この照らす日月の下は……
62
内密に届けられたメールにラウは思いきり頭を抱えたくなった。
「キラとカナードだけならばまだしもカガリまでもが行方不明とは」
前者二人であればそれなりに平穏な手段でオーブに戻るだろう。しかし、それにカガリが加わればどうなるか。想像が出来ない。
それ以上に頭が痛いのは、三人が行方不明になった原因が自分たちの作戦にあったと言うことだ。
「これは……後で半殺しにされるぐらいは覚悟しておかないといけないだろうね」
苦笑とともにそうつぶやく。だが、その表情はすぐに引き締められた。
「普通であれば、既にオーブ軍に保護されているはず。かといって、我々もあの子達を保護していない」
かといって、国に縛られていないジャンク屋ギルドや傭兵ギルドでもないだろう。そこであればすぐに連絡が行くはずだ。
そうなれば、後は消去法で地球軍しか残らない。
だが、この近隣にいる地球軍は自分たちが逃したあの艦だけのはず。
「……あの男がいるから大丈夫だと思うが……」
それでも万が一の可能性は否定出来ない。
いや、肉体的には何の問題がなかったとしても精神的にはどうだろうか。
地球軍の軍人の多くがブルーコスモスの思想に染まっていると言っていい。そんな者達の視線にさらされて、あの子の精神が保つだろうか。あの二人が一緒だとしても、だ。
「まずはそれを確認しないといけないだろうね」
だが、うかつに部下達に命じられないというのも事実。
ここにあの《アスラン・ザラ》がいなければ話は簡単なのに、とため息が出る。
間違っても彼に《キラ》のことを知られてはいけない。知れば暴走するのは目に見えているのだ。
それが彼の戦士という形で結末を迎えるだけならば妥協範囲内ではないか。戦場である以上、絶対に安全と言うことはあり得ないし、一瞬のミスが命取りだとパトリック・ザラも知っているはず。
だが、彼の暴走が味方を危機に陥れないとは言い切れないのだ。
「だが、あの二人になら話をしておいてもいいかもしれないね」
確実にあの子達の顔を知っているのは彼等だから、とラウはつぶやく。それに、アスランとの関係を見ていれば、うかつに話すこともないだろう。
「一番いいのは私だけで動くことだろうが」
今の立場ではそれも難しい。権力を得ることが目的だったとは言え、このような弊害が生まれるとは思ってもいなかった。
「あれがせめてキラと同じ年であればな」
自分の手足になってくれそうな人間はいる。しかし、プラントの基準ですらまだ成人に達していないあの子を戦場に連れ出すわけにはいかない。
それに、と心の中で付け加える。自分の感情を押しつけるのは間違っているだろう。あの子は自分とは違う存在なのだから。
「さて、どうするのが一番いいのかね」
うかつにサハクと連絡を取るわけにはいかない。だから、自分で決めるしかないのだ。
「ともかく、あの艦を拿捕する事を優先しよう」
そうすればあの子達があれに乗り込んでいるかどうかがわかる。それに、あれの技術を地球軍に渡さなくてすむだろう。
「彼等には民間人が保護されている可能性があるとだけ伝えておけばいいだろう」
オーブからの正式な通達が出ている事だし、とつぶやく。
方針が決まれば、後は指示を出すだけだ。そう思って腰を上げようとしたときだ。モニターに新たな表示が映し出される。
「……本国からメール?」
それも緊急の、と彼は眉根を寄せた。
「このようなときに」
だが、すぐに確認しなければいけないだろう。ため息をつくと、メールを開封する。
次の瞬間、彼の目が大きく見開かれた。
「凶事は続くと言うが……これは笑うしかないな」
だが、とラウはすぐに計算をする。これを利用すればあの子の存在を知らせずにあの艦を拿捕する事が可能かもしれない。
「ラクス嬢を口実にするのは気が引けるがね」
完全な嘘にはならないだろう。そんな予感がある。
同時に、その予感が外れてほしいとも思うのだ。
もし、彼女があの艦に拾われていたらオーブ籍のキラよりも微妙な立場におかれるのは目に見えている。そんな彼女の姿を見てキラがどう感じるか。想像しなくてもわかる。
「本当に厄介だね」
それでも、こちらは彼等に伝えないわけにはいかない。
「……さて……これが吉と出るか凶と出るか。状況次第だね」
