先ほども通ってきた人工子宮が設置されている研究室。その奥へとデュランダルはさらに足を進めていく。
 他の機器とは別に、この場にも人工子宮が設置されていた。しかも、その中には既に人間の姿をしている小さな命がいる。
「これは?」
「……僕の父さんと母さんが、僕たちの命を育んだ、人工子宮……」
 囁きに近い声で、キラが言葉を漏らす。
「キラ……」
「僕も、カナード兄さんも……これから生まれたんだ……」
 さらに小さな声で、彼は続けた。
 そんなキラの体を、イザークは反射的に抱きしめる。
「だが、キラはキラだろうが」
 生まれ方はどうでもいい。それよりも、ここにいてくれる方が自分にとっては重要だ。イザークはそのまま、彼の耳元でこう囁いた。
「イザーク、さん……」
 キラが驚いたように顔を上げる。
「お前がここにいてくれることの方が、俺には重要だ」
 それ以外のことは些末なことだろう? と言って微笑んで見せた。
「第一、それならばそれで、安心しているものもいるだろうしな」
 キラもカナードも、優秀すぎるくらい優秀だ。そんな人物が人工子宮から誕生し、無事に成長を遂げている。それだけでも、これから人工子宮で我が子を産もうとしている人々には福音になるのではないか。
「だから、心配はいらない……と言っただろう?」
 まぁ、不安な気持ちはわかるがね……とデュランダルが笑いを漏らす。
「恋をしてる時には、どのようなことでも不安になるものだ。どのような些細なことで相手に嫌われるかわかったものではないからね」
 おかげで、何度振られたことか……と言う彼の言葉を、どこまで真実なのかはわからない。それでも、その言葉には頷ける。
「俺がキラを嫌いになることはない。この言葉だけを、覚えていてくれ」
 それ以外は忘れてくれていいから。こう言えば、彼は小さく頷いてくれる。
「それに、君達には別の意味で絆が出来ただろう?」
 だから、大丈夫だよ……と優しい視線をデュランダルは自分たちに向けてくれた。
「……そこにいるのは、俺とキラの子供、でいいのでしょうか」
 キラを抱きしめる手に力をこめながら、イザークは彼に問いかける。
「そうだよ」
 あっさりと頷いて見せた。
「キラ君から話を聞いたのかね?」
「はい」
 自分から、それを希望するつもりだった……とイザークは付け加える。
「イザークさん、どうして……」
 キラが腕の中から見上げてきた。
「お前との絆が、俺も欲しかっただけだ」
 それに、絶対に可愛いだろうな……と思ったから。そう続けるうちに頬が熱くなってくる。
「どうやら、私たちの心配は杞憂だったようだね」
 少し残念だが、と言うデュランダルのことなは、間違いなく本音だ。それだけはしっかりとわかってしまった。
「オリジナルの人工子宮で育った子供達と、我々が改良したそれとでは、違いが生まれるのかどうか。それを確認する……と言う名目だがね」
 そういう意味では、本当は後二人、欲しいとこだったが……とデュランダルは苦笑を浮かべる。しかし、それは自重をしておくことにするよ、とも彼は続けた。
「二人なのは、どうして……」
「それがご希望だったからだよ。キラ君のご両親の」
 おそらく、一人はエザリア様がプラントで育てたいとおっしゃるだろうからね。なら、自分たちも手元で育てられる子が欲しい。そういわれたのだ、と。
「それも君達次第か」
 どちらにしても、無事に出産までこぎ着けらるようにしないといけないだろうがね……と言われて、イザークは静かに頷いた。
「その時には、ディアッカやカナードさん達にも立ち会って貰わないとな」
 腕の中のキラに視線を戻すと、こういう。
「うん。そうだね」
 ふわり、とキラが微笑んでみせる。
「さて……後は、二人でじっくりと話をしたまえ」
 邪魔者は退散しよう。苦笑と共にそう付け加えると、デュランダルは歩き出す。すれ違う瞬間、彼の手がイザークの肩を叩いたのは、どのような意味だろうか。
 だからといって、この場で何かを出来るはずもない。
「まさか……俺の勝手な希望が、現実になるとは思ってもいなかったな……」
 こう呟きながら、イザークはキラからそっと手を放す。そして、そのまま人工子宮の直前まで歩み寄った。
 触れてもいいものだろうか。
 そう考えながらも、そっと指先でその外壁を撫でる。
「お前達がここにいてくれる奇跡を、感謝しよう」
 この囁きを漏らすと同時に、キラがそっとイザークの背中に抱きついてきた。
「本当に、よかったの?」
「当たり前だろう」
 絶対に可愛がって、幸せにしてみせる。言葉とともに、イザークはキラの方に体の向きを変えた。
「だから、ずっと俺の側にいてくれ」
 そして、一緒に子供達を幸せにしよう。この言葉とともにイザークは彼にキスを贈った。

 数年後、人工子宮の研究は完成を見る。
 それがコーディネイターのみならず、不妊に悩むナチュラルの女性達にとって希望の存在になったことは事実だ。
 もちろん、これの存在を否定しようとする者達もいた。だが、ザフトとオーブの混合部隊がそれを阻止していたことも事実。
 その中に、銀髪をなびかせたイザークの姿があったこともまた事実だった。
 だが、彼の側に小さな子供とすみれ色の青年がいたことは、あまり知られていない事実だろう。
 しかし、その存在こそが、彼にとっての戦う理由だった。
 それを知られなくてもいい。大切な存在を守るだけだ。そういって笑うイザークに、キラも微笑み返す。そして、その腕に抱かれていた小さな子供達も、だ。
 それが、彼等にとっての幸せだった……