始まりと終わりの詩――結婚式


「……キラ……」
 母の形見のドレスを身に纏ったキラを見て、兄弟達が言葉に詰まっている。
「どうか、した?」
 ひょっとして、似合わなかったのだろうか。それとも、とメイクがおかしいか、とキラは内心焦ってしまう。
「……いや……本当に母さんにそっくりだな、と思っただけだ」
 キラがヴィアによく似ていたのはわかっていたが、ここまでそっくりだったとは思ってもいなかったのだ……とムウが微苦笑と共に告げる。
「確かに。本当にあの人にそっくりになったね」
 ラウも頷いてみせた。
「俺は、ほとんどあの人の記憶はありませんが……でも、綺麗です」
 それはレイも同じだ。しかし、カナードはまだ何も言ってくれない。一番長い時間側にいてくれた彼が何も言ってくれないという事実がキラを不安にさせる。
「……カナード兄さん? どこか、おかしい?」
 それとも、似合わない? とその気持ちのまま問いかけた。
「いや……おかしいところはない……ただ……」
「ただ、何?」
「……大きくなったものだな、とそう思っただけだ」
 まさか、あのころには本当にあれがキラの夫になるとは思ってもいなかったしな……と彼は続ける。
「イザークのこと?」
「あぁ。まぁ、あいつならお前のことを任せても大丈夫だろうが……」
 それでも、と口にしようとする彼の頭にムウの手が置かれた。
「あきらめろ。誰と結婚しようと、キラは俺たちの妹だ……と言うのは変わらないんだ」
 それよりも、お前もさっさと相手を見つけないとまずいことになるぞ……と彼は続ける。
「まずいこと?」
 何だろう、とキラは首をかしげた。
「お前が結婚したからな。次はカガリだ、と張り切っている連中がいるだけだって」
 こちらにはラウとレイがいるから、カナードを呼び戻したいと思っている者もいる。その手っ取り早い方法が何か、と考えれば答えはすぐに出てくるだろう、とも彼は続けた。
「……カガリとカナード兄さんが結婚……」
 別の意味で怖いような気がする、とキラは思わず呟いてしまう。
「大丈夫だ。俺にその気はない」
 カガリが本気でそういってきたなら考えるが、あちらにもその気はないはずだし……とカナードは笑う。
「そういえば、ムウ兄さん。奥方は?」
 フレイも一緒に来たのではなかったか。話題を変えようと言うのか、カナードはこう口にする。
「そういえば、フレイにまだ会ってない」
 来ているの? とキラはまた首をかしげた。
「あぁ。カガリと一緒にいる。マリューがフォローしているから、まぁ、失敗はないだろう」
 ラクス嬢も一緒にいるしな……とムウはさらに付け加える。
「なら、大丈夫だね」
 ラクスが一緒ならば、きちんとフォローをしてくれるだろう。バナディーヤにいた頃から、仲良くなっていたから……とキラは微笑む。
 まるでそれを待っていたかのようにドアがノックされた。
「お時間です」
 式場の係員らしい人間の声がその後に響く。
「では、頑張って貰おうか。父親代わりを」
 ラウはムウに視線を向けるとこう告げた。
「……やっぱりな。今からでもホムラ様に……」
 その言葉に、ムウは困ったようにこう呟いている。
「あなたが最年長だからな。適任だろうとホムラ様もおっしゃっていただろう?」
 頑張れ、とカナードも口にした。
「……ムウ兄さんは、僕と一緒は、いや?」
 確かに、一回りしか年齢は離れていない。でも、できれば自分はムウにその役目をして欲しいのだ。
「そういうわけじゃない……ただ、本当に俺でいいのか、と思っただけだ」
 こう言うときには、きちんとした立場の人間の方がいいのではないか、とムウは問いかけてくる。
「でも、僕は兄さんがいいです。僕を今まで守ってくれたのは、兄さん達だから」
 キラは微笑みと共に言葉を返した。
「了解。それならば、もう何も言わない」
 では、行きましょうか、お姫様……と彼は微笑みながら、手を出しだしてくれる。そんな彼に頷き返すと、キラはそっと手を差し伸べた。

 アジアの片隅に、今も存在しているという古い教会。それを模したと教えられたその内部をステンドグラス越しの光が染めていた。
 その中央を真紅のカーペットが一筋の道を造っている。
 カーペットの手前で、キラは一度足を止めた。真っ直ぐに前を見れば、そこにはずっと思い焦がれていた相手が静かに立っている。
 不意に、彼の右手がそっとキラの方へと差し伸べられた。
 それを合図に、キラはムウの腕に自分のそれを添えたまま絨毯の上へと足を踏み出す。
 この先には、今までとは違う生活が待っている。
 ずっと側にいてくれた兄たちではなく、これからはイザークが側にいてくれるだろう。その事実が寂しくないというのは嘘だ。でも、きっと、彼が自分を守ってくれる。
 だから大丈夫。
 そう考えれば、自然と口元に笑みが浮かんでくる。
 イザークもまた、優しい視線を向けてくれていた。
 彼の手前でムウが足を止める。そのまま、キラだけが前へと足を進めた。

 その瞬間、厳かな鐘の音が周囲に鳴り響いた。