静かな木陰を、キラと二人で進んでいく。
「凄いな」
 プラントにも、それなりに緑があるとは思っていた。しかし、ここに比べれば、本当に箱庭のようでしかない。
「百年以上、ここにあるんだって、ここの木は」
 キラが柔らかな声音でそう言った。
「中には、オーブという国が出来るまえからここにある木もあるって」
 その言葉にミゲルは思わず周囲を見回してしまう。もっとも、どれがその木なのかはまったく判断が付かない。それどころか、木の種類もわからないのだ。
「だから、こんなに静かなんだな」
 それでも、この周囲の静けさは、きっと、これらの木が歩んできた歴史があるからだろう。
「それだけじゃないけどね」
 彼の言葉に、キラは微苦笑を浮かべた。
「ここに入るには、アスハの許可がいるから」
 それは五氏族のものでも変わらない。もっとも、声さえかければ直ぐに許可は下りるから禁足地というわけではないのだが……と彼女は続ける。
「セイランの人が来たという話は聞いたことがないけどね」
 もっとも、カガリの性格を考えれば、話をされても即座に断ったに決まっているが。そう心の中で付け加えた。
「って言うか……あいつらにここの静けさを楽しむ趣味なんてないだろう?」
 ユウナしか知らないが、とミゲルは言い返す。
「まぁ、そうだよね」
 自分も彼等にここに来て欲しくないし、とキラは頷く。
「ここは、アスハとそれに関わる人たちにとって、別の意味で特別な場所だから」
 ずっと来たかったんだよね、と彼女は微笑んだ。
「そんなところに、俺を連れてきてよかったのか?」
 こう問いかけたのは、ほぼ無意識の行動だった。
「隊長とか、レイとか……他にも一緒に来たがっている人がいたんじゃないのか、キラと」
 彼女はそれに首をかしげる。
「でも、僕がミゲルと一緒に来たかったから」
 だから、と付け加えられて、思わず口元に笑みが浮かぶ。
「それって、ものすごく嬉しいな」
「ミゲル?」
 意味がわからないというように彼女は首をかしげた。
「ようは、デートのお誘いだろう?」
 違うのか? とさらに言葉を重ねれば、キラの頬が淡く染まる。
「デート、と言うつもりじゃなかったんだけど……そう言うことになるのかな?」
 そして、こういった。
「じゃ、手でもつなぐか」
 誰も見ていないし……と続ければ、キラはおずおずと手を差し出してくれる。その手をそっと握りしめれば、彼女はふわりと嬉しそうに微笑んだ。
「じゃ、このまま歩こうか」
 こっちでいいんだよな? と問いかければ、そのまま頷いてみせる。
 しかし、妙に気恥ずかしいように感じるのはどうしてだろう。結局、その後は二人とも口を開かずに、手をつないだまま歩いていた。それでも、十分と感じるのは、ここに二人しかいないからだろうか。
 そうしているうちに、いきなり木々が途切れる。代わりに現れたのは、まるで花畑のような場所だった。しかし、そうではないと思えるのは、墓標とおぼしきものが存在しているからかもしれない。
「ここは?」
「……お墓」
 アスハの中でもとくに首長家に近い人たちの、とキラは続ける。
「僕の両親も、ここに眠っているんだ」
 この一言だけで、どうしてキラが自分をここに案内してくれたのか、わかったような気がした。
「なら、ご挨拶させてくれるか?」
 実際に彼等に会うことは出来ない。だが、とミゲルは問いかける。
「うん。僕も、父さん達にミゲルにあって欲しかったから……」
 だから、と続ける彼女に静かな笑みを向けた。
「でも、それとわかっていれば花でも……って、ここには必要ないか」
 こんな風に花に囲まれている場所なら、そのようなものはない方がいい。逆に調和を乱すだけだ、と思い直す。
「なかなか、忙しくて、ここに来られない人もいるから。それに、僕も兄さん達もプラントに移住しちゃったし」
 だから、代わりにカガリとカナードがここに花を植えてくれたらしい。そう言ってキラは周囲を見回す。そして、ある方向へと歩き出した。当然、ミゲルもその隣を歩いていく。
 比較的新しい墓標の前でキラは足を止めた。
「ただいま、父さん、母さん」
 言葉とともに彼女はそっと膝を着く。
「好きな人が出来たの。だから、紹介しに来たよ」
 そう言って、彼女は優しい仕草で墓標を撫でている。
「初めまして」
 そんな彼女の隣にそっと跪きながらミゲルは口を開く。
「キラを、俺に会わせてくれて、ありがとうございます。絶対に、幸せにして見せますから」
 きっぱりと彼はそう言いきった。
「ミゲル……」
「だから、安心してください」
 言葉とともにミゲルはキラへと微笑みを向ける。それにキラははにかんだような笑みを返してくれた。

 そんな二人の上に、柔らかな日差しが注いでいた。


約束はいらない――傍にいてくれれば、それで――





BACK

 

最遊釈厄伝