのは今すべきことではない、と言うことだよ」
あちらとの軋轢を生み出すような行為は禁止だ。そう続けた。
「意味がわかりません」
「……君が執着しているらしい人物について私が知らないとでも?」
アスランを部隊に入れると決まった際に申し送りされてきている。そう告げれば、彼は少しいやそうな表情を作った。
「探すなとは言わない。だが、優先順位を間違えるようなことだけはするな、と言っておこう」
自分たちにはオーブとのつながりは必要なのだ。それを一人の感情で断ち切るようなことはするな。そう釘を刺しておく。
だが、それも本人を目にしてしまえば無駄だろう。
できればあの子を彼の目の届かないところにおいていてほしい。
しかし、ギナの性格を考えればおそらくはそうならないだろう。逆にこの機会を逃さずにアスランの気持ちを徹底的にたたきつぶそうとするのではないか。
できれば使い物にならなくならないようにしてほしいのだが、それは難しいだろう。
だが、長い目で見ればその方がいいのは事実だ。少なくとも、キラがこの男に煩わされることはなくなる。それに、アスラン一人が使い物にならなくなってもザフトには他に優秀な人材がいるのだ。
「……善処します」
一瞬の間とそのいやそうな表情が彼の言葉を裏切っている。
「では仕方がないね。ラクス嬢の迎えにはニコルに行ってもらおう。ここの映像は使わないと言うことで本国には妥協してもらうしかないね」
本国でエスコートする姿があればとりあえずみんなは喜ぶだろう。彼はそう続けた。
「いいんですか?」
「サハクを怒らせるよりましだからね」
ミゲルの問いかけにラウはあっさりと言い返す。
「クライン議長も同意をしてくださるだろう」
この言葉にアスランも反論できないらしい。悔しげに唇をかんでいる。
「さて……あちらとの交渉に入ろうか」
それを無視して、ラウはそう告げた。
「アスラン・ザラは要注意か」
あちらからの連絡の中に潜んでいたラウからの伝言。それを見つけてミナはため息をついた。
「さて、どうするべきかな?」
「たたきつぶせばよかろう」
即座にギナがそう言ってくる。
「そうしたいのは山々だがな。あれでも一応使い道がある」
何よりも、うかつにたたきつぶせば後が面倒だ。こちらに非がないという状況を作らなければいけない。
だが、そのためにキラが傷ついては本末転倒だ。
「……他の者でも代用できるであろう?」
「それでも、わたくしは本国に戻るまでは必要ですわ」
あきれたようにつぶやくギナにラクスが苦笑を向ける。
「不本意ですけど、あれはわたくしの婚約者ですもの。本当に、思い切り不本意ですけど」
できれば今すぐにでも解消したい。しかし、そうすれば間違いなくあれは制御不能になるだろう。ラクスはそう言ってため息をついた。
「ったく……いっそ、私を殴らせるか? そうすればアスハから抗議できるだろう」
真顔でカガリがそうつぶやいている。
「だめですわ。そんなことをすればキラが悲しみます。あれには愛想を尽かすでしょうけど」
「それでいいだろう?」
「でも、その後はどうされます? あなたの顔を見るたびにキラが思い出しますわ」
「そっちは問題か」
じゃ、どうするか。そんな物騒な会話を交わす少女達にミナは「ふむ」と言葉を漏らす。そのまま視線を弟へと向けた。
「ギナ。とりあえず婚約してみるか?」
内々に、とそう続ける。
「やはりそれしかないか」
同じことを考えていたのか。彼はあっさりとうなずく。
「さすればサハクから苦情を伝えられるからの」
内々ならば解消してもかまうまい。
「お前以外の男ではあれこれと支障がでかねんしな」
カナードならばそういう問題はないだろうが、彼はあくまでもキラの《兄》だ。そういう対象ではあるまい。そうミナは続ける。
「……本人に納得させねばな」
ギナがそう言ってほほえむ。
「それは大丈夫ですわ。あれにはプラント最高評議会議員の関係者がたくさん乗っておりますもの。それらから余計なちょっかいをかけられないためだ、と言っておけばいいのです」
ラクスがあっさりと言葉を綴る。
「うかつに縁をつないでしまえばオーブのためにならない、と言えば、それだけでキラは納得しますわ」
そういうところはハルマとカリダがしっかりと言い聞かせて育てたのだろう。ラクスの言葉にミナもうなずく。
「ある意味、困ったことだが……あの子を守るためには必要だったからの」
そうでなければ、今頃馬鹿に奪われていたかもしれない。それだけは何があっても避けなければいけなかったのだ。
「極力接触させるつもりはないが、相手が相手だからの。念には念を入れておかねばなるまいて」
まずはキラにあれこれと言い含めておかなければいけないだろう。
「ギナ。あちらとの交渉、任せてもかまわぬな?」
「もちろんだ。あちらはあれが代表だからな。多少のことはごまかせよう」
彼のその言葉に一抹の不安を覚えたのは事実だ。だが今はあえて聞かなかったことにしよう。そう思いつつミナは体の向きを変えた。