言葉とともに、ラウは床を蹴る。そして、今度こそ指示を出すためにブリッジへと向かった。
「ラクス嬢が行方不明?」
そうつぶやいたのはイザークだ。
「ラクス嬢と言えば、アスランの婚約者ですよね?」
「俺が望んだわけじゃないがな」
ニコルの問いかけにアスランは即座にこう言い返す。
「あちらにしても同じことだろう。だが、義務である以上、仕方がない」
第二世代以降のコーディネイターは自然に子供を作ることが難しい。だから、相性のよい遺伝子を持った相手との間に子供を作るのは当然の義務だ。そうでなければ、いずれコーディネイターは滅ぶだろう。
だから、仕方がなく受け入れた。それがアスランの結論だ。
「あんな素晴らしい相手のどこが気に入らないんだ?」
あきれたようにラスティが問いかけてくる。
「……気に入らないというわけではない」
「じゃ、何なんだ?」
興味津々といった様子で彼はさらに突っ込んできた。
「そばにいてほしいと思う相手がほかにいるからだ」
ラクスよりももっと早くに出会った存在。
それなのに、どうして自分たちは一緒にいられなかったのか。今でも母が反対した理由が理解できない。
「……なら、何でそいつと婚約しなかったんだ?」
「オーブの人間だったことと、あの頃はまだ、お互いに未成年だったということだな。それに、母が反対していた」
不本意だが、と続ける。
もっとも、レノアが賛成してくれてもキラが男である以上、ほかの誰かと婚約しなければいけなかっただろう。そのことは口にしないでおく。
「オーブの人間じゃ仕方がないんだろうな」
「そうですね。本人が希望しなければ移住もできませんしね」
そのためにはまずは成人していなければいけないだろう。ニコルもそう言ってうなずく。
「というところで、そろそろ本題に戻ってかまわないかね?」
少し苛立たしげにラウが口を開いた。
「申し訳ありません」
即座にミゲルがそう言い返す。しかし、ほかのもの達は少し肩をすくめただけだ。
「本国からの指示は、ラクス嬢の発見、保護だ。最悪……遺体でもかまわないとのことだよ」
その言葉の意味がわからないわけではない。
「隊長は、彼女が死んだと考えておいでなのですか?」
「最悪のパターンだよ。私個人の考えとしては現状は無事だろうと考えているが……今後もそうだとは言い切れまい」
追い詰められれば何をしでかすかわからないのが人間だ。彼はそう続けた。
「隊長?」
「この宙域には足つきもいる。連中が何をしでかすかわからないということだよ」
人質を使って自分たちの都合のいい状況を作り上げようとする。その可能性は否定できないのだ、と彼はいいたいのだろう。
「軍人としての矜持があるのですか?」
「あるならいいのだがね」
局限まで追い詰められた人間の精神状態までは推測できない。そう続ける。
「そういう人間は予想しないような力を出すこともある。それで死んだ者も少なくないのだよ」
さらに付け加えられた言葉にイザーク達は表情を引き締めた。だが、アスランにはそこまでなのかという気持ちしかない。
ナチュラルは所詮ナチュラルではないか。
いい人間ならばともかく、地球連合のナチュラルはどうでもいい。ラクスならば自力でなんとかするに決まっている。
そうは思うものの、この場で口に出すことはやめておく。
「そういうことだから、明日から足つきとラクス嬢の捜索に当たることにある」
それと、とラウはまっすぐにアスランを見つめる。いや、仮面のせいで彼の視線がどこに向いているのかよくわからないから、アスランがそう感じただけかもしれないが。
「オーブからの連絡によればあのプラントにいた民間人が数名行方不明になっているらしい。状況から判断をして、足つきに保護されている可能性がある」
さすがにこれは無視できない。
「足つきを発見した時には十分留意するように」
オーブの民間人が本当にあの艦にいるなら、うかつな攻撃はできない。万が一のことがあればオーブまでも敵に回ると考えられるからだ。
それでは、プラントの多くの民が飢えることになる。
「……わかりました」
仕方がない、とアスランはそう口にした。ほかのもの達も同様である。
「では、それぞれ最善を尽くすように」
ラウはこう言って話を締めくくった。それを合図に誰もが動き始める。
アスランもまた行動を開始した。