この照らす日月の下は……
52
銃弾はキラの腰をかすめただけだ。とりあえずは重要な血管を傷付けてはいない。それでも出来るだけ早く治療をした方がいいのは間違いない事実だった。
「キラ! 大丈夫?」
彼女がかばった少女が目に涙を浮かべつつもそう問いかけている。
「大丈夫だから……」
そう言って彼女は微笑む。だが、それが強がりだろうというのはすぐにわかった。
「ともかく、応急処置だけでもしないと」
カガリは叫びだした意気持ちをなんとか押し殺しながらそう言う。
「わかっている。あぁ、男どもは向こうを向いていろ」
脱がせるから、とカナードが付け加えた瞬間、二人が回れ右をした。
「カガリ、手伝え」
それに続けて彼はそう言ってくる。
「何を?」
「キラの服を裂いて傷口を出せ」
そう言いながらもカナードの手はポーチの中から必要だと思われるものを取りだしていた。
いつでも身につけているナイフを取り出すと、カガリはキラの脇に跪く。そして、その手を彼女のブラウスにかけた。
「これなら全部切らなくてもいいな」
傷が出る程度であればジャケットを着せればごまかせるだろう。そう判断すると、カガリは即座に行動に移す。
もっとも、傷口があらわになった瞬間、彼女の眉間には深いしわが刻まれた。
「どこがかすり傷だ?」
どう見ても重傷だろうが、とカガリはつぶやく。
「弾は貫通している。重要な臓器はそれている。だからそう言ったんだろう」
同じように傷口を確認していたカナードがそう言った。
「まぁ、とりあえず止血と消毒だな。傷が残ったときには後で消せばいい」
淡々と事実だけを口にしている彼が内心どれだけ怒っているのかわかるのは自分だけだろう。
もっとも、自分だって同じ気持ちだ。
いまだに呆然と突っ立っているしか出来ないあの女性士官を殴りつけてやりたい。しかし、今はその時間も惜しいのだ。
「キラ。これを咥えてろ」
そう言いながらカナードは折りたたんだハンカチを彼女の口に押しつける。それを素直にキラはかみしめた。彼女の行動を確認してからカナードが傷口に消毒液を振りかける。
「んんんんんんっ!」
同時にキラの口から悲鳴が上がった。しかし、それらはハンカチに吸い込まれて意味不明のうめきだけが周囲に響く。いやがって逃げだそうとする身体はカガリが強引に押さえつけた。
「もう少し我慢しろ」
カナードのこの声も果たして彼女の耳に届いているのかどうか。
消毒を終え、止血用のパッキンを貼り、痛み止めを飲ませてようやく安堵のため息をついた。
「……とりあえず移動するか。カガリ。アスハのシェルターは近くにあるか?」
「モルゲンレーテの敷地内にあったものは使えないが、宇宙港に設置されているものは使えると思う」
問題は移動方法だが、とカガリは言い返す。
「それは何とでもなる」
言葉とともにカナードはキラの身体を抱き上げる。痛み止めが効いているのか、キラは小さな声を上げただけだ。
「移動するぞ」
キラの友人達に声をかけて彼が歩き出そうとしたときである。
「ダメよ!」
ようやく我に返った女性士官がこう叫ぶ。
「その子は地球軍の機密に触れたのよ! 解放する訳にはいかないわ」
「そんなの関係ない。どうして持って言うなら、こいつのけがを今すぐ治せ!」
間髪入れずにカナードがそう言い返す。
「それとも、俺がお前に同じ傷をつけてやろうか? ただし、治療はしてやらんが」
軍人ならば自分で出来るだろう。彼はさらに言葉を重ねる。
「文句があるなら、サハクとアスハの当主を通して言うんだな。もっとも、お前が無事だったならば、だ」
さらにこう付け加えたのは彼の怒りの表れだろう。逆に言えば、この程度で済んで驚いたと言うところか。
「その前に、あたしがパパに頼んで抗議してもらうわ」
キラがかばった少女──フレイがこう言う。
「あたしのパパは大西洋連合の事務次官だもの」
これは青天の霹靂だったのか。女性士官はそのまま凍り付く。
その間にここを立ち去れれば良かったのだ。
しかし、ザフトはそこまで甘くなかった。ここをしっかりと突き止めたらしい。
「……どこでもいい! 隠れろ!」
近づいてくる敵のMSに気付いたカナードがそう叫んだ。