アイスクリーム



「どうしても、だめ、ですか?」
 珍しくもその言葉にかすかな苛立ちが感じられる。
「だめ?」
 その隣で、ステラがまっすぐにネオを見つめていた。
「……本当なら、許可出してやりたいんだがな……」
 自分がどういう立場か、認識しているだろう? とネオがキラに告げている。
「どこに、誰の目があるのか、わからないんだぞ?」
 あいつらに見つかったら、まずいだろうと彼はキラを説得していた。
「そうかもしれませんけど!」
 でも、こう言うときぐらいは、少し、外の空気を吸いたい……とキラは主張をする。
「一人じゃないし、変装もしていきますから」
 それに、すぐそこだし……とキラは食い下がっていた。
「ステラも一緒。だめ?」
 ね、とフォローしているのかどうかわからないセリフを隣で口走っている相手もいる。その様子は、ある意味見ていて楽しいのではないだろうか。なんて言うか、小さな動物が精一杯威嚇したり甘えたりしているような気がしてならないのだ。
 実のところ、見ていて楽しいのはキラ達の様子だけではない。ネオが必死に自分を抑えているとわかるところがまた楽しい。あの愉快な仮面をはずして、スクリーングラスをつけているから余計にかもしれない。
「……どうしたの、あれ」
 そんなことを考えていたときだ。
 外から戻ってきたアウルがこう問いかけてくる。
「キラとステラが出かけたいんだと。それをネオが反対しているだけ」
 まぁ、そのやせ我慢もいつまで続くか……とスティングは笑う。キラはもちろん、ステラにもかなり甘いのだ。そう考えれば、後一押しあればあっさりと陥落するだろう、と思う。
「……何で、だめなんだ?」
 別段、出かけるぐらいいいだろう、とアウルは首をかしげている。
「キラがねらわれているからだろう」
 前に聞いたじゃないか、とスティングは言い返す。
「だから、俺もついて行けばいいんだろう? ステラだけじゃ、心配なら」
 ステラにしても、普段はあんな風にぽんやりとしているがいざとなればキラを守ることも可能だろう。というよりも、自分たちとは違ってナイフ戦が得意なのだから、あるいは一番適任なのかもしれない、とアウルは口にした。
「ネオにしてみれば、キラを隠しておきたいって事なんだろうがな」
 しかし、外の空気を吸いたい……というキラの気持ちもわかるのだ。
 さてどうするべきか……とスティングが悩んでいれば、
「本当にだめなんですか?」
「ネオ、お願い」
「俺もついて行くからさ」
 といつの間にかアウルまで参戦していた。
「ったく、抜け駆けしやがって」
 自分だって……と思っていたことをスティングは否定しない。
「まぁ、いい……車、用意しておくか」
 こうなれば、きっとネオが負けるんだ。だったら、さっさと移動できるようにしておこう。そう判断してスティングは腰を上げた。

「ネオさん、お願いですから」
 こう言いながら、キラは上目遣いにネオを見上げてくる。これだけでもまずいのに、さらに目の前のオコサマは首を斜め四十五度にかしげているのだ。はっきり言って、この仕草はわざとだろう……と言いたくなるのをフラガは必死でこらえる。
「だから、ここはザフトの連中がいるだろう?」
 ラクスやバルトフェルドは、今でもあちらに影響力を持っているのではないか。いや、彼等だけではなくオーブのカガリ達も手を打っている可能性だってあるのだ。
「でも……すぐそこですよ?」
「ステラも、一緒」
 キラ、守るから……とステラも小首をかしげつつ上目遣いで見上げてくる。
「俺も一緒に行くからさ」
 許可出して、とアウルまで参戦してきた。しかも、やはり同じように小首をかしげてだ。普段生意気な彼がこういう仕草をすると、キラやステラとは違った意味で可愛い、と思ってしまう。
「十分以内で戻ってきますから……だめ、ですか?」
 お願いします……とキラは瞳を潤ませる。
 これに陥落しない男はいないのではないか。
 いや、男だけではない。きっと女性でも同じだろう。
 この手段を使えば、先の戦争の時、アークエンジェルは別の意味で最強になれたのではないか、とそんなことすら考えてしまう。
 実際、先日の失態を責めるために通信を入れてきたジプリールが、キラのこの表情であっさりと撃墜されたばかりなのだ。いっそ、それを使ってプラントのデュランダル議長も撃墜してこい、と思ったのはないしょである。キラのこんな表情を見るのは自分たちだけで十分だ、とも。
 ついでに、あんな表情を見られるのは自分だけでいいとも考えてしまう。
「ネオさん」
「ネオ」
「ネオってば!」
 こんな事を考えていたせいだろうか。ついつい理性が逃げ出してしまった。
「……十分だけだぞ……車で行って、目的物を入手したら、すぐに戻ってこい」
 車は……といいながら視線を流したときだ。入り口のところに、車のキーを手にしながら苦笑を浮かべて立っているスティングの姿を確認できる。
「用意がいいことだな……」
 ひょっとしたら、自分が何分で陥落するかを試していたのだろうか。
 あるいは、自分が許可を出さなくても勝手に連れて行くつもりだったのか。四対一なら、何とかなると考えたのかもしれない。
「ともかく、無事に帰ってこい」
 それが一番十分だ、とフラガは言外に告げる。そうすれば、綺羅はとっておきの笑顔を向けてくれた。

 ちなみに、キラがフラガに無理を言ってまで欲しがったもの。それはアイスクリームだった。
「だって、暑かったんだもん」
 トリプルのアイスをおいしそうになめながらキラはこう口にする。
「ステラも、おいしい?」
 そのままさりげなく話題をすり替えた。そうすれば、彼女だけではなく自分の分もしっかりと確保してきたアウルとスティング――さすがにこちらの二人はシングルだったが――も頷いてみせた。フラガにしてみれば、それが少し面白くない。
「ネオさんも食べます?」
 しかし、キラはフラガの機嫌の悪さが一人だけのけ者にされたから、と判断したらしい。こう問いかけてくる。
「そうだな」
 ふっとあることに気が付いて、フラガは小さな笑いを漏らす。
「ネオさん?」
 どうかしたのか、とキラが小首をかしげた。そんなキラの頬にそっと顔を寄せていく。
「あ〜〜!」
「何してんだよ、ネオ!」
「……ずるい」
 唇の脇に付いたアイスを舌先でなめ取れば、三人の口からこんな叫び声がこぼれ落ちる。
「いいんだよ。これは俺の権利なんだから。な、キラ?」
 真っ赤になったキラを引き寄せながらムウはこう言う。それにキラは、小さく頷いて見せた。



05.06.12 up



 5/29のペーパー用に書いたSSです。
 またしても宵闇設定ですが……こんな可愛らしいシーンが出てくるのかどうかわかりません。というか、かなり難しいのではないでしょうか(苦笑)