「取りあえずは、一件落着……と言ったところかね」
 苦笑と共にバルトフェルドがこう告げる。
「そう言うことになってくれればいいのだがね」
 デュランダルはいすの背に体を預けながら頷く。
「あれでもアスランは、有能だからね。これからラクス嬢と共に表舞台に立ってもらわなければいけない」
 カガリと共に、だ。彼は小さなため息と共に瞳を閉じる。
「本来であれば、キラ君も……と言いたいところなのだがね。彼の存在は何があっても隠さなければならない」
 でなければ利用しようとするものがいるだろう。特に、あのシステムとの関わりで……とそう付け加える。
「あれは、ある意味禁忌のシステムだ。それ故に、魅力的とも言える」
 あのシステムを使えば、全ての人類を個別に監視することも可能だろう。もちろん、それはキラ一人では不可能だ。だが、彼と同じ存在が多数いればどうだろう。
 自分ですらそんなことを考えてしまうのだ。他の者がその誘惑にあらがえるとは思えない。
「……議長……」
 カガリが怒りを滲ませた声でこう呼びかけてくる。
「今のは本音ですが、だからといって利用したいとは思えない。それでは、あの連中以下になってしまいますからね」
 第一、それではそれこそオーブを敵に回すことになるだろう。そして、カガリだけではなくアスランやラクスをもオーブに味方をするに決まっている。そうなれば、ザフトに勝てる見込みがどれだけあるか。
 最悪、キラもMSに乗ることもあり得るだろう。
 そうなれば、どれだけ手強い敵になるか。そう考えれば、彼が前線に出てこなかったことはありがたいとも言える。
「それに、私はもう、彼等を戦争に巻き込みたくないと考えておりますしな」
 戦争という前提があったからこそ、彼等は生み出され利用されてきたのだ。
 同じような存在をこれ以上生み出さないためには、二度と戦争を起こさないと言う考えを民衆の間に植え付けていかなければいけない。それが永久に続くとは思わないが、少なくとも自分たちが生きている間だけでも続けばいいのだ。
「わかっているさ」
 カガリがはき出すように口にする。
「キラを隠すためには私たちが目立たなければいけない。そう言うことだろう?」
 それも早急に。
 カガリのその判断は間違いではない。
 あの二人もそれがわかっているからこそ、今日、行動に出たはずだ。
「キラを、再び暗闇の中に戻さないためなら、何でもするさ」
 それは為政者の言葉ではない。だが、理由が何であれかまわない、と思う。
 誰かを守りたい。
 その感情が一番重要だ、とデュランダルは考えているのだ。
「さて……それでは、先ほどの続きを。いい加減、あちらも焦れているでしょうからな」
 そろそろ現実を見つめだしている頃だ。これでまた厄介な状況へ走られても困る。そう付け加えれば、カガリも頷いて見せた。

「そうか」
 なるほどな……とキラの話を聞き終わったフラガがこう呟く。
「と言うことなら、一発ですんだことを感謝しなければいけないわけだ、俺は」
 本来なら殺されてもおかしくはないことをしたわけだしな……と苦笑を浮かべた彼に、キラはさっと顔色を変えた。
「ムウさん……」
「その位のことは覚悟の上だったさ」
 キラをさらったときからな……とフラガは笑う。
「特にあいつには、な」
 それでも、お前をあいつに渡したくなかったのだ……と言いながら、彼はキラを自分の方に引き寄せる。
「でも……ムウさんの側にいることを選んだのは……僕です」
 その気になれば、いくらでも逃げ出す機会はあったのだ。キラはそう呟くように口にした。
「そんなこと、俺がさせるわけないでしょう?」
 キラを手放すなんてできるわけがない、と彼は笑う。
「だからさ。もしあの時……キラが『いやだ』と言えば、無条件で縛っていたかもな」
 もっとも、自分がキラに愛されているという自信はあったけどな……とフラガは付け加えた。
「そうだろう?」
 真顔で問いかけられて、キラは素直に頷く。
 あの日からずっと、自分にとっての《特別》だったのだ。
 その気持ちは、どのような状況にあったとしても変わらないだろう、とキラは思う。
「でも……本当にいいのかって、思うんです」
 自分にとって都合がいい状況に向かっているような気がしてならないのだ、と呟く。自分がしてきたことを考えれば、それでいいのかと不安になるのだ、とも。
「それだけ坊主が愛されているってことだ、と思うんだがな」
 俺はともかくな、と彼は苦笑混じりに言葉を返してくる。
「それにさ。昔、教官に言われたんだよな」
 こう言うときに使う比喩じゃないのかもしれないけど、と彼は言葉を続けた。
「明けない夜はない。月のない夜だって、かならず朝は来るってな」
 今だって、自分たちの前にはかすかかもしれないがゆくべき道を指し示してくれる灯りがあるだろう? というフラガに、キラは小さく頷いてみせる。
 自分がまだ何をすればいいのかキラにはわからない。
 だが、今何をしなければならないかはわかっていた。
「キラ〜〜!」
 そんな彼等の耳に、アウルの声が届く。
「まずは、家のオコサマ達を何とかしないといけないか」
 あいつらもこれからいろいろと覚えなければいけないことがあるしな……とフラガは笑う。
「そうですね」
 自分だって、彼等にそれを教えられるほどいろいろなことを知っているわけではない。だが、その手伝いぐらいはしてやれるはずだ。
 平和の中でに、のびのびと彼等が暮らせればいい。
 そのための第一歩を踏み出すべきなのだろう。
「行きましょうか」
「何か、とんでもないことが起きているような気はするがな」
 フラガの言葉に、キラは思わず苦笑を浮かべる。そして、彼の腕をすり抜けると歩き出そうとした。だが、すぐに足を止める。
「キラ?」
 どうしたんだ? と問いかけてくる彼に向かって、キラは手を差し出す。その手をフラガはしっかりと握りかえしてくれた。

 どのようなときでもお互いのぬくもりだけは感じていられるだろう。
 それだけでいいのだ。
 二人は同時に心の中でそう呟いていた。