この照らす日月の下は……
36
ラクスからその知らせが届いたのは突然だった。
同じ内容がカリダの元にも届いたのだろう。彼女は手にしていたカップを取り落とす。
「母さん……」
泣き出すのではないか。それとも、と思いながらキラは彼女に声をかける。
「大丈夫、よ……」
カリダはそう言い返してくるが、その顔色は決して良くない。
「とりあえず座ってください」
カナードがそう声をかけた。それにカリダはうなずくと崩れ落ちるようにいすに腰を下ろす。
「体調が悪いとは聞いていたけど……こんなに急に逝ってしまうとは思わなかったわ」
コーディネイターだから、自分よりも長生きしてくれるのではないかと彼女はそう続ける。
「それなのに、私はお別れを直接言うことも出来ないのね」
プラントにナチュラルは入国できないから、と彼女はつぶやくように付け加えた。
「……ママ……」
「仕方がないわ。それが決まりだもの」
わかっていても悲しいのだ、とカリダは微笑もうとする。しかし、それは失敗していたが。
「ラウに頼んでメッセージと花を届けてもらいますか?」
カナードが少し考え込んだ後で問いかけの言葉を口にした。
「そのくらいなら御当主様も許可してくださるでしょうし、ラウも『嫌だ』とは言わないと思いますが」
むしろ率先して動くだろう。彼はそう続ける。
「……そうね……そのくらいなら、許してもらえるわね」
カリダは小さな声でつぶやくように言葉を綴った。
「では、俺はアメノミハシラに連絡を取ります」
「僕はラウ兄さんにメール書くね」
もちろん、ラクスにもだ。
お母さんが亡くなってすぐだから、あれこれとはかかない方がいいだろう。下手なことをかけば逆に迷惑になるのではないか。それでもあの人が亡くなって自分も悲しいこととだけは伝えておきたい。
それと、カリダのこともだ。
でも、自分の今の気持ちをラクスにちゃんと伝えることが出来るだろうか。
顔を見て直接話が出来れば難しいとは思えないそれも、ただの文字の羅列では誤解を生む原因になるのではないか。そう考えれば不安になる。
もちろん、目の前で話をしていても耳に届かない相手もいる。だが、そんな人間の方が少ないのではないか。少なくともキラの周囲ではそうだ。
「大人は違うのかな?」
それとも、種族が違うからなのか。しかし、コーディネイターだってナチュラルから生まれたのに、と思わずにいられない。
それなのに、どうして仲良く出来ないのだろう。少なくとも仲が良ければカリダが直接彼女を弔うことも可能なのに。
だが、それも当然なのかもしれない。
自分が今いるこの狭い世界でもけんかをする者はいるし、話を聞いてくれない者もいる。
これがもっと広い世界ならばさらにいろいろな考えを持つ人々がいるはずだ。そうなれば、話し合いで意見をまとめるのも難しくなるのだろう。
「……難しいね……」
本当に、とつぶやく。
自分よりももっとたくさんの経験をしている人たちですらそうなのだ。今の自分に出来ることなんて少しのことでしかない。
「アスランに話を聞いてもらうことも出来ないし……僕に出来ることなんて何もないのかもしれない」
それでも何か出来ることがあるのではないか。
少なくとも、とキラは心の中で続ける。
「ラクスにメールを書くことは出来るね」
亡くなられたラクスのお母さんが静かに眠れるように。そして、いつまでも彼女を見守ってくれるようにと祈ることも出来るだろう。
そばにいることが出来るなら、彼女を抱きしめてあげることも出来るのではないか。
そう考えれば、自分にも出来ることがあるような気がする。
出来ることからやっていけばいいのだろうか。
「ラウ兄さんがお母さんの代わりにお花を持っていくかもしれないって忘れずにかかないと」
それとラウの顔がわかるような写真も送っておくべきだろう。
あと、ラクスに何を伝えればいいだろうか。一生懸命それを考えながら、キラはキーボードをたたいていた。