お祝い



 ステラ達三人が、厨房を乗っ取って何かやらかしているらしい。
 その事実を耳にして、キラは小さくため息をつく。
 彼等が何の目的でそんなことをしているのかは知っていた。だが、ここまで大がかりな者だとは思わなかった、というのが本音だ。
「大丈夫なのかな」
 だからといって、彼等の行為を無にするわけにはいかないだろう。
 自分は黙って待っていればいいのだが、どうしても不安がわき上がってくるのだ。
「大丈夫だろう。一応、フォローはするように頼んである」
 厨房の人間に、フラガが笑う。
「ムウさん……」
「大丈夫。あいつらもその程度のことはやってくれるさ」
 キラは人気者だからな、とフラガは付け加えた。
「……ですが……」
 自分はここでは幽霊みたいな立場なのに……とキラは思う。ムウやステラ達三人、それに彼等の面倒を見ている技術者達は違うが、他の者にとってはそうだろう、とキラは思っていた。
 それは、自分が《コーディネイター》だから……とあきらめてもいたことも事実。
 そんな立場だったとしても、フラガの側にいたい。そう思ったから、ここに自分がいるのだ。だから、かまわないとも思う。
「みんな、お前のことをちゃんと認めているよ」
 だからそんなに不安になるな、と言う言葉と共に、フラガはキラの髪をなでてくれる。
「お前のおかげで、機体の扱いやすさは向上しているし、あいつらも無事でいられる。俺もな」
 だから、今日ぐらいはみなでキラに感謝の念を表してもいいじゃないか……と彼は言うのだ。
「……そうかもしれませんが……」
 しかし、戦時中なのに……とも思う。そんな余裕があるのか、と。
「そのくらいぐらいのお楽しみがなければ、やってられないんだって」
 それはキラも知っているだろう? とムウは問いかけてきた。
 それが、あの日々のことを指しているのだ……と言うことはわかっている。そして、彼の言う《お楽しみ》の意味も想像がついてしまった。
「……僕は……ムウさんの腕があれば、それで良かったんですけど……」
 抱きしめられて、その鼓動を耳にするだけで自分はほっとできる。それはあのころも今も変わらない。だから、今も彼の側にいることを許されているだけでいいのに……とキラは思う。
「まぁ、それに関してはいつでも望みを叶えてやるけどな」
 何なら、今でもいいぞ……と彼は笑う。
「……仕事をしてください、お願いですから」
 でないと、後で文句を言われるのは自分だ……とキラはため息をついてみせる。
「何で、俺に直接言わないんだろうねぇ」
 そんなことを言わなくても理由はわかっているだろう、とキラは思う。それでもこう言うのがはやり彼なのだ。それは《ネオ・ロアノーク》と呼ばれるようになってからも変わらない、と思う。
「そんなこと、僕に聞かないでください」
 キラは思わずこう言い返してしまう。
「わかってるって」
 苦笑を浮かべると、フラガは手袋をした指でキラを呼び寄せる。それに彼は素直にしたがった。
「なんですか?」
 こう問いかけるキラに、フラガは目を細める。
「キス、一つ、な。そうしたら、仕事をするよ」
 連中が来る前に終わらせるって……という言葉をどこまで信用していい物だろうか。そう思いながらも、キラは彼の唇に自分のそれを重ねた。

 フラガの前に積まれていた書類がなくなるのと同時に、アウルが飛び込んできた。それはまるでそうなるのを待っていたかのようだ。
「キラ! 来いよ!!」
 そうして、フラガの側にいたキラの腕を取る。
「アウル?」
「準備できたからさ。ステラもスティングも待ってる」
 そういう彼の鼻先に小麦粉らしきものがついていることにキラは気づいてしまう。同時に、それがかわいらしいとも。
「……どうかしたのか?」
 キラの表情に気づいたのだろう。アウルが首をかしげてみせる。そんな彼に真実を言うべきなのかどうか、キラは一瞬悩む。だが、教えない方が後々面倒だ、とすぐに判断をした。
「アウル、鏡、見てきて」
 この言葉に、アウルは首をさらにひねりながら言われたとおり鏡へと向かう。
「あ〜〜っ!」
 次の瞬間、彼の雄叫びが響き渡る。
「あいつら!」
 何で教えねぇんだよ、と叫ぶアウルに
「可愛いと思ったけどね、僕は」
 キラはこう告げる。それだけでアウルの機嫌が直ったことをどう判断すればいいのだろうか。ともかく、これで三人の大げんかが防げたことだけが間違いようのない事実だろう。
「ほらほら。みんな、待っているんだろう? キラを連れて行かなくてもいいのか?」
 さらにフラガにこう言われて、アウルも当初の目的を思い出したらしい。
「そうだった! キラ! 早く、早く!」
 再びキラの腕に自分のそれを絡めると引っ張る。
「キラもおとなしく付いていってやれって」
 でないと、今度はステラあたりが飛び込んでくるぞ……とフラガが笑う。
「わかってますって」
 キラが言葉を口にすると同時に、アウルが歩き出す。そのままキラは半ば引きずられるようにして移動を開始した。
 そのままたどり着いたのは食堂ではなく、何故かブリーフィングルームだった。
「……アウル?」
「こっち使えって」
 食堂だと余計な連中が来るからって言われた、とアウルはさらに言葉を重ねる。
「俺が許可を出したからな。気にするな」
 フラガにまでこう言われてしまえば、キラとしては逆らえない。
「後かたづけも、ちゃんとするって」
 だから、心配するな……と言いながらアウルはキラを室内に押し込んだ。
「キラ!」
「遅かったな、アウル」
 即座に、残りの二人がキラにまとわりついてくる。
「ステラ、作ったの。食べてね」
 にっこりと笑う彼女に、キラは頷いてやった。
「……その前にキラ……」
 これ渡しておく、とスティングが脇から何かを差し出す。視線を向ければ、それは胃薬だった。
「味はともかく、ステラがこね回したから……」
 万が一のことがあればまずい……と彼は苦笑を浮かべる。
「本当は食べないでいてもらった方がいいんだろうけど……」
「そう言うわけにはいかないでしょ?」
 せっかく、ステラが作ってくれたんだし、とキラは笑い返す。
「そういうと思ったからさ。だから、それ」
 先にのんでおいた方が安全だと思う、と付け加える彼に苦笑を浮かべるしかないキラだった。

「よく、あれ食ったな……」
 キラの体を腕の中に閉じこめながら、フラガは笑う。
「おいしかったですよ。胃腸は丈夫ですし……」
 ただ、量が食べられないだけなのだ……とキラは言い返してきた。
「それに……見た目だけなら……カガリの方が凄いです」
 味はいいのだが、とキラは苦笑を浮かべる。彼女の料理は、ある意味、生粋のサバイバル料理なのだとも。
「ラクスも……最初の頃はよく調味料を間違えていたし」
 そう言った意味では、三人が作ったケーキは見かけはともかくおいしかった……というキラは本当に可愛い、とフラガは思う。
「本当に坊主は」
 くすりと笑いながらそっと手を移動させていく。
「食っちまいほど可愛いよな」
 そうして刺激を加えれば、キラの唇から甘い声が漏れる。
「ムウ、さん……」
「愛しているからな、キラ」
 そう囁くと、そっと唇を重ねてやった。




05.05.17 up



と言うわけで、リベンジ編です(苦笑)
うちの設定では、見栄えも味もいい料理をつくるのはアスラン。見た目はともかく、味がいいのはカガリ、そして、謎の物体を作り上げるのかラクスと言うことになっています。
ちなみに、キラは食べる人。フラガさんは、見かけによらず得意でしょう、きっと。