取りあえずの終末



「それで、どういう事になっているんだ?」
 というか、それは間違いなくキラなんだよな? と記憶を取り戻したムウが問いかけてくる。
「いろいろとあったのよ、いろいろと」
 苦笑とともにマリューがそう言い返す。
「まぁ、大本は議長殿の暴走だがな」
 棘とイヤミを最大限に滲ませながらラウはこう言い切った。その言葉に顔をしかめなかったのは、きっと彼の膝の上で船をこいでいる小さなお子様だけだろう。
「取りあえず、元に戻すための薬は作っている……と言っていたのだがね。進んでいるのかいないのか」
 安全性を最優先にするのであれば、確かに時間がかかってもしかたがないのだが……とラウははき出す。
「それに、この現状ではな。最高評議会議長殿は後処理で大忙しだろうしね」
 カガリも同じように、現在あちらこちらを飛び回っている。それでも、オーブ軍が彼女の支配下に戻っているから以前のような心配がないだけマシなのか。
 本来であれば自分も動かなければいけないのだが、キラから目を離すと、それこそ何をしでかしてくれるかわからない人物がいるからね……と意味ありげな微笑みとともに彼は言葉を締めくくった。
「お前があれこれ情報を流してくれたから、厄介な連中も確保できたしな」
 記憶喪失だった上にブルーコスモスによってマインドコントロールも受けていたようだからな。情緒酌量の余地はあると判断されたのだ、というセリフに、ムウが苦笑を浮かべる。
「と言うことは、記憶喪失のままだったらかなりやばかったと?」
「否定はできないな。まぁ、キラが懐いていたから処分という可能性は低かったがね」
 どこかに閉じ込められて一生を送った可能性は否定できないよ……と正直に口にする。
「ついでに、あの男のおもちゃになっていたかもしれないな」
 それはそれで、周囲の者達が平和でよかったかもしれないが……とさりげなく付け加えれば、ムウは本気で嫌そうな表情を作った。
「やめてくれ……まだ、俺やスティングやアウルならマシでも……ステラでやられると冗談にならない」
「……それは、そうだな」
 いったいどのような想像をしたのか。バルトフェルドもまた微妙な表情で頷いている。
「そちらの方は心配いらないと思うが……間違いなく、奴が議長職を失う原因にはなるだろう」
 現状でそれは避けたいのだが、とラウはため息とともにはき出した。
「あの男以上のカリスマ性を持っている方が立候補してくれるのであればともかく、そうでなければそれこそドングリの背比べだからね」
 何よりも、実力がない……ときっぱりと言い切る。
「あぁ、それは大問題だな」
「……人格的に多少難があっても有能な人間であれば何とでもなりますしね」
 バルトフェルドの言葉にラミアスも同意を示す。
「で……何でそこで俺を見るんだ、マリュー?」
 苦笑とともにムウがそう問いかけた。
「自分でよく考えてみれば?」
 即座に言い返す彼女の口調から、いったい何があったのだろうか……とそう思ってしまう。
「ダメだよ、ケンカしちゃ」
 その気配に目を覚ましてしまったのだろうか。キラが目をこすりながらこう言ってくる。
「キラ……」
「キラ君」
 流石に、彼にこう言われては誰も逆らえない。
「そうだね。ケンカはいけないな」
 たとえそれが犬も食わないようなケンカであってもだ……とラウは頷いてみせる。
「……何が言いたいんだ、お前は」
 憮然とした表情でムウがこう問いかけてきた。
「言わなければいけないことかね?」
 小さな笑いとともに付け加えれば、彼の顔はさらにゆがめられる。
「ともかく、あの三人については今まで通り君の監視下におけるようにしておいた。ラミアス艦長に協力をして頂いてきちんと思考を矯正してやるのだな」
 もっとも、彼等の体調その他に関しては、定期的に検査をさせて貰わなければならないだろうが……と少しだけ申し訳なさそうに付け加える。彼等が望んでそうなったわけではなく、周囲の者達に強要されたものだ。それでも、完全に彼等を解放できないのは、間違いなく自分たちの都合だろうとラウは考えている。
「まぁ……それだけでも御の字、なんだろうな。本来なら、俺込みでどこかに隔離されたとしてもおかしくはない立場だろうし」
 的確に、自分の立場を理解してくれている以上、ムウが愚行を犯すはずがない。それがわかっているから、ラウも無理を通したのだ。
「……ネオ、じゃなくてムウさんとステラちゃん達、閉じ込められるの?」
 誰がそんなこと、言ったの? とキラが問いかけてくる。
「閉じ込められないようにしたから安心しなさい。ちなみに、そういうことを言っていたのはギルだよ」
 さりげなく付け加えた言葉に、キラはむぅっと顔をしかめた。これでしばらくは彼に近づかないだろう、とそう判断をする。流石に自分もキラの側に常に付いていられる状況ではなくなっているのだ。その代わりに、そろそろレイにそれを任せられるとは考えているのだが。
「しかし……この調子ではキラの薬をあいつが完成させるのはまだまだ先か」
 この呟きは、無意識にこぼれ落ちたものだ。
「僕のお薬?」
 何、それ? とキラは問いかけてくる。それで初めて、ラウは自分の失言に気付いてしまった。
「キラは、何かもやもやとしているけれど思い出せないことがあるのでしょう?」
 それに助け船を出してくれたのはラクスだ。
「ラクスちゃん?」
「それを治すお薬を作ってくれると約束をしてくださっていたのですが……なかなかお時間が取れないようですわね」
 こうなれば、強制的にでも時間を作らせましょうか……と美しい微笑みとともにラクスがこう呟く。その瞬間、その場にいた大人達が思わず逃げ出しそうになってしまったほどだ。
「ラクスちゃん?」
 キラだけは意味がわからないというように小首をかしげている。あるいは、無意識のうちに自分だけは絶対的に安全だと知っているのかもしれない。
「そうですわね。みなさまに協力をして頂ければ、可能ですかもしれませんわ」
 いったい何をするつもりなのか。問いかける前に、無意識に頷いてしまう彼等だった。

 半年も経たないうちに、プラントの最高評議会議長が交代したと世界に知らされたのだった。





07.05.20 up



と言うわけで、ペーパー配布した分はここでラストです。無理矢理、本編のラストにつなげてみました(苦笑