困惑



 いったい、ここの連中は何を考えているのだろうか。
 ネオはそう考えながらため息をつく。
 確かにここから外部に連絡を取ることはできない。だが、かなり大きな部屋――ブリーフィングルームだろうか――にあちらから運んできたゆりかごを設置して、その内部では自分たちの好きにさせている。しかも、ここには仮眠室とシャワーまでもが併設されているのだ。
「ここまで、捕虜に甘くていいのか?」
 もっとも、連中には連中なりの何かがあるらしい。それは自分たちを見つめる視線からも十分に伝わってきていた。
 その中でも、ステラに向けられるものはまだわかる。
 赤い目のザフトのパイロットと何故ここにいるのかはわからないが、小さなお子様が彼女に向けているそれには、自分たちを思い出して欲しいという感情がありありと滲んでいるのだ。
 だが、他の者達が自分を見る視線は違う。
 それは、決して侮蔑のそれではない。
 だからといって、好ましいものでもないのだ。
 彼等の視線は、自分ではなく他の誰かの姿を見ている。それがネオをいらだたせていた。
「まったく……」
 こう呟いたときだ。不意にドアが開かれる。
「ご飯だよ〜」
 そして、この声とともに小さな体には似合わないほど大きなお盆を抱えたお子様の姿が確認できる。
「ちょっと待て。今、手伝ってやるから」
 アウルとステラの世話を押しつけられていたからか。それとも、元々面倒見がよい性格だったのか。スティングが即座に立ち上がるとお子様に歩み寄っていく。
「ありがとうございます」
 そして、その手からお盆を取り上げれば、彼はこう言って微笑んだ。
「お礼を言われる事じゃないけどな」
 俺たちの食事だろう、とスティングは微笑み返す。
「ほらほら! ねてばかりいるとなまるぞ!」
 お子様だけに働かせないで、お前達も手伝え! と他の二人に声をかける。
「でないと、いつまで経っても飯にならないぞ……って、二人分、多くねぇ?」
「んっとね。みんな忙しいから、僕とシン兄ちゃんはここでご飯食べなさいって言われたの」
 ダメだった? とキラは小首をかしげてみせる。
「キラとシンも一緒?」
 この言葉にステラが嬉しそうに微笑む。
「チビはともかく、あいつは気にいらねぇけどな」
 でも、飯は大勢で食った方が楽しい、と口にしながらアウルも起き出す。そして、スティングに言われたとおり、用意を手伝い始める。
「ネオ! ご飯」
 一緒に食べよう? とステラが彼を誘ってきた。その隣には、しっかりとザフトの軍服を着た赤目の少年が腰を下ろしている。どうやら、キラ達の方に意識を向けている間にステラに引きずり込まれたらしい。
 記憶を奪われても、本当に好きな相手ならば、また好きになるものなのだろう。それは人として当然のことではないか。
 それならば、自分はどうなのか……とネオは思う。
「おじさん?」
 そんな風にあれこれ悩んでいたせいか。心配になったらしいキラが自分の顔をのぞき込んでくる。
 こんな風に無防備に近寄ってきていいのか。自分がこのお子様を盾にここから逃げ出そうと考えていたらどうするつもりなのか、とそう思う。
 しかし、それを邪魔するようにシンと呼ばれたあの少年がさりげなく側にいる。と言うことは、一応警戒はしているらしい。
「おじさんじゃなくて、オニーサンと呼んでくれないか?」
 確かに、この年代のお子様からすれば『おじさん』と言われてもしかたがない年齢ではあるが、せめてもの主張としてこう言ってみる。
「……おじさんじゃダメなの?」
 マードックさんも、そういえばそういっていた……とキラは小首をかしげながらそう呟く。
「そういうことだ。ネオでいい」
 言葉とともにネオはキラの頭をなでてやる。そうすれば、キラは何かが引っかかるのか小首をかしげて見せた。
「キラ、どうかしたのか?」
 その表情が気になったのだろう。シンがこう問いかけてくる。
「何かね。前にたくさんなでてもらったような気がするの。ネオさんに」
 気のせいかな? とキラは呟く。でも、自分も昔のことを覚えてないから、とも彼は付け加えた。
「お前も、昔のこと、覚えてないのか?」
 その言葉に真っ先に反応をしたのはアウルだった。自分たちと同じにおいを感じ取ったのだろうか。それとも、それでも元気に笑っていられるキラがうらやましいと思ったからなのか、とネオは思う。
「うん。でもね。大切なことなら、きっと思い出すから、それまでたくさん大切な思い出を作りなさいって、ラウさんが言ってくれたの」
 だから、たくさんの人と会って、たくさんお話をするんだ! とキラは笑う。
「強いな、坊主は」
 この強さがあったからこそ……と不意にそんな考えがネオの中にわき上がってくる。その事実に、ネオ自身が驚いてしまう。
 いったい何故、そんなことを考えたのだろうか。
 自分がキラと会ったのは、あの時は初めてだったはず。それなのに、もっと前から彼を知っていたような気がするのだ。
「えっと……ネオさん?」
 どうかしたの? とキラが問いかけてくる。
「お腹でも痛いの?」
 先生を呼んでくる? と聞いてくる彼にネオは慌てて首を横に振って見せた。
「何でもない。気にしなくていいよ」
 それよりも、ご飯だろう? と口にしながら腰を上げる。
「本当に?」
 まだ不安を隠せないという様子でキラはこう問いかけてきた。
「本当だよ」
 こう言いながら、ネオはそっとキラの髪をなでてやる。その手にキラのそれが触れてきた。それは、何かを確認しているようでもある。
 自分のぬくもりが彼の記憶の中の何かを刺激しているのだろうか。
 そして、自分の中の何かをも刺激してくれているらしい。
「と言うわけで、飯だな」
 そっちの方が、今は重要だろう。アウルの視線が恐いし……とそう思いながら、キラの頭をぽんと叩いてやる。
「お前さんもきちんと食べないと、大きくなれないぞ」
 さりげなくこう付け加えれば、キラは慌てたように自分の席へと向かう。
「シン兄ちゃんに負けないくらい、大きくなるのぉ」
 こう言いながらフォークに手を伸ばす。
「そうそう。たくさん食べて大きくなるんだよな」
 自分の気持ちはきっと、お子様に対する庇護よくだろう。ネオは心の中でそう呟く。だが、それも相手が《キラ》だからだ、と囁く声もある。
 それはどうしてなのか。
 答えは見つからなかった。




07.05.02 up



ネオさんが困っていますね。まぁ、そりゃそうでしょうけど。